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じゃじゃ馬

 午前六時――芦穂埠頭

 芦穂埠頭はまだ眠っている。他の波止場は動いているが、場末の埠頭ゆえに、動きは遅い。

 その倉庫の一角から微かに金切り声が聞こえる。


 いやーやめてー……


 さらに、明らかに人の頬を叩く音が二度三度。そしてさらに悲鳴が。

 


 誘拐された山城澪が暴行を受けている……?



「こんな臭い飯、食えるかッてんだッ」

 床には安っぽい弁当が散乱している。

 引っ叩かれていたのは、カツラバ一家の若いわかいしだ。

「あたいを誰だと思ってんのさっ。将来の山城組をしょって立つ身だぜっ」

「許してくれ~」

 若い衆は涙声だ。

 どうやら、山城澪は差し入れを気に入らないようだった。

「もっとましなものよこせ」

「へ……へいっ」


「ガキ一匹になに騒いでんだ」

 カツラバ一家組長、桂馬一茶かつらばいっさが騒動を聞きつけ組員を見下す。

 若い組員はへこへこしながらことの経緯を話しだした。

「ふ……」一茶は鼻で笑う。「噂に違わぬ跳ねっ返りだ」

「どうします? おかしら

 後ろに控える若頭は恐る恐る尋ねる。

「痛めつけてえところだが――大事な金づるだ。そこの仕出し弁当屋でとびっきりの特上弁当、喰わせりゃ満足するだろうぜ」

 若頭が虚勢を張るように怒鳴った。

「おい、おめえかしらのことが聞こえたか、ツケ払いで作らせろ」

 若頭からの怒声に、澪に引っ叩かれたわかい組員がすっ飛んでいった――

「山城組のジジイの動き、どうだ」と桂馬。

「殴り込みだとのぼせ上がっておりやすぜ」

 桂馬一茶に答える若頭だ。

 桂馬は恐ろしい計画を平然と言った。

「単細胞なジジイだ。穏便に済まそうとしたが――気が変わった。明日からガキの指一本ずつ切り落として送りつけるってジジイに言え」

「合点だ、お頭、あの下郎明日からしばきやすぜ」

 血気溢れる若頭を見下す桂馬一茶。

「慌てんな、ジジイの反応を見てからだ」

「へ、へいっ」



 午前七時――スケロク倉庫兼事務所

 朝のミーティングが始まった。

 車椅子の杉田はタオルで汗を拭きながら全員を見回した。

「不渡土木から依頼が来た。場所は芦穂埠頭第十一番倉庫、港湾労働者と一緒に何人でも良いから荷受けを手伝えって依頼だ」

「どうせ碌な仕事じゃないよ。雑工なんかじゃない」

 不満そうに願成寺が言う。

「木箱をパレットに積み上げる作業だ」

「やっぱそうじゃん」と願成寺。

「あたしいきます」と天馬が手を上げる。

「天馬も行ってくれるか。力仕事には違いないが、頼むぜ」

 汗を拭く御手洗。

「こんな暑いのに力仕事、やだわぁ……他に仕事無いのぉ?」

「あいにくだが」と杉田は全員を見回す。「今日はこれだけだ」

 杉田は続けた。

「雄馬は事務所待機。黒川と瑠那、電話番。他は九時までに芦穂埠頭倉庫詰め所へ行ってくれ。それと……」

 指示を出した杉田だが、静かに腕を組んだ。

「それと……ってナニさ」

 管弦は杉田を見つめる。「昨日の依頼かさ」

「ああ」と生返事の杉田だ。

 管弦はイラついた。

「社長、ハッキリ言っちまえヨ。あたしらのウンメイをさ」

 越狩が言う。

「瑠那さんが言うウンメイってなんでやんすか」

 杉田は腕をほどいた。

「うん、そうだな……」

 言いにくそうな杉田にさらに管弦の爆弾発言が炸裂した。

「山城組のおっちょこちょいが来て、組の娘奪い返せって」

 管弦の予想もしない言葉に的場が驚いた。

「それってなんでがす?」

 だまって汗を拭いていた黒川のサングラスも光る。

「社長、話せば文殊の知恵もあります」

 全員が杉田の言葉を待つ。

「文殊の知恵ねぇ……」

 まだ完治していない杉田の背中がチクッとうずいた。

「実はな……」

 杉田はポツポツ話し出すと、全員がガヤガヤと騒ぎはじめた。

「どっちに転んでもヤバイじゃん」と願成寺。

 祖父江が思い出すように言う。

「俺は組事務所のパシリだった時代から、山城組の噂は聞いていた。かなり高額なみかじめ料が入るらしい」

「そんなに?」と天馬は言う。

「倉庫管理料、運送手続、荷受手配……苦労せずに数千万がポッポに入るって、当時のかしらうらやんでいたな」

「さすが裏社会に詳しいケンジだ」と杉田。「だが、誘拐されたお嬢の居場所が分からんな……」

 黒川のサングラスが光る。

