祖父江の活躍
午前七時スケロク倉庫事務所
真夏の太陽は暑さを従えてやってくる。
杉田は言う。
「今日も昨日の続きだ。だが今日は一番倉庫だ」
「きついでやんす。まだ続くんでやんすか」と越狩は皆の気持ちを代弁するかのように杉田に言った。
杉田は首を振る。
「今のところこれしか仕事が無いんだ、耐えてくれ」
「ボスが言うんだから」と祖父江。「やるしかねえ」
祖父江が言うとなんとなくまとまるスケロク商事だ。
「それに一番倉庫は山城澪が幽閉されている可能性が高い」
杉田の声に全員が息を呑む。
「じゃあ雑役しながら、お嬢がどこにいるか探そうよ」
願成寺が言う。
「そんな単純じゃない」と杉田。
「ケンジこれを持ってけ。超小型通信機だ。会話は出来ないが周囲の音や声を拾える」
「ボス、俺が預かっていて良いのか」と祖父江。
「そうだよ」と杉田は返事する。
この日も汗まみれの主だったスケロク社員が雑工として倉庫内で活動していた……そして昼休憩の午後零時半倉庫詰め所
倉庫詰め所もむっとしている。扇風機が二台、暑さを助長するように熱風をはき続けている。三〇人近い労働者には何の役にも立たないが――
暑さの中、気が立っているガラの悪い巨漢が怒鳴った。
「なんだって、このやろー」
「おまえが悪いんだ」と祖父江が言う。
「この若造っ喧嘩売ろうってか」
言い合いになって巨漢は立ち上がった。祖父江を見下ろすような体躯だ。
「上等だ」
祖父江もゆっくりと立ち上がった。
巨漢が傍らにあった金槌を見つけ手にすると、振り上げ祖父江の頭に叩きつけた。
その瞬間、祖父江の強烈な右パンチが顔面をヒットした。目にも止まらぬ速さで左フックがみぞおちに命中し、倒れ込むと同時に猛烈な勢いの膝蹴りを加えた。
ぎょえ……
派手に宙を飛んで椅子をなぎ倒す大男。への字に曲がった鼻先から鮮血が噴出した。しかし巨漢は蹌踉めきながらも立ち上がった。漢のプライドがそうさせたのだ。
だが――さらに祖父江の跳び蹴りで悶絶した。
祖父江は平然と立ち、息も乱れていない。
この騒ぎで今まで騒がしかった詰め所が一瞬にして静まりかえった――
「おまえちょっとこっち来いっ」
騒動を見ていた倉庫責任者が祖父江の袖口を引っ張る。
「詰め所でケンカ、御法度だぞっ」
倉庫管理者は強引に祖父江を別室の事務所に連れ込み、椅子に座らせた。
座った祖父江は不貞不貞しく足を組み言い放つ。
「ヤツが先に手を出した」
そう言いながら祖父江は腕も組んだ。妙な威圧感を感じた管理者だが……「どっちがどうでも、出禁だ出禁ッ」
さらに倉庫責任者が引き出しから『始末書』と書かれた書類を祖父江の前に出した。
「始末書? こんなことでか?」
見上げる祖父江に倉庫責任者は憤然とした。
「今後のこともあるんだ。カツラバ倉庫管理に報告を入れるんで、この始末書に『今後この様な騒動を起こしません』と、一筆書け。最後の欄に住所氏名年齢を署名しろ」
祖父江は言う。
「カツラバ倉庫管理組合ってなんだよ」
倉庫責任者の男はイライラした。
「ここいら辺の倉庫を保守管理している会社だ。おめえさんには関係ねえ」
「なんでカツラバってカタカナなんだ? 桂馬じゃないのか」
「喧しいっ。「けいま」と読まれると威厳が保てんだろが。そんな与太話よりさっさと書きやがれっ」
祖父江は不思議そうな顔をした。
「どうやって?」
倉庫責任者はさらに血が上ったようだ。
「文字も書けねえってのかよ、何処までバカなんだっおめえはよっ」
祖父江は右手を広げた。そこで倉庫責任者は気がついた。
「……あ……ボールペンな……」
手渡しながら妙に感心していた。
「だがよおめえ、相当腕っぷしが良さそうだな。伸したアイツ。元ヘビー級ボクサーだったんだぜ」
「どおりで体格が良いわけだ」
「若造なわりにはかなり鍛えてんじゃねえかよ?」
「今は解散したが、かの昔組事務所にいた」
倉庫責任者は少し驚いた風の顔つきになった。
「組事務所でって……おめえさんもヤクザだったんか? 俺も足洗ってここに流れ着いたんだがよ……」
祖父江はだまって聞いている。
「そういやぁ伝説のヤクザモンがいたって一時話題になったがよ、知ってっか?」
無言で首を振る祖父江。
