26年7月15日号『淡々と、着々と』
貴重なお時間を割いて、
無駄文に目を通してくださいまして、
誠にありがとうございます。
去年の今頃は
確か祇園祭の宵山に行き、
病床の父に見せるため
鉾の写真を撮って廻りました。
今年も行くかと考えたのですが、
京都の夏の夜は他の地域以上で
午後10時を回っても
一向に蒸し暑さが解消されない上に
あっちを向いてもこっちを向いても
人、人、人と想定以上の人混みで
体調を崩しかかる始末。
幸いにして祇園祭は
前祭と
後祭の2部構成で
来週まで見送れますが、
他の祭りにシフトするか……と
思い返してみますと、
祇園祭には度々行けども、
大阪の天神祭には
足が向いていない事実。
同じ人混みに揉まれるなら
行ったことのない大阪も
アリかなと考えています。
閑話休題……
一時期、AIに対して
アレルギー反応を見せる方と
推進される方との激しい衝突が
取り沙汰されていましたが、
サイレントマジョリティ―によって
様相が明らかに変わりました。
街中を流していますと、
様々なポスターを目にします。
勿論主な目的は宣伝ですが、
思い出してみてください、
あなたが工作の宿題で
宣伝用ポスターを作る課題を
与えられたとします。
絵を描く腕に覚えがあれば
鼻歌交じりで描いたでしょうが、
絵心というスキルと
とんと離れた所にいますと、
それが億劫になり、
自由工作・読書感想文と並んで
後回しになりやすい
夏休みの宿題の筆頭に挙がります。
絵心のない方が
目を引くポスターを描くには
文字をなるべく華やかにしたり
インパクトのあるコピーや
幾何学模様等で空白を
埋めるぐらいしかなさそうですが、
最近のポスターはちゃんと
ポスターの体を成しています。
その影にはAIの進歩がある。
描かれているイラストを見ますと、
AIタッチの作品が大半を占めている。
何も逸般人は推進派で
その私感を述べているわけではなく、
徐々にやり方を学べば
誰もが利用できるレベルまで
着実に浸透している、
これは反AIとされている方が
どれだけ吠えたとて
覆しようのない現実です。
登場当初は粗が目立つ出来栄えの
イラストもありましたが、
それも着実に小さくなっています。
問題は使う側。
今も気の大きくなった
AIオペレータさんが
イラストレーターさんを下に見る
発言に終始して
炎上沙汰になることもあり、
わざわざ喧嘩を売らなくても……と
言動の幼稚さに
しかめっ面になることはありますが、
ユーザビリティが着実に
上向いていることに違いはない。
街中のポスターを見るたびに
その考えを改めて認識します。




