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脱出準備

 東京新宿座では百地座長率いるショボクレ一座が公演を行っている。

 その公演始まる前座長控え室――

「座長、御手洗雄馬となのる若者が会いたいと来ておりますが」

 付き人の声に鏡の前でドーランを塗り始めた百地大五郎が手を止めた。

「御手洗ね……」

 百地は懐かしそうな顔をした。

「いいわよ通して頂戴」


 百地の前に御手洗は手土産を差し出すと跪き両手を畳に擦りつけた。

「座長、ご無沙汰ですぅ」

 首筋にドーランを塗ったまま百地が答えた。

「あんたとは同期なんだから会わないわけにはいかないわ。懐かしいわね……どぉ元気?」

 ひとしきり昔話をした後百地が言う。

「……ところでなんの用ぉ?」

「これなんですぅ」

 御手洗は写真を差し出した。

「これと同じカツラとドーラン貸して頂けませんかぁ。こんな義理言えるわけないですけどぉ」

 百地は写真を見た。それは山城澪のポートレートだ。

「ふーん……」

 手に取った百地大五郎は写真を眺めながら呟く。

「アンタの道具箱にあるんじゃない?」

 御手洗は頭を掻いた。

「それが……火事で全部燃えちゃったのよぉ」

「火事?」

 それを聞いた大五郎は、大きく口を開けると畳に手をつき歌舞伎役者のように見得を切った。

「ひええ――それは大変なことだわねえ」

 御手洗は上目遣いで百地を見る。

「……頼れるのも百地座長しかいないしぃ……ダメかしらぁ?」


 百地は御手洗を見つめた。

 写真を放り出し一言。「ダメよ」


 予想もしない答えに御手洗は驚く。

「えええ? なんでぇ?」


 百地は言い出した。

「アンタ、この女の子に化けつもりでしょ? 犯罪に使おうなんて魂胆じゃないの?」

「えええ? そんなぁ……」


 百地の勘は鋭い。

 山城澪に化けるのは、御手洗にとって犯罪に近いともいえる。


「犯罪には手を貸しませんからね」

 言い訳がましく御手洗は言う。

「犯罪なんてぇ、ボクそんな大胆なこと出来ると思いますぅ?」

 百地は諭す。

「いいこと、ヒトは切羽詰まると残酷なことでも平気でするものよ」

 確かに百地は正論である。


 切羽詰まった御手洗……ここで計画が崩れたら元も子もない。

 御手洗の頭に映像が浮かんだ。

「あ……新しい劇団、そうよ劇団に入れそうなのよぉ」

「新しい劇団ですって」

「そのオーデションに必要なのよぉ」

「そうなの? なんて劇団?」

「ス……スケロク一座」

 百地は天井を見る。

「スケロク一座……? 聞いたことない劇団ねぇ」

「つい最近旗揚げしたばっかり。そこで劇団員募集の記事みっけたのよぉ」


 御手洗は必死になって百地の反応を見る。

 数分の沈黙が流れ……百地は決断した。

「良いわよ……貸したげる」

「ありがとうございますっ」

 ひれ伏す御手洗に、百地は釘を刺す。

「終わったら返して頂戴。でも雄馬、いいこと? 立派な役者になるのよ。それを信じて貸すんだから……」


 御手洗の決心にほだされた百地は貸し出したのであるが――スケロク一座?



