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Act.14 推し再臨




「おいおい、そりゃあねえだろ?ルーシー?」



 急に降ってきた、有り得ないはずの声に、私とリナリーは弾かれたように声の方を振り返った。


 そこには昨日と同じように、愉しそうに目を細め、口角を釣り上げただけの笑みを浮かべたザック様がいた。

 同じ制服を身に纏っているはずなのに、完全な異物のように感じてしまうのは、私達がこの男が生徒ではないと知っているからだろうか。


 でも悔しいかな…昨日の事もあって確かに近付いちゃダメな雰囲気してるのに……やっぱりザック様イケメン過ぎる。

 なんでこんなにかっこいいかな!この男は!もうちょっと崩れてたならここまでハマったりなんかしなかったのに!!


 なんて呑気な事を考えていると気付けば間近まで来ていたザック様に、私は条件反射で後ずさった。



「なんだよ、傷付くなあ…逃げるなよ、捕まえたくなるだろ?」

「に、逃げもしますわ。昨日ご自身が私に何をしたか覚えていらっしゃらないの?」

「あん?なんだ、黒薔薇姫に戻んのか?俺はさっきまでのルーシーの方が好みなんだがな。」

「さっきまでのって…。」

「ザ…いえ、コクヨウ様?私達の話、何処から聞いてましたか?」

「!」



 あ…そ、そうだった…。

 私達、今までここで何してた?原作の話もしてたよね?!

 や、やばい!さすがにそれはやばい!


 内心パニックになっている私から視線を外し、リナリーを一瞥したザック様は、急に表情を変えた。


 変えた…というか、感情ってものを顔から削ぎ落としたらこんな顔になるのかなって類の能面のような顔をしている。



「さあな。」

「…ルシル、校舎に戻ろ。」

「え、あ…う、んっ?!」

「おいおい、だから逃げんなっつってんだろ?」



 リナリーの元へ歩き出した瞬間、手を引かれ、腰に腕が回った。

 あまりに突然で何が起こったのか理解するのに少し時間を要したが、どうやら私は現在、ザック様に捕まっているらしい。



「ちょ、は、離して!」

「ルシルを離しなさいよ!」

「そう噛み付くんじゃねえよ…今戻っても授業中だろ?どうせならもう少しゆっくりしてけよ。」

「する訳、ないでしょう!」

「どうした、ルーシー?顔が赤いようだが?」

「っや、め…近い!近いから離れて!」



 くつくつと喉の奥で笑いながら、ザック様は私の耳元で囁くように話すものだから、もう何がなにやらわからないまま、ただひたすらに恥ずかしさと戦うしかない私。


 現実に存在してる推しってこんなに破壊力あるんですか?私ほんとにこれ心臓もたないっていうか頭沸騰するんですけど!?



「ちょっと!私の存在無視しないでくれる?!」



 ザック様が掴んでいる手と反対側の手をリナリーが掴んだ。

 瞬間、先程まで愉しそうにしていたザック様が目に見えて不機嫌そうになる。



「おい、俺のもんに触んじゃねえよ。離せ。」

「誰があんたのもんよ!私とルシルは一蓮托生、どっかに連れて行かせたりしないから!」

「あ、あの二人とも…。」

「ああ?誰が何処かに連れて行くって言った?」

「信用ならないっつってんの!昨日あんたルシルに何したかわかってんの?!」

「ちょ、落ち着いて…。」

「黙れ、俺のものを俺がどうしようがお前にとやかく言われる謂れはない。」

「はあ?!だからルシルがいつあんたのもんになったってのよ!」



 前にも後ろにも動けないし、ずれようにもがっちりと回った腰にある腕は離してくれそうにもないし、にっちもさっちもいかないまま言い争う二人の間に立たせられ、いたたまれなくなった私は声を上げた。



「せめて二人の間から外れさせてほしいんですが?!」



 ピタリと動きを止めた二人。


 きょとんとしたリナリーの顔が目の前にある。

 多分振り向けばザック様の顔も見れる。

 でも振り返りたくはない。


 何故なら確実にその顔をどアップで見る恥ずかしさに私が耐えられないから…!!


