40《翼を持つ事》
既に入っていた夏美以外の全員が交代で入浴を終え、俺と夏美、インラウスにリアマーラ、それとエリアスの五人で食卓を囲み食事を始める。
空腹状態で小難しい話をしても、中々進まないものだ。
「な、なにこれ……」
「すげぇ……な、なぁ、これ俺達も食っていいのか?」
「あぁ。勿論だ。まずは食べてくれ」
何故かリアマーラは清潔なスウェットに着替えてからも、色褪せたフード付きのケープを目深に被っている。
食卓に並ぶのは典型的な和食のメニュー。とろとろに炊き込まれた黒豚の角煮、揚げ出し豆腐にきんぴらごぼう、そして枝豆。メインの鳥五目釜めしには、大根と壬生菜の浅漬が添えられており、彩りも美しい。角煮は昨日から俺が仕込んでいた物だ。
三人の食べるペースがそこそこに落ち着いた所で、話を訊く。
「では、先にインラウスから話の続きを聞かせてくれるか」
「お、おぅ……その……実はな、リアマーラは燕人族なんだ」
「そうなのか。 だがここでは人も亜人も関係なく生活しているぞ」
現に竜鱗部隊にも亜人はいるし、セラスも厳密には人間では無い。
「そうみたいだな、未だに信じられないが……。リアはな、俺にとって妹の様なものなんだ。ただ、こいつはちょっと特殊でな……リア、見せてやれ」
「う、うん……」
リアマーラは着けていた生乾きのケープを脱ぐと、此方に背中を向ける。そして徐ろに上半身裸になった。
「な、ななな、なにやってるんで……すか……!? 」
その小さな背中の肩甲骨付近は不自然な程に盛り上がり、小柄な体には全く似合わない靭やかな筋肉が発達しているのが見て取れる。
そこから生えるのは艶やかな濃紺色の翼。関節は意外に自由が利くようで、翼はクロスする様に折り畳まれている。
「これが、隠したい理由か……。リアマーラ、体が冷える、服を着てくれないか」
「……分かってくれたか?」
「すまんが……俺達はあまり世情に詳しくない。出来れば説明してくれるか」
「でしたらマサアキ様。僭越ながら、私がご説明致しましょう」
黙々と枝豆の殻を量産し続けていたエリアスが口を開く。そんなに気に入ったのか……
「亜人と呼ばれる者に外見的に大きな特徴が少ない事は御存知ですね? 人と比較した時、一見して亜人だと分かる程大きな特徴が現れる事は稀なのです。現れても殆どは耳や牙、体毛に変化が出る程度、稀に尾が現れる程度なのですが……その極端な事例として、鷹人族や燕人族等の亜人には翼を持って生まれる事が極々稀にございます。竜族と親交が深いマサアキ様達に取って、飛ぶ事は珍しくは無いかも知れませんが、私達の中では空を舞える力を持つ事は大きな意味を持つのです。主に……」
「偵察に諜報……そして軍事に……だな」
「その通りです。それ故に翼持ちの亜人は各国に高値で取引される事が多いのです。実際フェリアルでもトリトス様が亜人の不正取引を禁止されるまで、私も一度だけ翼を持つ亜人が競り落とされるのを見た事がございます。落とし値は金貨五百八十枚でした。それ程、翼持ちに価値を見出す輩が多いと言う事なのです。」
日本円にして五億八千万。現代の戦闘機よりは遥かに劣る額だが、人一人に費やす金額としては、ずば抜けて破格と言える。
確かに、戦いにおいて制空権を抑える事が出来れば非常に有利な展開に運ぶ事が出来る。俺が竜族と親交を深めるのも、正直その側面が色濃い。
「なるほどな。ありがとう、エリアス。解りやすい説明だった。」
「いえ……」
「さて、インラウスの意向も、守る理由も理解した。だが……まだリアマーラの意思を聞いていない」
「え、えと、私は……私は……もう、隠れてたくない……です」
「リア!! お前それがどういう事か分かって言っているのか!」
「……兄さん、私だって……私だって普通に……皆と同じ様に生きてみたいの!」
睨み合う兄妹に食卓が静まり返る。
「よし。気分転換だ。ちょっと外に出よう。皆、付いて来てくれ」
