Act.18 私の使用人達
「お帰りなさいませ、お嬢様。」
夕方、邸に帰ってきた。
今日はとても重大な任務がある。
そう、兄様と話をしなくてはならないという、重大かつ、とても気が重くなるような任務が。
「カインご苦労様。」
「とんでも御座いません。お嬢様、お茶は何をご用意致しますか?」
「そうね、お勧めをお願い。」
「ファーストフラッシュのダージリンが御座いますが、如何ですか?」
「あら、いいわね。ならそれを。あと、兄様は帰ってらっしゃるかしら?」
自室への道すがら、いつものやり取りをしながら、兄様が帰っているかをカインに訊ねた。
カインが訝しげに眉根を寄せたが、それもほんの一瞬で、すぐにいつもの無表情に戻り、確認してお知らせします、と恭しく頭を下げた。
この家は別邸であり、本邸はローズシェット領にある。
この別邸には叔母様が住んでおり、父様と母様は本邸にいる為、仲を取り持って貰うなど出来ない。
叔母様は自身で化粧品の会社を設立しており、色んな領地や他国へ飛び回っているので、夏の社交シーズン以外はほぼ帰って来ない。
ちなみにこの世界の社交シーズンは二回あり、夏と冬がある。
夏は大体六月から八月。冬が十一月から二月の二回。
この世界の暦は日本と大差なく、行事等も殆ど変わらない。なので、今は四月。
つまり叔母様もしばらく帰らない。だから、兄様との事は結局自分でなんとかするしかないのだ。
自室に戻ると、侍女がアフタヌーンドレスを数着、既に用意してくれている。
「お嬢様、お帰りなさいませ、ドレスはどうなさいますか?」
「ただいま、ナンシー、リズ。ドレスは任せるわ。」
私付きの侍女で、ダークブラウンの髪をいつも纏め上げた細面のナンシーと、同じく私付きの侍女で、ナンシーより少し明るいブラウンのウェーブ掛かった髪をポニーテールにしている、そばかすが印象的なリズ。
彼女らは昔から私に仕えてくれていて、姉妹同然に育った。
「ならこのダークグレーのAラインにしましょ!」
「あら、リズ、それならこっちのターコイズブルーのマーメイドよ。」
「えー?お嬢様はお疲れでいらっしゃるのよ?襟が長過ぎて体が休まないわ!」
「それを言うならそのAラインはお嬢様には少し大人っぽ過ぎるわ、少し老けて見えてしまいそう。」
「ふふっ、なら、今日はナンシーの方にするわ。」
「ありがとうございます、お嬢様。」
「どうしてですか、お嬢様!」
にっこりと淑女の笑みで答えるナンシーとは裏腹に、少し拗ねたように唇を尖らせるリズ。
よく見る光景に心を温められながら、私は制服のリボンを外した。
「今日は兄様と少しお話をしたいの。だから、緊張感を持たないと。」
「えっ、セオドア様とですか?!」
「恐れながらお嬢様、どうしてセオドア様と?」
「……しばらくまともにお話していなかったでしょう?久し振りにお話をしたくなったのよ。」
二人の侍女は、不安げにこちらを見つめる。
急に兄様の態度が急変した日、私は彼女らに泣きそうになりながら不安を吐いた。
あの日以来、彼女らは兄様に対して多少なりとも嫌悪感があるらしい。主人想いの彼女らは、私を傷付けたり、貶めたりするような者には、悪感情を隠そうともしない。
例えそれが主人の肉親であろうとも。
そこまで私を慕ってくれる侍女に、嬉しさが込み上げる。けれど曲がりなりにも二人は公爵家に仕える使用人なのだから、という意味も込めて、苦笑を返すしかなかった。
「では失礼致しますね、お嬢…さ、ま……。」
「ナンシー?どうし…………え?」
「?…どうしたの?二人とも。」
制服を脱ごうと胸のボタンを外していると、手伝いにやってきたナンシーとリズが固まった。二人とも視線が同じ場所に集まっている。
……首?………あ。
「!!ち、ちがっ、これはっ!!」
「…………お、」
「な、ナンシー?」
「お嬢様に無礼を働いた輩は何処の誰ですか!!今すぐ八つ裂きにしてやります!!」
「そうですよ、お嬢様…嫁入り前の柔肌に…なんてはしたない真似をする奴なのかしら。このリズがその首掻き切ってくれますわ!!」
「おおおお落ち着いて二人とも!何でもない、何でもないの!」
キスマークがばっちり残っているのを、何故完全に忘れて普通に脱ごうとしたのか、私は。馬鹿か。こうなるのなんてわかってた事だったのに。
どす黒いオーラを纏いながら、呪詛のような笑い声を上げる二人。
この二人は私の護衛も兼ねている分、魔法の腕も相当なのだ。お陰様で二人が口にしている言葉は脅しなどではない。相手がわかったら、今すぐにでも実行するつもりだ。
「本当になんでもないの!大丈夫だから!!ね?!」
「ですが、お嬢様。それはなんでもないものではありませんし、ましてや虫刺されなどでもありません。確実にこれをお嬢様に付けた男がいると言う事でしょう?」
「そ、れは…でも、本当にこれを付けられただけだから!」
「…お嬢様、まさかですけど、ディリアス殿下ではないですよね?それの犯人。」
「まさか!もしもそうなら今すぐ婚約破棄を陛下に申し入れているわ!」
「では、やはり…王太子妃であり、嫁入り前であるお嬢様にこんな無礼を働いたものがいるのですね…?」
し、しまった…ディリアスって言っておけば丸く収まったものを!!