 とりあえず今の内にザック様の腕を外そうと自由になった両手でその腕を掴んだ瞬間だった。



「ルーシー。」

「ぅえいっ?!」



 急に声を掛けられたせいで、物凄くおかしな声が出てしまった…。


 咄嗟に離してしまった両手は行き場なく宙を彷徨い、助けてほしい願いを込めてリナリーに目線を向けてみたけど、信じられないものを見るような目で私の斜め後ろを睨めつけたまま、微動だにしない。



「……お前は…、…。」

「…あ、あの…ザック様…?」

「…いや……お前達はなんだ?」



 明らかに質問変えたぞ、この男。

 私がなんだと言うのか、何を聞きたかったのか、表情すら見えていない私には質問の内容を予想する事すら出来ない。


 本来したかったであろう質問はまあいいか、とりあえず置いておこう。


 で、だ。

 お前達はなんだ、か…。


 うん、そうですよね、聞きますよね。

 あの会話聞いてたなら普通はいの一番に出てくる質問ですよね知ってた!!



「なんだ…と、聞かれても、困る、んですけど。」

「さっきの会話から思うに、お前達は同じようなもんなんだろ?よくわかんねえ単語色々出てたが…何故お前達は俺を知ってる?そして、何故俺の名をザッカリーと?」

「え゛っ。」



 ま、まずい!

 そうだ、リナリーはザック様の事ずっとザッカリーって呼んでた!

 話を聞いてたなら流れで自分のことだってわかっちゃうよね、そりゃ!


 何がまずいって、ザック様は現段階では自身の名前がザッカリーだとは知らない。禁呪のせいで記憶が無い為、ただ本当の名前がザックだと思っている。


 そしてザック様が自分の本当の名前を知るルートは、実はバッドエンドしかなかったりする。

 それ以外のルートでは、彼は過去と決別しひっそりと生きていくためにアリエスハイムを離れ、遠い小国の片田舎でリナリーと幸せに暮らすというのが大半。


 作中、彼の過去に繋がる断片は全て、バッドエンドに直結している。



「それは…えっと…。」

「俺は嘘のニオイには敏感でな。自分の為を思うなら嘘は言わないべきだと思うが?」

「…り、リナリー。」

「えっ、そこで私に振るの?振っちゃうの?」

「そこの灰色女には聞いてねえ。」

「誰が灰色女だ!ザッカリーもこう言ってるんだからルシルが答えないとなんじゃないの?」

「リナリー冷たい…。」

「ザッカリー担当は私じゃないもん。」



 どうやらリナリーの中でぐんぐんと降下しているザック様の好感度のせいで全て私にぶん投げるつもりらしい。

 とは言っても、私は現在進行形でザック様と密着している訳で、まともな思考が働くはずもない。



「ううう…。」

「ほら、ルシル猫引っ張り出さないと。」

「猫が大脱走中なんですけど!!」

「捕獲作戦には協力出来ないかなー、ごめーん。」

「こんな頭回んないの前生きてた時もなかったよ!!」

「あ。」

「前生きてた時?」

「……あ。」



 ぼ、墓穴掘った…!!

 頭回らなさすぎてこのままだと、どんどん墓穴掘る自信しかないどうしよう!



「前ってどういう」

「リナリーとりあえずヘルプ!猫捕獲作戦するから現状のヘルプ!!」

「もー…はいっ!」



 両手をリナリーに伸ばせば、渋々ながらも思い切り引っ張ってくれた。

 お陰でザック様の拘束からは逃れられて、ようやく私は一息つき、何とか大脱走した猫を捕獲してひっ被る。



「…ルーシー。前生きてた時とはどういう意味だ?」

「ザック様、女は秘密を着飾って美しくなると何処かの誰かが言ってました。」

「ほう、俺にその秘密とやらを暴いてみせろと?」

「暴いて欲しいとは言ってない!」

「ザッカリーにはわからない私とルシルの秘密があるんですー、貴方は寄せてあげませーん。」

「ああ?俺のもんと許可なく仲良くしてんじゃねえよ。」

「だっかっら!ルシルはあんたのもんじゃないっつーの!」

「黙れ、灰色女。お前だけとっとと消えろ。」



 結局言い合いになってるし…。


 それにしても、なんでザック様はリナリーに対してここまで辛辣なんだろうか?

 いや、確かにザック様の素がこれのはずだし、別に私やリナリーはそれがわかってるから何とも思わない。

 ただ、コクヨウとしてのザック様は、それはもう理想の王子様みたいなキャラだったはずだ。


 暴言なんか吐かないし、微笑みを絶やさない優しい優しい王子様。

 その素がこんなひん曲がったいい性格してると知った瞬間最推しに変わった私が言うのも何だが、こんな暴言吐きまくる捻くれた性格の人間に惹かれる人なんて、普通はいないと思う。

 それにSWの中ではリナリーは手駒にしておきたい人間だったはず…彼の中では何がどう変わってるのだろう…。

 そもそも私を気に入ったと言っていたけれど、その理由は?


 …気になる。

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