「そう遠くではないと思います。とは言ってもすんなり交渉がまとまるとは思えませんし、交渉不成立ならお嬢様の命も危ない」

「社長、私たちの命もどうなるか分かりません。先手を打たなければ……」と天馬が言うが杉田にはまだ打開策が浮かばない。

「山城組とカツラバ一家の勢力図が分からん。まず舞台は芦穂埠頭か? 行き当たりばったりだが、芦穂埠頭から洗うしかない。なにしろ手駒がない状態だ」

 御手洗は泣き言のように言う。

「社長ぉ……警察に助けて貰おうよぉ、ボク、まだ死にたくないぃぃ」

 祖父江が御手洗の頭を小突く。「泣き言なら死んでから言えよ」



 午前九時半――芦穂埠頭

 うだるような暑さの中、祖父江と願成寺、的場、越狩、天馬が芦穂埠頭倉庫で港湾労働者と一緒に汗を流していた。

 受けた荷物を配送先に仕分けるのだが、企業向けの荷物は大きな段ボールや木箱など頑丈に荷造りされている。

 クレーンでつり上げたり、フォークリフトで貨物車に載せたりと結構重労働だ。

 その中でもスケロク商事に割り当てられたのが、倉庫内の重い荷物を人力で所定の場所まで移動させる、と言う過酷なものだった。

「ほんとに雑工だわ」

 願成寺と祖父江、的場三人がかりで移動させるものもある。

 ただ天馬だけは一人で重い木箱などをぐいぐいと押してゆく。

「あのおなご、めちゃんこ力あるがや」

「あれ嫁にもろたら、毎日しばかれそうでたまらんて」

 天馬の仕事ぶりを見た労働者は手を休め感心する。

「おまえら手を抜くなっ」

 荷受け管理者の声が飛ぶ。

「次はこれでがすか。一人じゃびくともせんでがす」

 身の丈以上の高さのある大きな木箱を的場は押してみたが、微動だにしない。祖父江と越狩も加わるが少しずったぐらいだ。

 汗を拭く祖父江。

「これを台車も使わずに十メーター先に移動しろってか?」

「なにが入ってんだろ?」

 願成寺の目に木箱のシールが目に飛び込んだ。

『カツラバ倉庫管理組合……?』

 木箱の中味は分からないが、なにか不穏に感じる願成寺であった。

 一仕事終えた天馬が寄ってきて、同じく宛先見た。

「社長が言ってたカツラバ一家と関係ありそうね」

 そう言うと、天馬は頑丈に作られた木箱を左腕をあてがい全身で押すとゆっくりと動き始めた。

「手伝え」

 祖父江のかけ声と共に木箱は所定の場所に移動した。



 宝来警察署

 加藤副署長室の内線が鳴った。

「スケロク商事の杉田さんから電話です。出られますか」

 交換手の声に、でよう、と言い受話器を取った。

 以下杉田と加藤の電話のやり取りが続いた。

「社長か、どうだね具合は……車椅子? ほう、そうかね。楓は?」

「元気に仕事こなしている。現場にも出て貰ってる。実は調べて貰もらえないか、と思ってね」

「山城組とカツラバ一家だと? 民間人にそんな情報教えるわけないだろう」

「そうだろうな……」

「何かあったのか? 誘拐事件……それは聞き捨てならんな」


 程なくして警察車両がスケロク倉庫の前で停車し、二人の刑事が降りた。

 二人は神崎と弓月だ。

「副署長から有力な情報のたれ込みがあったから事情を聞いてこい、と」

 杉田はにやりとした。

「いかにも加藤副署長らしいな」

 事情を知らない弓月は不思議そうな顔をした。

「副署長とお知り合いですか」

「黒猫事件からの付き合いだな」と杉田。

「黒猫?」

 弓月は益々分からない顔をした。

「僕もつい最近しりあったんだけどね……それより有力な情報を聴かせて貰いたいですね」

 神崎の問いに杉田は答える。

「ズバリ言う、弊社に山城組の娘を奪い返せ、と依頼が来た」

 刑事二人は驚く。

「どういう意味ですか? 何故社長に?」

 弓月が言う。

「警察の誰かが漏らしたのねっ」

 杉田は笑う。

「警察から情報が漏れたんじゃないぜ。漏らしたのは山城組のすっとこどっこいさ」

 机の上に数枚の澪の写真と書類を並べた。

「俺の情報と宝来警察の情報を交換条件としたいんだな」

「そんなこと出来るわけありませんっ漏洩罪ですっ」といきり立つ弓月。

「弓月ちょっと待て。成り行きがあるんだ」

「成り行きって?」

 弓月はちょっと気がついた。

「あの倉庫番とのやり取りですか」

 むっとした倉庫の中、神崎は少しネクタイを緩めた。

「まあそういう風にも取れるかな……では社長の知りたいことは?」

「山城組とカツラバ一家の関係。芦穂埠頭は裏で誰が仕切っているんだ?」