そう言って皆を連れ出すと、居住様に改装された倉庫、難民達が休んでいる建物を目指しながらPHSを取り出すとグスタブに繋ぐ。
「グスタブ、今から難民の居住区に向かう。すまないが急いで皆を集めてくれ」
「はっ、了解しました」
風呂あがりの体に夜道は冷える……
――――――――――――――――――
室内を観察すると、難民達は交代でシャワーと食事を終えたばかりの様だ。
疲れきった体を毛布に包んで、早々に休んで者もいるが、殆どは安堵の表情を浮かべて互いに話をしているが、少数は俺達の姿に気付き、こちらを見つめている。
難民の面倒を見ていた獅冬や晴彦達も俺が入って来た事に気付いて此方に歩いてくる。
「真明兄。これ渡しておくッス。雑ッスけど……聞き取った内訳と人数だけ数えておいたッス」
手渡されたメモ用紙をには、『15歳以下:18、16歳から49歳:91、50歳以上:2。亜人:72、人間:39。計111人』と几帳面な小さな字で書かれていた。
「年は覚えて無い人も結構いたんスよ。だから適当なとこもあるんスけどね」
「いや、これでも十分助かる」
「マサ。シャワーも入らせて食事も粗方済んだけどよ、魔道具の説明はまだできてねぇ。でも、もう遅せぇしよ、続きは明日に回したほうが良いだろ」
「あぁ、押し付けてしまってすまんな……皆、結構落ち着いたみたいだな」
「んな事は構わねぇよ……マサはマサにしか出来ねぇ事があるんだ。それをやってくれりゃ文句ねぇよ」
勢い良く扉が開いてグスタブ達が駆け込んでくる。
「遅れて申し訳ありませぬ、竜鱗部隊七名、元近衛九名、元辺境砦監視隊十三名、合計二十九名、只今到着しました」
「いや、俺達も来たばかりだからな、大丈夫だ。そう言えばセラス、子供達の様子はどうだった?」
「子供達は静かな方が良いと思って、女性を二人付けて隣の小屋に移したよ。もう皆寝てる。」
「そうか。ありがとう。なら……そろそろ話を始めようか。」
俺が口を開こうとした瞬間、グスタブが一歩前に出て声を張り上げる。
「皆の者! 聞けぇい! ティヴリス国王のお言葉である!」
元近衛達と砦組はビシッと直立姿勢を取り、寛いでいた難民もその場に慌てて跪き頭を下げる。
「グスタブ……そんなに威圧的な態度を取らなくても……それに俺は王では無いと何度言ったら……」
「なりませぬ。我らを率い導くマサアキ殿以外に、王足り得る者が何処に居りましょうか? ……それに難民達にも示しが付きませぬ。ここは腹を括って下され」
もっともらしい事を……グスタブは初めからそのつもりだった様だ……仕方ない。グスタブが言っている事も一理ある。ここは乗っておこう。
「皆疲れているだろうが、聞いてくれ。俺は端山真明。このティヴリス国を治めている者だ。」
難民達に、さざ波の様にどよめきが広がり、更に深く、床に擦り付ける様にして頭を下げ始める。
「止めてくれ。俺が此処に来たのは皆と話をする為だ、全員頭を上げてくれないか。」
しかし一向に誰一人頭を上げようとはしない。これには困った。
「ほらほら、王様がああ言っているんだからさ? 皆頭を上げなよ。上げないと逆らってる事になっちゃうよ?」
ジェラレオがこっちを見て目配せしてくる。素晴らしい、ナイスと言わざるを得ない。それを聞いた難民達が恐る恐ると顔を上げ始めた所で話を始める。
「皆、少しは聞いていると思うが、此処では亜人も人間も差別せずに対等に暮らしている。だが此処に住むからには此方の指示には従って欲しい。異存は無いか?」
「お聞きしても宜しいかの……国王様」
腰の曲がった老婆がゆっくりと歩み出てくる。
「あぁ、答えれる事なら答えよう。それと王と呼ぶのは良してくれ、俺の方が遥かに歳下だろう。名前で構わない。婆さんも名前を教えてくれ」
