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28《森の魔女》



 真明達が竜族の集落へ出向いていたその日。外周防壁正門を舞台に事件が起きていた。



――――――――――――――――――



 元サイラーク近衛兵のポラリアは、同じく元近衛である、ザツバツテアと二人で正門上の警備室で門周辺の監視に付いていた。


 ザッツとは、ポラリアが腕を認められ一般兵から近衛兵に取り立てたられた時より、数年来の付き合いになる。ポラリアより二つ歳下のザッツは中流貴族の三男、対してポラリアは平民出だが、ほぼ同期であった為、少しは気の知れた仲と言える。

 現在、門の警備部屋で任に付いているのは自分達の他に、北門警備室に一組で計四人。西の門には不要だと言われており、残りは麦の作付やナツミ様の狩りに同行をしている筈だ。


「ザッツ……、少し気を緩ませすぎじゃないか? この門は最も重要な門なのだぞ」


「この壁はトロールの大群でも崩せないさ。それに居心地良くてな」


「む……それは認めるが……」


 確かに、今日は随分冷えるが、部屋の中は常時暖房が効いており快適だ。その上、マサアキ様からも、積まれている様々な食料も任務に支障を来さない範囲でなら好きに食べて良い、と言われている。ポラリスのお気に入りは、やきとり、と言う甘辛い肉の缶詰だ。少し蓋を開け、ストーブ型魔道具の上で温めてから食べると驚くほど美味い。

 眠気に襲われても不思議な粉を水に溶かすだけで出来る、いんすたんとこーひー、と呼ばれる飲み物も飲み放題だ。いったいこの部屋だけに幾ら掛かっているのかポラリアには想像も付かない。ザッツの気持ちも少しは分かる。


「あぁ……いつまでこうしていれば良いんだ」


「そうだな、でもだからこそしっかり見張……ザッツ、見ろ。人だ」


 中へと続く林道を此方に向かって歩いてくる人物は三名。革の防寒服を来た猟師姿に立派な複合弓を掛けている。一名は足を引き摺っている様で怪我をしている様だが……


 ポラリアとザッツの二人は備え付けの電子双眼鏡を覗き、相手を観察する。リラックスしていてもそこは良く訓練された、エリートと呼んで差し支えない元近衛。立ち上がりは早い。


「……すぐマサアキ様に連絡を」


「!? あの複合弓………………怪我をしているようだし話を聞いてやろうじゃないか」


「見た感じはそうだが、どうしてこんな所に……」


 此処は竜族の森。人が立ち入ることは殆ど無い。だからこそ、マサアキ様には「近づくものは皆、敵と疑え」と言われている。それに最近この辺りでは魔物が激減しているとは言え、普通の動物を狩るならもっと安全な場所がある筈だ。

 そしてなにより不自然なのはあの複合弓だ。複合弓は貴重なもので現在は国の工房でしか作られていない。一般にも少量売られてはいるが非常に高価だ。ポラリアも一度、支給品ではなく、個人用の弓の購入を検討したが、値段を聞いて諦めた事がある。それを狩人達が所持しているのは……引っかかる。



「さぁてな。大方欲の張った狩人が森で怪我して助けを求めてるって所じゃないか?」


 ザッツは何処か表情が明るい。退屈な時間に変化が現れたからだろうか……あれこれと考えている内に狩人達が下に着いたようだ。


「おぉーい! 俺達は狩人だー、連れが怪我をしてるんだー! 門を開けてくれないかー!」


「ほらな。 少し待ってろー! 今、門を開ける!」


「……ザッツ!? 門は絶対に開けるなと言われているだろう!」


「しかし怪我をしてるらしいじゃないか。誇りある近衛としては……」


「まだそんな事を言っているのか! 私達はもう近衛隊ではない! 誓いの言葉を忘れたのか?」


「おぉーい! 門を開けてくれー! 食料を分けてくれるだけでも良いー! 」


 狩人達は叫び続けている。


「……仕方がない……だが門の中に入れる訳にはいかない。水と食物だけを分け与えよう」


「…………分かった」


 ポラリアは使い慣れた古い弓、ザッツは支給されているチタンコーティングの大型ナイフを腰に付け、階段を降りると預けられているICカードで解錠、門に50cm程の隙間を開け、体を捩じ込み外に出る。