「てえことは、おめえさん、パシリか。……しらざあ言って聞かせやしょう……日本刀を振りかざしたヤツと素手の二人がよ、黙蘭会に殴り込みかけてよ、素手の若い衆が二十数名相手に一人で半殺しにしたってからよ、聞いたときゃあ凄えもんだと思ったぜ」
「そうか」
平然と返しながら、カリカリと書いている祖父江だった。
「俺らの組でも当時の黙蘭会は目の上のたんこぶだったからなあ。そいつのおかげで潰れたんだ。そいつ『半殺しのケンジ』って異名がついたんだぜ、何でも背中にでっかい彫り物があんだと。今思い出しても、愉快愉快……あはは……あはは……はぁ?」
大笑いしてた倉庫責任者だが祖父江の署名を見て急に言い淀んだ。
「……お、おめえまさか?」
祖父江は無言で上半身裸になり、背中一面と両腕の彫り物を見せつけた。
「うわ――本物じゃけっ」
倉庫責任者は驚きふためいて椅子から転げ落ち、コンクリ床に強かに額を打ち付けた。
「それがなんでここにいるんだよ!」
倉庫責任者は赤くなった額に手を当て、怒鳴った。それほど畏怖を感じたからだ。
祖父江は作業服を着直す。
「カタギになるつもりで会社に入った。だが来る日も来る日も日雇いばかりの仕事で嫌気がさした。ならもう一度戻ろうと思ってな。組、さがしてんだ」
「いやあケンジさん」と突然口調が変わった。
「邪魔したな」
「ま、待ってくれ……そんな凄腕、出禁なんてもったいねえ。今、カツラバ倉庫管理組合の社長にナシつけてくっからよ」
管理者は事務所からすっ飛んで出て行った。
祖父江は静かになった事務所をぐるりと見回す。
何処にでもある事務所風景だが、およそ一般企業には似合わない立派な神棚が飾ってある。
『一日一善』『交通安全』とか書かれた張り紙もあるがどこか怪しげだ。
祖父江は一瞥して、ここは堅気の会社ではない、と判断した。
夕方五時。祖父江以外は帰社についた。
「祖父江の兄い、無事に済むんでがすか」
帰社する車内で的場が呟いた。
「どうなるのでしょうか。心配よねえ……」と天馬が返事をした。
運転をしている越狩が言う。
「まあ、兄貴のことでやんす、上手く立ち回れるんでやんしょ」
「社長、どう考えるかなあ……」と願成寺。
様々な思惑を抱えながら帰社の途につく一行であった。
芦穂埠頭第一倉庫内組事務所
祖父江は取り巻き連中を身じろきもせず、無言で桂馬一茶の前にたっていた。
一茶は値踏みするように祖父江をじろじろ見て一言。
「話は聞いたぜ。始末書はナシだ。今日からおまえは舎弟だ。ここで働け」
一茶が言うと取り巻きの中から若頭が言う。
「お頭いいんですかい? いきなりこんな奴、引き入れて……様子、見ましょうぜ」
一茶は取り巻きを見回し言う。
「わかってる。だが、おめえらと違って、キモ座ってるぜ」
一茶の言葉にも祖父江は無言だった。一茶は言う。
「右耳、なんかはめてるな?」
それまで黙って聞いていた祖父江が口を開いた。
「これか?」
右耳にすっぽりとはめていた通信機を一茶達に見せる。
「補聴器だ」
「補聴器?」
「ケンカに明け暮れて、右耳が聞こえないんだ」
――杉田から言われたように話すと、祖父江は通信機を耳の中に収めた。
「ケンジ、おまえは舎弟と回り持ちで山城澪を見張れ」
その一言で祖父江は、ここに閉じ込められている事が分かり、緊張した。
『ボス、聞こえてるか……』
逆に一茶の言葉に騒然とする取り巻き連中だ。若頭が一茶の暴走に気をもんだ。
「雇ったばかりですぜお頭。ちったあ早くねえですかい」
一茶は言う。
「あんな跳ねっ返りをしばくにゃ、こいつがうってつけだ」
祖父江が口を開いた。
「山城澪?」
「跳ねっ返りだがよ。菅原、案内しろ」
「へい、こっちこい」
組事務所通路の突き当たりに格子がはまった部屋があった。部屋と言うより牢屋だ。今までも閉じ込められた人間がいたのであろう、汗が染みついているようなすえた臭いがする。
左側に便器、右隅に簡易なベッドが設えてある。そしてその中央に体育座りをして俯いている少女がいた。
無言で菅原は顎をしゃくった。その先に山城澪がいる。
祖父江は目を細めて山城澪を見つめる。気配を感じた澪は、つ、と顔を上げる。
整った顔立ちは子供ではない。かといって女でもない。だがその顔はなかなかの美形だ。左の頬がうっすらと紅い。