 東雲しののめはスケロク倉庫のインターホンを壊すかのように連打した。

「早く開けやがれっ」

 管弦が顔を出す。「うるさいなあ……」

「何だとてめえっ客だぞッ」

 あくまでも虚勢を張る東雲だった。

「どうなってんだよっ、お嬢の救出まだかよ。客だぞ、冷たいお茶出せやっ」

 不満顔で麦茶を出す管弦に音を立ててのむ東雲。

「あれから何日経ってだよっ。潰されてぇのかっ」

 車椅子の杉田が喚き散らす東雲に対し冷静に言う。

「雄馬、ここへ……」

 御手洗が姿を現すと東雲は派手にお茶を吹き出した。


「うぉ! お嬢っ? お嬢じゃねえか?」


 信じられない顔をする東雲に杉田は言う。

「お嬢に見えるか?」

「間違いねえっお嬢だ。……てめえやるじゃねえか、早速社長に……いや? なんか感じが違うぞ?」

 杉田は重ねた。

「お嬢に見えるか」

「違うか……ちょっとこっちへ来い」

 杉田はにこりとした。

「まあ東雲さん、そこまでだ。これで山城五郎右衛門が、だませたら雄馬の変装は合格だぜ」

 東雲は言う。

「へ……変装だとおッ!」

 杉田は言う。

「雄馬、見せてやれ」

 杉田の言葉に無言の御手洗は頭に手をやり、カツラを取った。


 その下は丸坊主だった。

 澪に変装するために地毛を剃っていた。そうしないとカツラが上手くのらないのであった――


 東雲はあっけにとられ威勢のよい言葉も出ない。それほど山城澪にそっくりな変装だったからだ。

 東雲がようやく口に出した。

「凄えけどよ、コイツをどうすんだよ」

 杉田は言う。

「本物のお嬢とすり替える。当然カツラバ一家は騒ぎ立てるだろう。だから彼を身代わりにして時間を稼ぐ」

「けっ、そんなことできっこねえだろ?」

「さらに問題がある」と杉田。

「何だよ問題ってのはよ」

 東雲の問いかけに杉田は答える。

「身代わりは喋ることが出来ない」

「ええ?」

 杉田はきっぱりと言う。

「音声データがない。それに幾ら変装しても14歳の女の子の声までは出せない」

 東雲は声のトーンを落とした。いかにも困ったと言った風情だった。

「今日来たのは他でもねえ……こっちの出方次第で、お嬢の指を一本づつ詰めさせ送りつけるって脅しをかけてきやがったんだ」

 祖父江からの音声でそれは知っているが、わざととぼけた杉田だった。

「それは急だな」

「お嬢が無事でさえよければいいんだ」と東雲。

「ほお? 弊社社員はどうなっても良いというのか」

 杉田の言葉に東雲は言う。

「無事に来られりゃそれでいいんだよっ。アンタんとこのやろうがどうなってもかまやしねえ」

「命の危険があると思わないか」

「ああ、そうでぇ。そいつが殺されたら線香の一本も立ててやるぜ。なんなら、なんまんだぶなんまんだぶ、って手ぇあわせてやらあ」




 宝来警察署副署長室


「山城組が取り下げた?」

 加藤は頼近が持ってきた報告書に目を通しつつ、疑問の声をあげた。

「誘拐と山城組は騒いだが、実は倉庫に隠れていて騒ぎを見ていた、跡目と称される自分がいなくなると、どれほど組が困るかと試したと言うことですよ」

 頼近は加藤にそう告げる。

「あまりの大騒ぎになったから本人は出てきたというか」

「どうもそうらしいですね」

 加藤はバン、と机を叩いた。

「そんな間の抜けた話で警察を愚弄するつもりか」

 憤慨した加藤は立ち上がり、頼近共々第三会議室に赴いた。


 第三会議室では捜査本部が設置したまま、主だった捜査官はたむろしていた。

 加藤は勢い込んだ。

「報告を受けたがこんな馬鹿げた話あるか、きな臭いのがプンプンだ。県警には本案件は終了したと報告するが、本署では引き続き組の動向を探るぞ」

 一同は加藤の言葉に驚きだが、神崎だけは違った考えを持っていたのであった。

「見つかったからそれでいいんじゃないでしょうか?」と弓月。

 弓月は言うが神崎は考えた。

「いや絶対何かある。弓月……理由を探らないと、本当の解決はない」