「おぉおお、門番さん。森で迷って怪我をしてしまって途方に暮れていたんですよ……ここはどういう所なのです? どなたかの隠れ里ですかな?」


「答えられん。本来ならこうして門を開けること自体、規則違反なんだ。悪いが休ませてやる事は出来ない。水と食料を分けるから、ここから離れてくれ」


「……わかりました。……ありがとうございます」


「ザッツ、私が見ておくから食料を持って来てやってくれ」


「……その複合弓に入れている紋……お前達、お父様の……ストラト家の者だな?」


「!? なっ!? 」


 慌てて後ろに下がり、狩人達に弓を構えるポラリス。


「門番様……私どもには何言っておられるのか…………なるほど、貴方様がザツバツテア様でございますね」


「やっぱりそうか……!」


「御当主様から、もし息子を見つけたら連れ帰れと仰られていたのですよ。いやぁ此処に居られて助かりました、余計な手間が省けそうで」


「お父様が……アハハハ! 」


「もう、知られていたのか……!? 戻るぞ……ザッツ?」


「……いや……悪いな。僕は王都に帰る事にするよ。此処も初めは良かったが慣れてしまえばなんて事はないじゃないか。賢者達も見掛け倒しだ。王女を守る価値も無い。此処の情報を土産に王都に戻ればきっと近衛に戻れる……もうこんな酒も女も無い所で毎日畑を耕すのはうんざりだ!」


「ザッツ! ……貴様……! 近衛の誓を破る気か!」


「もう近衛ではないと言ったのはお前だろう? それにあんな女もう王女でも何でも無いじゃないか。まぁ長い付き合いでもあるし……付いて来るならお前の事も頼んでお父様に頼んでやってもいいぞ? それとも四対一で勝てるとでも思ってるか? 平民上がりのポーラちゃん、アハ、アハハ!」


 既にザッツは狩人達の側に立っている。狩人に偽装していたのは私兵の斥候だか、貴族の坊ちゃんを捜索しに来た探索者か……恐らくはその両方だろう。

 ザッツは大型ナイフを抜いており、チタンコーテイングを施されている刃が鈍く光を反射している。完全に寝返るつもりのようだ。


「きっさまぁああ……!!」


「お、やる気か? ハハハ。なら、その首を手土産に……!!?」



 シュバァアアーーーー!!っと言う音と同時に、襲撃者達の脇に広がる木の幹が、腰の高さで円形に繰り抜かれるように蒸発した。

 ソレは防壁の内部から飛んできたらしく、ミスリル製の防壁門に30cm程の大穴を開けており、幹を大きく抉られた多数の木々は自重を支えられすに、メキメキと音を奏ながら、ゆっくりと倒れていく。


「!? な、なんだ今のは!?」



「あー、やっぱり銃の命中力には敵わないな……あ、ていうか門に穴開けたのバレたら絶対真明さんに怒られるんじゃ……んー、後で晴彦にこっそり頼んで……でもしょうがないですよね。そっちはその兵士さん殺す気満々でしたもんね?」


 狭い門の隙間を出てきたのは夏美だ。走って来たのか髪は乱れているが、大きなSV-98狙撃銃を背負っているのに息一つ切らしていない。

 先ほどの正体は夏美の魔力。夏美はその膨大な魔力を掌で小さく凝縮し、固めた物を撃ち出したのだ、高密度の魔力の塊だ。それは魔力を吸収する特性を持っている筈のミスリル製防壁をやすやすと貫通している。


「ナ、ナツミ様!? どうして此処に!? 早くお戻り下さい!」


「え? あ、いや、真明さんに言われて、壁の内側に残ってる魔物を駆除してたんですよー、そしたら知らない気配が三つも有るじゃないですか。それでこっちに向かってみたら、なんか殺気出まくりの殺し合い寸前、みたいな気配感じるし? 慌てて、飛んで来たんですよ私達”二人”で」