 神崎は考えながら答えた。

「捜査では長年山城組が動いている」

「カツラバ一家は?」

「最近芦穂埠頭に乗り込んできた。埠頭倉庫の一から二番倉庫を手に入れたことで山城組と小競り合いが勃発しているな」

「業を煮やしたカツラバ一家は娘を誘拐して脅迫したというわけだな。誘拐した娘、何処で軟禁されているだろうか」

 何処まで公開するかと思った神崎だが――

「それは捜査中です。しかし刑事の勘として、一番倉庫か二番倉庫ではないかと思っている」

「そんな遠くではない?」

「経験上、遠いと引き渡しに時間がかかり予期せぬ事態が発生するかもしれないので、犯人は近くに寄せていると思うよ、さて社長の情報は?」

 倉庫事務所は相変わらず暑い。神崎も弓月も汗だくになった。

 それを見た管弦は「冷たいお茶どうぞ」と差し出す。

 神崎は勢いよく飲み、弓月はちょっと口にしたのを見ながら杉田は言う。

「山城組の若頭東雲しののめだ、何処か間が抜けているが、なにか企んでいると思うよ。例えば――混乱に乗じて山城組の組長の座をねらっているとかな……瑠那、俺にも冷たいのくれよ」

 管弦は唯一残っていた欠けた湯飲みを杉田に差し出した。「飲んで飲んで」

「俺には欠けた湯飲み?」

「文句言うなよな。それっきゃないんだヨ」

 二人の成り行きを黙って聞いている弓月だった。そして流れる汗を拭きながら耳をそばだてている黒川がいた。


 二人の刑事が引き上げた後、杉田の頭脳が回転する。

 その中電話が鳴った。受けた管弦が言う。

「また不渡土木からの電話だよ。社長出る?」

「出張中って言ってくれ……」

 さらに杉田の思考はうずく。

『倉庫に監禁されているに違いない。だがどの倉庫だ? 探し当てる方法、何か無いか……』

「社長、明日も倉庫手伝えってさ。明日の仕事も無いから行かせると言っといたヨ」

「ああ、ありがとな」

 黒川がちょっときつめに言う。

「社長、管弦さんに受けさせるなんて、いけませんよ」

「ああ……悪かったな……」

 黒川のサングラスが光った。

「社長の考え当ててみましょうか。山城澪は、どこにいるか?」

 杉田にとって黒川の言葉はいつも真を得ている。

「そうだよ」

「ここと同じように組事務所がある倉庫でしょう。ここよりもっとましな倉庫事務所でしょう」

 やられた……杉田は感心した。



 五時過ぎ祖父江達は帰社した。

「ボス、結構きつかったぜ」

「押したり引いたりヤバかったでやんす」

「筋肉痛でがす」

「汗だくだ」

「やっぱ楓がいてくれて助かったよ」

 それぞれが報告するように杉田に言った。

「すまんな」と上の空のように杉田は返事した。それほど煮詰めていたのである。

「そうめん茹でた。氷ガシガシいれたヨ」

 管弦は次々と大皿に冷えたそうめんを机の上に並べだした。夕飯はそうめんだけだが……

「わお、そうめん? いいねえ」と願成寺は喜んだ。

「食べよ食べよ。黒川さんここに置くヨ」と管弦。

「これで身体もチッとは冷えるでやんす」と越狩。

「うめえ……」と伊東。

「瑠那、腕上げたな」と祖父江。

 管弦は口を尖らした。

「そうめん茹でただけで腕上げるってなんかさ」

 しかしそんな嬌声を他所に杉田は考え込んでいた。

「社長食べないのかさ、瑠那渾身の力作を」

 管弦は勧めるが、杉田は口に出来ないほど策略を巡らしていたのである。

「俺の分も喰ってくれ……背中が痛むんで」

 天馬が箸を置いた。

「そういえば社長、今日の塗り薬、まだだったわ」

 寺家から言いつけられていた天馬は薬を手にした。

「包帯とってから塗るから……ベッドに横になってください」

 杉田にとってにっこり笑う天馬の顔がアクマもように思えた。

「今日は痛くないよなぁ……?」

「今日は多めに塗ってくださいと、ドクターから指示がありました」

「え?」



 うぎゃ~、と言う絶叫が倉庫内に轟く……。

 

 そしてその日は終わった。

 

 第12話後編・次章に続く



※本作は、執筆における誤字脱字の校正および構成の補助として、AIツール(Gemini、Copilot、ClaudeAI、ChatGPT:全てフリー版)を利用しております。ヤクザ言葉はCopilot、ChatGPTを利用しましたが、物語の核となるプロットや描写は、作者自身の手によるものです。


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