Act.19 コミュ障どうにかしろ
更新遅れてすみません…。
少し長めです。
ここ二年程は食事の時以外、兄様と顔を合わす事はなくなっていた。
まるでその隔たりを表すような重厚な扉の前で、私は気を引き締めた。この扉の向こうは昔は父様が使っていたらしいが、今は兄様の書斎だ。
こちらでも出来る領地の仕事、主に書類整理なんかを父様から振り分けて貰って、兄様はここで仕事をしている。
その仕事中である兄様となんとか話をしなければならない。
兄様は帰っているとカインが言ってたし、ナンシーからは励ましを貰い、リズからは後でこの書斎お茶を持ってくる約束もした。
覚悟を決めた私は、一つ大きく深呼吸をして、背筋を伸ばし、扉を叩いた。
「兄様、ルシルです。少しお時間宜しいですか?」
「…入れ。」
「失礼致します。」
扉を開くと、本の独特の香りが鼻腔いっぱいに広がった。
一番奥に書斎机があり、両側の壁は本で埋まっている。机の手前にソファとテーブルが置かれており、書斎机で何かを書いていた兄様は手を止め、目線でソファへ座れと言っている。
ちらりと見回すと、兄様付きの執事であるシンが、扉の横で静かに立っていた。
室内に二人きりでない事を確認して、私は扉を閉める。例え兄妹であろうと、成人済みの未婚の男女が密室に二人きりというのはまずい為の確認だ。
「話があるとカインから聞いたが?」
「え、ええ…。」
多少の世間話なんてものもなく、兄様はペンを動かしながら言う。
多少は話題もあるだろうよ。Aクラスになった事とか。まあこれは昨日の食事の時に一切話にも上らなかったから何も言われないだろうなとは思ってたけども!
せめて向き合おうとかさ、しようよ兄様。
人と話す時はちゃんと相手の目を見ろよ!
私の思いが通じたのか、謎の電波でも感じ取ったのか、兄様はふと顔を上げてこちらを見た。
「なんだ?」
「…来月に開催される、エリオットの事ですわ。」
エリオットとは、エリオット祭の事で、五月に学園にて開催される、魔法を使ったオリエンテーリングの事だ。学園内至る所にいる二年三年の生徒が、新入生へお題を出し、新入生はそのお題をクリアしなければ次のチェックポイントへは行けないというもの。
お題はそれぞれの生徒が考えているが、魔法を使ってこなすもの、というルールがある。
スタートやそれぞれの生徒が通るルートはバラバラで、最初に渡される地図も個別。だがゴールは必ず一緒で、チェックポイントを通過すれば、ゴールへの鍵の欠片が渡される。それを集めて、最終チェックポイントを通過し、ゴール前にいる人に欠片を全て渡せばゴールとなる。
このスタートからゴールまでの時間を計られ、成績へ影響する為、皆張り切るのだ。
これに関しては、カンニングは有りというのが通例で、自身の人脈を使って、どれだけお題を先に知れるかが鍵となる。
まあ、聞いた相手が自分のチェックポイントであるかは教師しかわからないので、とにかく数をこなさなければならない事から、入学すぐの開催となっている。共通の話題って大事だと言うことだ。
つまり、今ここで私が提供出来る話題はそれしかない。
というか、今朝リナリーと話してからひたすらに考えたが、これしかなかったと言うべきだろう。
「俺が知っているものが、お前のチェックポイントであるかの保証はないぞ。」
「勿論わかっておりますわ。ですけれど、出来る限り聞いておかなければいけないというのは、兄様もわかっていらっしゃるでしょう?」
「わかった。俺が知っているものは全て書き出して後で届けさせる。」
「ありがとうございます。」
「話は以上か?」
えっ、ええええええ?!
いや、まともな会話するの約二年振りよ?!
それでこの塩対応?!有り得なくない?!
私まだ座って三分くらいなんですけど!わかってる?!
リズもさすがにそんな早さでお茶持ってこれないって!
用事のみにも程があるわ!
「…失礼ながら、兄様、少し休憩しませんこと?リズにお茶を頼んでおりますの。」
「…………この書類を終わらせたらな。」
一瞬驚いた顔をしたな。
メガネの向こうの目がほんの一瞬だけ見開かれたし。
さすがに二年振りである妹の誘いを断りはしなかったか。よかった。
これを断られてたら、キレてた自信がある。
ささっとペンを走らせ、書類を横へ移し、ペンを置くと、ようやく兄様が書斎机からソファへ移動してきた。
「…珍しい事もあるものだな。お前がそんな事を言うとは。」
「兄様とは久しくお話しておりませんでしたから、偶には良いかと思いまして。」
「話してただろう。」
「兄様、あれは会話とは言いませんわ、挨拶又は、報告というのです。」
兄様が言っているのは、まだ私が本邸にいた頃、長期休みで帰ってきた兄様とした挨拶と、私がこちらに来た時に言った、「今日からこちらに住む事になりましたわ、よろしくお願いしますわね。」に対する「ああ。」という返事の事だろう。
そんなものを会話と呼んでしまっては、会話に対して失礼過ぎる。
「こうして腰を据えてお話するのは、約二年振りですのよ。」
「……そう、なるな。」
「偶には少しくらいお話しても、誰も文句など言わないと思いますわ。」
「…まあ、そうだろうな。」
「お仕事と学業と、お忙しいのはわかっておりますけれど、同じ邸に暮らしているのに、会話が無いのは少し淋しいと思いますの。」
「そうだな。」
「ですから、毎日とは言いませんが、偶にはこうして休憩がてら、私とお話して下さっても良いのではありませんか?」
「そうだな。」
………いや、このコミュ障まじで誰か一回鈍器で殴ってくんない?
