41《男だけの戦勝会》
「グスタブ、ジェラレオ随分待たせたな。エリアスも食事の途中ですまなかった。」
「いえ。要件はマサアキ様もご想像なされていると思いますので……急ぐ必要はございません」
冬の夜道は芯まで冷える。家に戻ると、すぐさま夏美がキッチンに向かって走って行った。リビングに入った所で尋ねる。
「グスタブ、ジェラレオは風呂は?」
「はっ、兵舎にてシャワーを浴びさせております。我らは食事も軽く済ませております故、お気遣いなさらぬよう」
「そうか、なら皆も適当に座ってくれ。時間も遅い、話は手短に行こう」
「ではマサアキ様、私から宜しいでしょうか。」
「あぁ、散々待たせたからな」
「いえ…………実は、フレスト国家連合傘下のルースリーと、トバイアンが離脱しました。」
そう切りだされた話の内容はこうだ。
ティヴリスと良好な関係を築く為、着々と動いていた元首トリトスの意思に反して、トバイアンの領主、ソフジクが突如として一方的に国家連合の離脱を宣言。そして追随する様にルースリーも連合を離脱。孤立したフェリアルでは今、トリトスが情報収集に飛び回っているらしい。
状況から見て、恐らくシナリオを書いているのはサイラークのエールブリッツ。
今回、惨敗を記したエールブリッツは数で押しても意味は無いと理解した筈だ。
次は俺達の補給線を断つべく動くだろう。少なくとも俺ならそうする。
隠された補給線である宅配ボックスの秘密を知る者は極少ない。
だからこそ、ティヴリスに一番近く、交易の拠点となっているフェリアル商業都市は、俺達のいるティヴリスより先に攻撃を仕掛けられる可能性が高い……
「はい。皆さんもこれで暖まって下さいねー」
夏美が運んで来てくれた、熱い卵酒は少し甘くて、冷えた体に丁度良い。
既にルースリーと、トバイアンの両都市が敵に回った今、俺達の補給線は急激に狭まっている。この上フェリアルまで落とされるのは避けたいが……
「エリアス。正直に答えてくれ。サイラーク王都、ルースリー、トバイアン、この三都市から同時に攻められたと仮定して……フェリアルは何日保つ。」
「……半日。三都市同時であれば半日でも持てば良い方かと存じます。元々フェリアル商業都市は軍事的な性質は薄く、最低限の防衛隊以外は……」
「半日か。頭が痛いな……」
「マサアキ様、僭越ながら……一つお聞きしても宜しいでしょうか」
「なんだ?」
「私共と……その……軍事的な同盟をお考え頂く事は?」
来たか。
「……エリアス。俺達は各国に対して、ティヴリスの為に何度も骨を折ってくれたトリトスとフェリアルの商人達には感謝もしているし、君を含めて良き隣人だと思っている。だが……一度でも軍事同盟を組めばその関係は容易く崩れる……恐らくトリトスも同じ考えだろう。……この理由は聡明な君なら言わなくても理解している筈だ」
「……はい。差し出がましい事を申しました……」
「そう気を落すな。確かに俺達の行動基準は"安全第一"。だがな、この状況でただの傍観者を気取れる程、恩知らずでは無い」
「!? どういう事でしょうか」
「マサアキ殿、……我ら竜鱗部隊にフェリアルへ赴けと?」
「いやいや、そうは言っていない。軍事同盟は組むべきでは無いが……俺が考えているのは『軍事援助』だ……勿論、金もたんまりと払って貰うがな。」
有償軍事援助。かつて俺達がいた地球で、自らを世界の警察だと喧伝する某超大国が行なっていた手段。
直接的な軍事同盟を組まず、友好国に対して、お友達価格で武器や技術を輸出すると言うものだ。大概の場合は援助側の国で型落ちした物がその対象となる。
俺達の場合なら、使い捨ての武器や、ライフリングを切っていない既存の10mm小銃をフェリアルへ輸出して、此方が使用する物にはライフリングや連発機構など更なる改良を加えれば此方の優位は揺るがない。
後は、都市陥落に備えてトリトス用に脱出手段でも用意できれば上等だろう。
「なるほど、それであれば……ありがとうございます、トリトス様もお喜びになられると思います」
「なら、この話は終わりだな。」
「はい、後日トリトス様も此方にいらっしゃると聞いておりますので詳しい話はその時にでも……」
「あぁ。もうこんな時間か……。リアマーラ、インラウスお前達も此処に泊まって行って構わんぞ。エリアスはいつも通り和室で良いな?」
「はい。構いません、ありがとうございます」
「なぁ、俺は一度あいつらの所に戻ろうと思ってるんだ、不安な奴もいるだろうし、これでもリーダーだからな。今日は此処でリアを預かって貰っても良いか?」
「ならリアマーラは二階の部屋を使ってくれ……夏美、リアマーラを案内してやってくれ」
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二階に上がっていった夏美とリアマーラ。難民達の元に戻っていったインラウス。枝豆の残りを大事そうに抱え、足早に和室に消えていったエリアス。
広いリビングには俺とグスタブ、ジェラレオの三人が残った。
「お疲れの様ですな」
「まぁ……な」
「ははは、そりゃあ疲れるさ、聞けば、西へ東へと大移動しながら戦ってたんだろう? 終わってからも難民の保護に、事情の聞き取り。どうやら王ってのは想像以上に過酷な物らしいね」
「……ジェラレオ。失礼であろう」
「構わない……その代わり、ジェラレオには寝る間も無い程に働いて貰おう……少しでも激務を味わって貰う為にな。」
「うえぇ!? そ、そういう意味では……」
「では……、ジェラレオを受け入れても宜しいのですな?」
「あぁ、宜しいも何も、もうこうして此処にいるしな……それにグスタブが認めているのだろう? なら俺も信じる事にしよう」
暗に、お前が責任持てよ、と言い含める。だが俺自身とてジェラレオの言葉に嘘はないと感じている。伊達に経営者として生きてきた訳ではない。
「了解しました……ジェラレオ、すべき事をしろ」
「はい」
ソファーからスッと立ち上がったジェラレオは俺の前に跪く。目が細く掴み所の無い顔に、いつもの淡白な表情は見えない。
「……ティヴリス王、マサアキ様。我らは王の剣と為り、民の盾と為る事を誓います…………まぁ略式ですがね、ははは。でも気持ちは本物ですよ」
「ジェラレオ……お前と言う奴は……申し訳ありませぬ、マサアキ殿」
「良いんじゃないか? 形に拘る必要は無いだろう」
そう言ってPHSを取り出すと獅冬を呼び出す。まだ難民達の所に残っていたらしい獅冬は、俺の誘いに「取って置きを持って行くから待ってろよ!!」と、二つ返事で通話を切った。
「二人共、続きは酒でも呑みながらにしないか……獅冬の酒は中々旨いぞ」
「そうそれ! そいつが楽しみだったのさ!」
獅冬の蒸留酒は好評だった。こうして始まったむさ苦しい事この上ない戦勝会は、そのまま夜更け過ぎまで静かに続いた。