「そうまでして?」

 経験の浅い弓月はそう言ったが……




 翌朝、午前九時。荷揚げ前の芦穂埠頭一番倉庫前


 熱い日差しの中、トラックや貨物自動車が埃を巻き上げ、行き交っている。

 天馬と黒川が一番倉庫前に立っていた。


「一人で大丈夫ですか」

「ここまでで後は大丈夫です」

「無事に戻ってきてね、わたしここで待ってますから」

「分かりました」

 そう言うと黒川は白杖を手にして、誰の手も借りず第一倉庫詰め所に向かっていた。

 それはまるで見えているようだ。

 詰め所前で黒川は声を張り上げた。

「えー、出張マッサージでございます。えー、祖父江様、どちらにいらっしゃいますか」

 黒川の声に汗を拭きながら倉庫管理者が戸口の前に立った。

「按摩だぁ? だれが呼んだんでえ」


 作業前の時間――願成寺と的場、越狩がやや緊張した面持ちになった。

『社長の計画上手く行くと良いけど』と願成寺が呟いた。


「ケンジが呼んだ? 下っ端のくせに……按摩、こっち来い」

 倉庫管理人が黒川の袖を引っ張った。通路を伝い祖父江の元に入る。

「ケンジさんよぉ、按摩、呼んだかい?」

「武術の後は身体をほぐさんとな」と平然という祖父江。

「今度からはなぁ、一言……」

 不満そうな倉庫管理人を祖父江は睨む。

「あ……突然だったんでね、次んときゃ一言お願いしやす」

 祖父江の目力にタジタジする倉庫管理人だった。


「祖父江様ですか……出張マッサージの黒川と申します。早速ですがうつ伏せになってください」

 汚れた畳の上で祖父江はうつ伏せになった。

 暫く二人を疑わしそうな目で見ていた倉庫管理人だが「見ててもしょうがねえ、ケンジさん終わったらつれてきてくれな」と言いながら事務所に引っ込んでいった。

 黒川は背中を押したり腰を揉むようにする。

「壁は薄いぞ」と祖父江の囁きに黒川がわざと大声を出す。

「祖父江様、相当凝ってますなあ」

 そして祖父江の耳元で呟く。

「話は通じてます。急がないと危ないです――それとこれを」

 黒川がポケットから新しい補聴器を出した。

「今のはそろそろ電池がなくなる、と社長が言ってました。通話は出来ませんが取り換えるように、と」

 そう言いながら手慣れた手つきでぐいぐいと両足を揉む黒川にわざと悲鳴を上げる祖父江。

「痛てて……もうちっとやさしくできねえか」

 そして声を落とす。

「突然来たからビックリしたぜ。何とか嘘つけたが――伝令か?」

「社長の計画を伝えに来ました」

「そうなのか――社長に伝えてくれ。澪の幽閉場所が分かった、と」

 黒川は承知したのか、大声を出す。

「では仰向けになってください」

 仰向けになった祖父江はゆっくりと慎重に囁くように黒川に言う。

「換気用に高窓がある――かなり高いが天井の配管に手が届けば……」

「祖父江様、二の腕が太いですねえ。揉みがいがあります――高窓、承知しました」


 二十分程度で二人は話し終えた。


「終わりました、ではこれで」と黒川が倉庫管理人に声をかけると突然――「按摩、俺も揉んでくれよ」

 聞かれていたかと一瞬緊張した黒川だが「喜んで」と倉庫管理人をやさしくもみほぐしていった。

「お~こりゃ~いいわ~」と管理人。

「お代金を……」と黒川が手を出すが「代金はつけとけ」と倉庫管理人は言う。

 あくまでも払わないつもりだ。


 炎天下の中、大汗をかきながら天馬は黒川を待っていた。バイオボーグとは言え人間だ。

「上手く伝えました?」

「バッチリです」

 そう言う黒川は天馬の右肩に手を添える。天馬は携帯を取りだし杉田に連絡を取る。

「黒川さん社長に報告して」

 黒川の左手に携帯を掴ませ、行き交うトラックの交通が激しい中、ゆっくりと歩き出す。

「澪さんの幽閉場所分かりました、開閉出来る高窓があります。暑いので全開してるそうで」

 ゆっくりと歩きながら黒川は杉田と話し出した。

「高窓か……そこから脱出出来るのか?」