「そうかい……儂はカメアという老いぼれじゃ。儂らは皆、王都の隅に……貧民街に追いやられた者達じゃ、人も亜人も……貧民街の者はその日のパンを買う銭に困る程に貧しくての……まずは礼を言わせておくれ……儂らを助けに来てくれた事、温かい食事に寝床と風呂。子供らの事まで面倒を見てくれたのじゃ……。どうせ、そこのバカ狼は溺愛しとる妹の事ばかり心配して礼もろくに言っとらんじゃろうからの……ひょっひょっ」
「なっ! カメア婆! それは、その……」
「いや、構わない。それに兄妹と呼ぶ者を大切に想う事は本来誉められるべき事だ。」
「ひょっひょっひょ……そうかいそうかい……案外良い男だねあんたは……なら単刀直入に聞いてみようかね……。此処に居れば儂らの……若いもんだけでも良い。安全は保証されるかぃ?」
「残念だが……それは無い。俺達は万能では無いし、完全な安全など存在しない……だが、最善を尽くす事は此処で約束しよう。ここに居るリアマーラも先程決意を固めた」
「ひょっひょっひょ、それを聞いて安心じゃ……口先だけで保証するなどと言われては、恐ろしゅうて夜も眠れん所じゃった。」
「……合格と受け取って良いんだな?」
「ひょっひょ、まぁそうじゃの」
どうやらお眼鏡には適ったようだ。
「そうか。では次は俺から伝える事を話そう。皆、此処まで大変だっただろう。良くたどり着いてくれた、まず明日から三日間はゆっくり休んでくれ。その後の二十日間も衣食住全て此方で保証しよう。その間に仕事を見つけてくれ。」
「あ、あの……」
若い男が怖ず怖ずと手を上げてこちらを見ている。
「質問か?」
「は、はい……その俺っちは、算術も出来やせんし、ただの人間だから力もそんなに強くねぇです……ちゃんと仕事出来るか……」
見渡すとやはり、不安げな顔がちらほら目立つ。
「ふむ……。まぁ新しい仕事に就く訳だ。皆にも不安もあるだろうな。」
「良いか。この国は出来て間もないんだ。俺達には、これからやらなければならない事は沢山有る。農作業に建物の建築。色んな物を作ったり……俺達の経営する店で働いて貰う者も必要だ。此処の防衛部隊にも何人かは加わって貰おうとも思っている。恐らく、君等が思っている以上に働き口は多いぞ。明日から個別に話を聞いて、出来るだけ希望する形に近い仕事を紹介しようと思っている。その中から自分に合った仕事を選べば良い。その為の二十日間だからな」
おぉお! とか、それなら! という声が聞こえる。
「あ、ありがとうございやす……」
質問した男の目元に水が溜まっている。部屋中を見渡しながら話を続ける。
「他に質問は有るか? なら説明を続けよう。見たかもしれないが此処は、ミスリルで出来た高い防壁に囲まれている。内部の魔物は駆逐したし、敵もそう簡単に壁を越えては来られないだろう。だが、誤解の無い様に先に言っておこう。特別な理由がない限り、働かない者を此処に置いておくつもりは一切無い。そういった者には即時出ていって貰う事に為るだろう。代わりと言ってはなんだが、働けば働いた分だけ、しっかりと給料は出す。まずは一ヶ月の間仕事を続け、此方が問題無い、と判断した者から此処に定住する事を許可しようと思っている。出来るな?」
「「「「はいっ!!!!」」」」
やれます! 死ぬ気で働きます! 俺も!! 私も!! と場が白熱してきた。完全に気を許す訳では無いが、これなら、大丈夫だと思って良いだろう。
「言い忘れていた。此方の決めた事……詳しくは明日にでも発表するが……簡単に言えば、此処の情報を売ったり、物を盗んだりすれば、即時捕らえて先程のドラゴンの餌になって貰うと言う事だ。それを忘れてくれるな」
「ひょっひょっひょ、心配せんでも儂らの結束は血よりも堅いぞ。命の恩もあるんじゃ。国の為なら皆頑張るじゃろうてな」
「なら良いが。詳しい事は明日にしよう。遅くに悪かったな。皆ゆっくり休んでくれ」
そう言って、部屋を出た。
「救いの神と鬼か…………両方持っとる男じゃな……ひょっひょ。」
アンケートが来ましたので活動報告に回答させて頂きました。