平手打ちを食らったな……祖父江はそう感じた。
美形にかかわらずその口調にはトゲがある。
「新入りかよ」
澪は毒ずく。
「なに、見てんだよ。見世物じゃねえんだよ」
そしてぷいっと横を向いた。
「祖父江ってんだ」
祖父江はにやりとした。澪にはちょっとした驚きが走った。
「名乗るヤクザって初めてじゃん」
冷淡に言い放つ祖父江。
「言うこときかんと遠慮なくしばくからな」
「挨拶はもう良いだろ」と菅原。そして祖父江を従え部屋を後にした。
「な、気が強え下郎だろ?」
組事務所控え室の椅子にどっかりと腰をおろした菅原は、吸い殻で山盛りの灰皿を引き寄せ、アメリカ製のタバコを取り出し、ふかしはじめた。
「あの女なにしたんだ」
事情は分かっている祖父江だが、わざと聞いてみた。
「おめえは知らなくていいこったぜ」と菅原は返事を返した。
祖父江は気を落ち着かせるために自分のタバコに火をつけた。
新入りにいきなり本当のことを言うわけはない、祖父江は思い、質問を変えた。
「いつまで閉じ込めとくんだ?」
「頭が言うにゃ指を切り落とし送りつけるとよ」
「澪の指をか? 誰に?」
しかし菅原は話を逸らした。
「昨日道具が入った。出入りに備えハジキも手に入れた。おめえ、ハジキは?」
一昨日願成寺と天馬が見つけたシールを思い出した。
『ハジキだけじゃねえな、あの重さ……』
そんなことはおくびに出さず拳を突き出す祖父江。
「飛び道具に用はねえ」
菅原は愉快そうに笑う。「……だな……」
菅原は腰を上げると呟いた。
「山城のジジイがどう出るかだ……さて」
菅原はタバコを灰皿に押しつける。灰皿の吸い殻が床に散らばるが気にしない。
「おめえさんの部屋案内するぜ」
組事務所の真裏が祖父江の部屋だ。四畳半ほどの狭い畳部屋に夏布団と毛布ひと組と扇風機、キャンプに使うようなちいさな折りたたみ机、必要最低限のものが置ける狭い棚。
山城澪の部屋よりましだが、昔お世話になった組の部屋より小さい。だが祖父江は気にもしていない。
「便所はあっちだ、あそこが風呂場、飯は出入りしている仕出し屋から来る。人数分はあるぜ」
そう言いながら菅原はニッと笑った。
『どうせまともじゃねえぞ……食い残しをあてがおうって腹だな……』
これも以前の経験がものを言う。
「指示があるまで自由にしろ。但しまだ下っ端だ。外には出られねえぞ」
トイレに入るが強烈なアンモニア臭が鼻腔を襲う。
小用がふたつ大用がひとつ。個室だが鍵が壊れていて、木製のドアも半分破壊され中が見える。
所詮、男の世界だ。憶する様子もなく用を足した。
部屋に戻るとなにやら話し声がする。意外と筒抜けだ。
『……ボスには聞こえているんだろうか……』
補聴器に見せかけた通信機では話が出来ない。祖父江の声や周りの状況しか届かないのだ。
祖父江の心配を他所に杉田と黒川は汗を流しながらイヤホンに耳を傾けている。しかし電波の入り具合は不安定だ。聞こえることは聞こえるがノイズが走り、所々音声が途切れる。
「やはり第一倉庫ですね」と黒川。
「意外と早くわかったな。後は次の行動だ――そうだ、指を切り落とすっていってたな?」
「私にもそう聞こえました」
「桂馬一茶……だっけ。残忍なヤツだぜ」
黒川は冷静に分析した。
「切り落としいた指を山城組に送りつけて、脅迫しようという魂胆ではないでしょうか。社長、早く手を打たないと」
悩む杉田。
「そうだな、まさか外に出られないとは考えてなかったぜ。どうやって祖父江とコンタクトとるか……」
第十二話後編・エピソード4に続く
※本作は、執筆における誤字脱字の校正および構成の補助として、AIツール(Gemini、Copilot、ClaudeAI、ChatGPT:全てフリー版)を利用しております。ヤクザ風景はChatGPTを参考にしましたが、物語の核となるプロットや描写は、作者自身の手によるものです。
簡単な読み物して終わらせようと思っておりましたが、どうやらまだ先が長くなりそうです。読者の皆様方におかれましては「まだ続くんかい!」と言われそうですが平にご容赦。
次の展開は山城澪を連れ出し決死の脱出劇を考えております。