「肩車で持ち上げるそうです」

「では次だな。どうやって服を取り替えるか……」


「黒川さんの記憶力って凄いわ」

 天馬が言うと黒川は返事を返した。

「終わると全て忘れます。そうしないと頭がパンクしますので」


 その一方で祖父江はあてがわれた部屋で胡座を組み、腕を組んでいる。

『突然でビックリしたが――ボスは雄馬を使うってか』

 計画を反芻する祖父江の前に薄い壁から微かに悲鳴が届いた。


 ビシッ……バシッ……


 人を叩く音が聞こえる。

『またか……』

 呆れたような祖父江だった。

「おいケンジ」

 菅原の声が飛んだ。「見てこい」

 祖父江が澪の元に行くと案の定、若い舎弟が謝っている。

「こんなダサいの着れるかよ」

 相変わらず強気の澪だった。

「どうしたんだ?」

「着替えが気に入らないと……」舎弟は涙声だ。左右の頬が紅い。

「俺と変われ」と祖父江。

 部屋の真ん中で粗く息を弾ませている澪がいる。

「なんだよおまえはよ、こっちくんなよな」

 しかし祖父江は睨むように澪に近づく――

 澪は金切り声を上げた。「こっち来ないでッ」

 祖父江の迫力は今までの舎弟とは異次元だ。部屋の隅に追い詰められる澪。

「なにが不満だ?」

 祖父江の問いかけに澪は素直だった。

「服、汚れてっからさ……」

 確かに服が部屋中に散らかっている。

 祖父江は澪の顎に手をあて、ぐいっと顎を上げる。

「な……なにすんだよ……」

 祖父江の迫力に怯える澪。

 祖父江は後ろの若造に言う。

「ナシつけるから外に出てろ」

「へ……へいっ」

 若造は檻の外へ出た。

 そこへ騒ぎを聞きつけた桂馬一茶と菅原がやってきた。若い衆は一茶達にことの経緯を話し出した。

 その隙を突いて祖父江は静かに言う。

「澪さん」

「え?」

「あんた、助けるぜ」


 澪は信じられないというように目を見開いた。


「あんた一体……誰?」

「理由は後だ」

「嘘つくなよ……」

「山城五郎右衛門が待ってる」

 それを聞いた途端、それまで我慢していた澪は唇をかみ震えだした。

「おおじいじ……会いたい……」

「会わせるぜ」

「でも逃げられない……無理だよう」

 今まで粗暴な振る舞いを見せていた澪だったが、大粒の涙が頬を伝いだした。

「無理よ、あたいここで殺されるんだ」

「良いから言うことを聞け」

 いきなり派手な音がすると、一茶と若造が祖父江達を見る。

「どうした?」と一茶。

「言うこと聞かねえからしばいた」

 澪の両目から涙が落ちているのをみた一茶は、澪のうれし涙を祖父江が殴ったからだ、と勘違いした。

「殴ったにしては頬が……」

 祖父江は言う。

「金づるだろ。顔を傷つける訳にはいかねえ。ケツをな」

「ほう? 見せてみな」

 澪は真っ赤になって言う。

「女の子の尻なんて見せられるかよっ」

 澪の言い分に一茶も理解を示した。

「まあそうだな……」

 祖父江は散乱している床から服を拾い上げた。

「この茶のTシャツに白の短パンに着替えると」

「そうか……さすがケンジの言うことに素直だな」

 桂馬一茶は澪を見つめた。

「あっち向いてろよなっ」

 乙女心にタジタジとなる一茶達。

「ケンジおまえも出ろ。菅原、鍵を閉めろ」

「へい」


 祖父江の声を聴いていた杉田は想像する。

『茶色のTシャツに白の短パン? それらしいのを見繕うしかないな』



 以下 第12話エピソード5に続く。







※本作は、執筆における誤字脱字の校正および構成の補助として、AIツール(Gemini、Copilot、ClaudeAI、ChatGPT:全てフリー版)を利用しております。物語の核となるプロットや描写は、作者自身の手によるものです。



 益々話が長くなりました。次は高窓を使った脱出劇を綴ります。


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