さっきから!このコミュ障!返事しか!してねえ!!
いや、先に言ったよね?会話しようって言ったよね?ていうか現在進行形で言ってるよね???
何?なんなのこのコミュ障は?返事さえしてれば会話として成り立つとか思ってんの?
それで会話が成り立つのは酔っ払いと話してる時だけだよふざけんな!!
「……そういえば、この前フィリップと会いましたの。」
なんとか猫を被り直し、必死で心を鎮めて話題を提供した。
返事だけされるような状態では、とてもではないが近況など聞けない。ここは向こうも話さなければならない状況を作るしかない。
そういう会話術は前世で嫌という程学んでるからね!!
「ああ、聞いた。」
「あら、そうでしたの?フィリップはなんと?」
「お前と会った事と…お前から頼まれごとをしたと聞いたな。」
「ロンガート辺境伯令嬢の件ですわね?」
「ああ、そんな名前だったな。」
「今日も彼女の所へ行っておりました?フィリップは。」
そこでノックの音がした。
控えめな「お茶をお持ちしました。」との声から、リズが来てくれたのだろう。
兄様を見遣ると、短く了承の言葉を口にし、リズが入室してきた。
「とても気まずそうな顔をして足早に向かっていたが…何かしたのか?」
「まさか。私はただ頼んだだけですわ。何かをしたのはフィリップの方ではないかしら。」
「あのフィリップが?初対面の女性相手に粗相などする訳がないだろう。」
「初対面の女性相手だからこそ失敗することもありますわ、あのフィリップですもの。」
完全に悪口に聞こえなくはないが、お互い小さな頃からフィリップを知っているだけに、お互いの意見が否とは言えない事もわかっている。
そっとそれぞれの前にカップが置かれる。
ふわりと香ったこのスっと通る香りは、アマテラス帝国から仕入れたジャスミン茶だろう。
リラックス出来るように、とのリズの気遣いが見えて、そっと目配せをすると、深く一礼してリズは退室して行った。
「…何かしたのか?そのロンガート辺境伯令嬢に。」
「鍛錬の休憩時に、押し倒されたと聞きました。」
「な、なんだと?!」
「大丈夫ですわ、ロンガート辺境伯令嬢からも、不慮の事故だと伺っておりますもの。」
「あいつが下手な事をすれば後始末は俺がする事になるんだ。そういう事はもっと早く言え。」
「幼馴染ですものね。御苦労様で御座いますわ、兄様。けれど、ロンガート辺境伯令嬢がそこまで気にしていないご様子でいらっしゃったから…下手に口を出すと余計拗れますわよ。」
眉間を指で揉みながら、兄様は深い溜息を吐いた。
思い返せば兄様はフィリップの幼馴染という立ち位置ではあるものの、最早保護者のような扱いをされていた。
フィリップがご令嬢方と話す時には必ず傍に付いてるのは当然の事、フィリップへのご令嬢方からの手紙や言伝、果てはプレゼントまで、何故か兄様が通される。
そのせいか、フィリップの婚約者候補は皆揃って兄様へ鞍替えする。
まあ、当然だよね。
眼前で無表情でこちらを見ずに素っ気ない言葉しか返さないドの付く奥手男と、僅かながらも微笑み目と目を合わせてこちらに気遣いを見せてくれる紳士っぽい男なら、誰もが後者を選ぶと思う。リナリーを除いて。
「そんな訳ないだろう。未婚の女性が、男性に触られるだけでも問題なのに、ましてや押し倒しなど…。」
「……大丈夫ですわ、なんでしたら、明日にでもロンガート辺境伯令嬢をご紹介致しましょうか。」
「む……そうだな、何かあった時の為にそうしてもらおうか。」
そういえば貴族社会って、婚約してもない男女が触れ合うのははしたないんだっけ?
今日のザック様だいぶ大胆だったのか…一応これでも王太子妃だしな、私。
なんて思考を明後日に飛ばしながら、兄様とまた話す為の口実を取り付ける。
さて、ある程度場も温まった事だし、そろそろ本来の役目を果たさねば…!




