Act.15 ふわりと香ったこれは?
ごめんなさい、また短めです。
「一つ聞きたい事があるんですけど。」
「…聞きたいならまず俺の質問にも答えてもらおうか?」
「……ちなみにその場合私も答えるのは一つですけど、何を聞くつもりなんですか?」
「ちょ、ルシル?」
「聞くだけ!聞くだけだから!」
「……そうだな…色々あるが……お前の婚約者とやら。アレをお前がどう思っているのか、答えろ。」
「えっ…。」
てっきりさっきの失言とか名前を知ってる事を聞かれると思っていた私は、予想外過ぎる質問に目を瞬いた。
リナリーにも予想外だったようで、訝しげにザック様を見ている。
どう、どう思っているか、か…。
「…そうですね…一言で言うならば、クズですかね。」
「ルシルさんや、満面の笑みで言う言葉ですかね、それ。」
「リナリーさんや、昨日ヘドロ見るような目でアレ見てたの知ってるんですよ。」
「嘘だあ、そんな目してないよ、とても慈愛に満ちた聖母のような目だったよ。」
「あれが聖母の目なら聖母ってとんでもねえ女なんだなってなるからやめなさい、聖母に謝りなさい。」
「酷い!人間に擬態した醜悪の塊ってものを初めて見た時の目をしてただけじゃん!」
「その人間に擬態した醜悪の塊が私の婚約者なんですけどおおお?!」
「ブッ…くく、はははっ!ひでえ言われようだな、この国の王太子は!」
ケラケラと笑いだしたザック様に驚いて、リナリーはザック様から一歩後退る。
私はといえば。
…え、何、笑顔尊い…。
ちょ、推しの笑顔が尊過ぎて辛い、やばい。
え、もう、え、語彙力の低下が著しい…つら…。
「くっ…、は、あー、腹痛えな、久々に笑うと。」
「……。」
「…ルシル?」
「……辛い。」
「あ?ルーシー、どうした?」
「……尊い。」
「…あー…ルシル?気持ちはまあわからなくもないんだけど、とりあえず戻ってきて貰える?」
「……辛い。」
「おい、ルーシー、そんな熱く見つめてどうした?」
「ルシルー、語彙力戻してー、現実に帰ってきなさーい。」
「……はっ。あ、危ない、推しが尊くて召されかけた…。」
思考力と語彙力の著しい低下からなんとか戻ってきた私は、思った以上に近いザック様の顔に驚いて即座に後退った。
そんな私の反応を面白がっているのか、僅かに口元を歪めながら、ザック様はこちらを見ていた。
「さて、約束だからな、俺も一つだけ質問に答えてやるよ。何が聞きたい?ルーシー。」
「えっと…。」
私が聞きたい事聞いても大丈夫だろうかと思い、リナリーに目線をやると、少し呆れたような顔のリナリーが小さく頷いた。
「ザック様は、どうしてリナリーではなく、私に興味を持ったんですか?」
「…?どういう意味だ?」
「どう、って…昨日、あの中庭で見てたんですよね、私達のやり取りを、全て。」
「…見ていたら、なんだ?」
探るように私の目を見つめるザック様に、凄く真面目なシーンの筈なのに、ときめいてしまう自分が恥ずかしい。
いやでも本当に全ての推しを持つ人間に言いたい。
推しに真っ直ぐ射抜くように見つめられて、ときめかない人間が果たしているのだろうか?
いや、いないと思う。
だからこのときめきは、決して私が下心丸出しである証拠ではないと思う!
「あの流れで、私に興味を持つ意味がわかりません。私は貴方にとって、利用価値があるとは思えない。」
「…その口振りだと、俺の目的をわかってるようだな?」
「えっ、いや、それは…。」
「…まあいい、質問は一つと決めていたからな。そっちに関しては別の時にじっくりと聞いてやる。」
え、それはそれで困るけどザック様にじっくり問い詰められるのもいい…、じゃなくて。
雑念が多い頭の中を何とか整理して、飲まれないように私も真っ直ぐザック様を見返す。
「利用価値、ねえ…まあ確かに、昨日の遣り取りを見てる限り、そっちの灰色女の方を取り込む方が、俺の目的の為にはいいだろうな。」
「…だったら、どうして私の前に現れたんですか?どうして、私に、あんな…。」
「俺は自分の欲に忠実なだけだ。」
「…はい?」
「昨日、あの場に、ルーシー…お前が現れなければ俺はそこの灰色女を取り込もうとしていた。だが、…お前が現れた。」
にんまりと、口角を吊り上げるだけの笑みを浮かべて、ザック様は私を指差す。
どくりと、心臓が一際大きく脈打つのがわかった。
「アリエスハイム王国に咲く、孤高の黒薔薇姫。ただの気位の高いご令嬢だと思っていた。そこらにうじゃうじゃと群れている奴らと変わらないと。だが違った。どんなに罵られようと、どんなに嘲られようと、お前のその気品も威厳も、何一つとして曇りはしなかった。何一つとして汚れはしなかった。」
言いながら、僅かに熱を携えた瞳がゆっくりと近付いてくる。
私はその熱に当てられたように、体が動かない。
リナリーも気圧されたように、動く気配はしない。
「誰にも手折れず、誰にも触れず、誰にも汚せはしない。そんなお前を、手折り、触れて、汚せてしまえたなら。その瞳に激情を、劣情を、恋情を、熱情を灯せたならば、お前はどうなるんだろうと…。」
するりと頬を撫でられ、唇をなぞり、その指が目元で止まる。
私はただただその瞳に縫い止められ、動かないままに、肥大した熱を保ち続ける瞳を見つめ続ける事しか出来なかった。
「どろどろに甘えさせ、ぐずぐずに汚してしまった時、お前のその瞳は、それでもまだ今と同じ輝きを保つものか、見てみたくなった。」
「…ざ、…く、さま?」
「愛欲に濡れ、憎悪に塗れ、絶望に染まるその瞳が、見てみたくなった。」
頭がぐらぐらする。
私はちゃんと立てているのだろうか。
甘い匂い。昨日香ったザック様の匂いとは違う。
鼻につく甘ったるい匂いだ。
あまり、好きじゃないな。
「熱を持たない瞳を見た時、“遊びたく”なった。だが、熱を持った瞳を見た時、興味が湧いた。その瞳に映るものも、宿るものも、保つものも、全て俺が意のままにしたならば、どんなに愉しいだろうかと。」
胸のリボンが解かれ、胸元が肌蹴たのか、少しひやりとした風を感じる。
ゆっくりと首元に埋められるザック様の顔をぼんやりと眺めながら、昨日の香りは凄く好きだったな、などと、呑気な事を考える頭に首を傾げる。
ぬるりと生温かい感触がしたかと思えば、ちくりと小さな痛みを訴える首元。
動かなければ、そう思うのに、体が億劫で動けない。
その間にも、ちくり、ちくりと小さな痛みがやって来ている。
「なあ、ルーシー。飽きるまで一緒にいてやるよ。俺を愉しませられるなら、ちゃんと可愛がってやる。だから、俺に、…堕ちてこい。」
「…、は、」