…いや、収まらないな、二人ともディリアスの事心底嫌ってるもんな…。
どうしたらいいのか、途方に暮れながら、何度も大丈夫だと二人を諭す。
そんな私があまりに必死だったからだろうか、二人は今度は私を訝しんできた。
「そこまでお嬢様が庇いだてなさるとは…。」
「…お嬢様、それを付けた男が好きなんですか?」
「えっ、やっ、そ、そういう、訳では、その、ないのよ…?」
リズのあまりにド直球の質問に、ザック様を思い出して一気に顔が熱くなるのがわかった。
そして、その様を見て、侍女二人はぴしりと固まる。
「…まあ…。」
「あら、あらあらあらあら?お嬢様、そうなんですね?その男を好いてるんですね?!」
「…………はい。」
「まあああああ!!」
「あらああああ!!」
少し頬を染めながら二人でハモる侍女コンビ。
どこの世界でも、どんな年代でも、女というものは恋バナが好きで仕方ない。
「お相手はどういう方ですか?歳は?家格は?婚約者はいらっしゃるんですの?」
「その方はお嬢様が王太子妃と知った上でそんな事をしたんですか?王家からお嬢様を奪うつもりとか?」
「ちょ、二人とも、そんな一度に聞かれても答えられないわ!それに、その方については秘密よ…恥ずかしいじゃない…。」
「あらあ、恋する乙女の顔してますよ、お嬢様!お可愛らしい!」
「も、もうっ、リズ!揶揄わないで!」
「とんでもないです!お嬢様、凄く幸せそうな顔してますもの、本当にその方がお好きなんですね。」
「お嬢様が秘密と仰るのであれば、私達は何も聞きません、ただ…。」
「?ただ、何?」
「例え好いている殿方であろうと、そのような狼藉は許せません。もしも会う事がありましたらどうか、私達にその方をぶん殴る許可を頂きたく。」
にっこりとこれまた淑女の笑みでとんでもない事を言い出したナンシー。リズも、そうですねえ、一発くらいはぶん殴っときたいですねえ、なんてほわほわと笑いながら言う。
うちの侍女恐ろしい、なんて思いながら、私は曖昧に笑うだけに留めておいた。
ドレスに着替え終わった時、丁度タイミングを見計らったようにドアのノックが聞こえた。恐らくは外で様子を伺っていたのであろう人物を思い浮かべながら、返事を返した。
「入ってちょうだい。」
「失礼致します。お茶をお持ちしました。」
「カイン、ありがとう。」
「勿体なきお言葉です。セオドア様ですが、執事長に訊ねた所、先程お帰りになったそうです。如何なさいますか?」
私の返答も待たずにちゃっちゃとお茶を煎れ始めたカインは、遠回しに一息休めと言っているのだろう。
随分と主人を甘やかす使用人達だ。
「…せっかくお茶を煎れてくれたのだもの、お茶を飲んでから、お話に行くわ。」
「わかりました。では、そのようにセオドア様にお伝えしておきます。」
「ええ、お願いね。」
見本のようなお辞儀をし、退室していったカインを見送り、私はカップに手を伸ばす。
さて、気合いを入れていかないと。
ルシルであった頃は、兄様に冷たくされると辛くて辛くて仕方がなかった。なんだかんだブラコンでもあるのだ。
ただ、前世の記憶がある今は違う。冷たくされて沈んでしまうよりも、逆上してしまう確率の方が高い。さすがにそんな事を家でやらかす訳にはいかない。
なるべく気を落ち着けるように、私はゆっくりとお茶を味わった。