 スッと振り返る夏美の視線を、その場の全員が追うと……門の隙間から大きなボールのような眼球が覗いている。そしてその目がパチリ、と瞬きした。


「ひぃ! な、なんだ……まさか……」


 門を通る事が出来ないカシードは、その大きな翼を数度、はためかせ、正面門真上の警備部屋の屋根にドズゥウウンッ!と着地する。


「ゴアアアアアアアアアアア!!!!」


「ちょっ! カシードさん……耳キーンてなるから……」


『あら、ごめんなさい、でもナツミ。お兄様達が心血を注いでいるこの土地を無粋な者が血で汚そうとしたのよ? 怒るのも当然ですわ』


「まーそうですよね、その気持ち分かります。私の真明さんがそっけないフリしながらも頑張ってるのに…………許せないですよね」


『そうよね、此処はカザードと私の愛の巣でもあるんだから……重罪ですわ』


「愛の巣て……確かに巣だけど……まぁすっごく重罪ですね。ていうか個人的には死刑で良いと思うんですけど」


『ナツミ、ただ殺すだけなんて生ぬるいですわ。人族に舐められるなんてゴメンよ』




 伝説の金属であろうミスリルの壁を簡単に貫く未知の魔法。そして昔話でしか知り得ない半場伝説と化しているドラゴン。

 この二つの出現に理解が追い付いていないのか、襲撃者達は戦意どころか魂まで抜けた様な顔で立ち尽くしている。


 これまで真明は元近衛兵達に集落北側への侵入を固く禁じていた。この世界で神聖視されていると言っても良い存在であるドラゴンが、大屋根の下、暖かい暖房魔道具に囲まれて二頭でイチャイチャとじゃれ合って居る姿はある意味インパクトが強すぎる。


 普段、真明はカザードに騎乗する機会が多いが、夏美が一人の時は決まって、カシードに乗せてもらっている。二人の間で交わされる会話は所謂恋話オンリーだ。


 ポラリアは飛んでいる所を遠目に見た事は有ったが、間近で見るのは初めてだ。その迫力に呆けていたが、言葉は判らないものの、どうやら会話をしているらしい二人の視線と夏美の単語に剣呑な物が混じり始めた事に気づき、脳が再稼働する。


「お、御二人とも? ここで殺すおつもりですか? お、お待ち下さい! せめて一人は生かして置きませんと!」


『あら、あなた。私の耳は人族より良いの。会話は全部聞こえていたのよ? ……まさか裏切った者を庇うつもりかしら』


「あ、カシードさん、言葉通じてないから。えーと、ポラリアさんでしたっけ。カシードさんが『裏切り者を庇うのかゴルァ』って言ってますけど」


『ナツミ……私、ごるぁ、とか言ってませんわ……概ね合ってますけど』


「い、いえ、違います! この者達は恐らく……ここの偵察と貴族筋の捜索が目的の様に感じます。大した情報を持っているとは思えませんが……近いうちに動きがあるのかも知れません。ゆえにここで情報元を潰すのは…………捕縛するのが良いかと」


『それは……確かにそうね。あなたの言う通りだわ』


「んー、カシードさん納得してくれましたよ。あ、そこの人たちは動かないで下さいね。動いたら次はさっきの当てますからね。体の中心線狙うのでたぶん外さないですよ。もし逃げたらカシードさん……あのドラゴンが追いかけて灰にしちゃうと思うので逃げないで下さいね」


 真明に狙撃を教えこまれている夏美はどこまでも基本に忠実だ。その上では巨大なカシードが口の端から炎をちらつかせながら睨みを効かせている。


 抗う気力など残っている筈もない。襲撃者達はこちらが指示する前に自ら武器を投げ捨て、両手を上げた。


「真明さんいつ戻るんだろ。戻るまでに防壁の中のお掃除も進めておかないと……あ、でもこの人達から使える情報があったら褒めてくれるはず! うふふ、うふふふふ……」


 無線で連絡を受けた獅冬達が駆け付けるまでの間、男達は終始にこやかな笑顔を浮かべる夏美に心底怯え「竜の魔女だ……」と呟きながら、カチカチと歯を鳴らして震えていた。すっかり冷静さを欠いてしまった襲撃者達は、その後の質問に至極素直に答えたという。





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