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【1】遠雷のオーバーロード ~ブラック企業を憎む元社畜、剣と魔法の世界を『産業革命』と『全自動システム』で完全支配し、星の理すら買収(M&A)する~  作者: トール
第一章:深緑の生存闘争と雷霆の絶対者

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第053話:自律する双刃と不可侵の防衛線

 


『管理者権限:支配領域ドメイン Lv.5』。


 かつては俺の脳髄を直接灼くようなノイズの濁流だったその感覚は、今や冬の月夜に凍てつく湖面のように、静謐な澄み渡りを見せていた。

 半径百五十キロメートル。この広大な円環に網状に張り巡らされた魔力網は、都市の呼吸、数万人の心拍、そして大気の震えまでをも精密に拾い上げ、網膜の裏側で青白いホログラムの幾何学模様へと変換していく。


 だが、以前の「ワンオペ」時代とは決定的に異なる光景がそこにはあった。


「……アラートが鳴らなくなったな」


 隠れ家の最上階。アンティークの執務机に置かれた、琥珀色の魔酒。そのグラスを傾けると、厚みのあるクリスタルが「カラン」と涼やかな音を立てた。

 以前は、都市に潜む「悪意」の兆候を俺自身が索敵スキャンし、その都度『天罰』という名のデバッグを強制実行していた。しかし今は、脳内に赤い警告灯アラートが灯るよりも早く、それらは緑色の「処理済み」シグナルへと機械的に書き換えられていく。


『――トール様。東門外縁部にて、不審な偽装馬車を二台捕捉。積荷は火薬と判定。すでに我が影たちが制圧。事後処理を自警団へ引き渡しました』


 机上の魔導通信具から、ザイードの感情を排した声が漏れる。


「ご苦労。……処理速度が上がったな、ザイード」

『ははっ。すべてはトール様より賜った「眼」のおかげにございます。我ら「忍者」は、闇を這う病魔の羽音一つ、見逃しはいたしません』


 俺は小さく口角を上げた。

 白日を護る強固な盾、「都市防衛自警団ポリス」。そして、暗夜を駆けてノイズを刈り取る不可視の刃、「忍者」。この二つの歯車が完璧に噛み合ったことで、都市の防衛網は俺の手を離れ、冷徹な自律駆動オートノマスを開始していた。


 だが、システムの真価を証明するには、過酷な負荷試験ストレステストが必要だ。

 前世、幾多のデスマーチを乗り越えてきた社畜としての本能が囁いている。小悪党を弾いた程度で、完全なるゼロタッチ・オペレーションが完成したと慢心してはならない、と。


 その夜、俺の要求に応えるかのように、『支配領域』の端――大森林の死角を突くルートから、かつてないほど巨大な、粘着質な赤黒いノイズが接近してきた。


「……およそ百。歩法に乱れがなく、心音は一定。訓練された正規兵か、一線級の傭兵団だな」


 黒い金属棒を指先で愛撫する。チリッ、と青白い火花が爆ぜ、乾いたオゾンの臭いが鼻腔を突く。

 先日、這う這うの体で逃げ出したヴァルデマール侯爵が、プライドを賭けて雇い入れた裏社会の破壊工作部隊だろう。狙いは明白。俺の「財布」である魔酒の蒸留プラントだ。


 今、俺が空から『天雷』を投下すれば、彼らは一瞬で炭化し、夜の塵へと帰るだろう。

 だが――俺は金属棒を机に置き、深くソファへと身を沈めた。


「ザイード。モヒカン。……来客だ」


 通信具を通じ、迫り来る敵の座標と規模だけを淡々と伝達する。


「俺は一切、介入しない。お前たちの構築した『システム』がどこまで通用するか、見せてもらおうか」

『――御意。我ら双刃の真髄、とくとご覧にいれます』


 通信機の向こうから、ザイードの狂気じみた冷笑と、モヒカンの野獣めいた咆哮が重なって響いた。


 ***


 深夜。城塞都市の北東に広がる、月光に照らされた荒野。

 王都の侯爵に雇われた凄腕の傭兵団『黒狼の牙』は、影のように音を殺し、都市の外壁へと肉薄していた。


「いいか。相手は成金が雇った素人上がりの自警団だ。門番を音もなく絞め落とし、プラントに火を放て。それだけで、お前たちの生涯賃金を超える金貨が手に入る」


 団長の男が低く、だが確信に満ちた指示を飛ばす。百人の精鋭は、静止した空気の中を、一つの巨大な捕食者のように進軍していた。

 だが、彼らは気づいていなかった。

 自分たちが踏みしめているその大地が、すでに巨大な「蜘蛛の巣」の深淵であることを。


 ――ヒュンッ。


 先頭を行く斥候の足首に、月光すら反射しない極細の鋼糸が絡みついた。

「なっ……!?」

 声を上げる暇さえ与えられない。大森林のモジュール式罠を応用した仕掛けが作動し、斥候の巨体は凄まじい張力で、隣接する樹木へと吊り上げられた。


「罠だ! 警戒しろ!」

 傭兵たちが一斉に抜剣し、背中を合わせる円陣を組む。

 しかし、敵の姿はどこにもない。あるのは、風の音さえ吸い込まれるような、耳を圧する静寂だけだ。


「……無駄だ。お前たちの命運は、王都を出立した時点ですでに尽きている」


 暗闇の底から、骨まで凍てつかせるようなザイードの声が降ってきた。

 直後、傭兵団の足元で、特殊な魔導閃光弾が炸裂した。


「ぐああッ! 目が、目がぁ!」

 強烈な白光が網膜を焼き、視界が真っ白に塗りつぶされる。その一瞬の空白を突き、死角である岩陰から、あるいは地面の擬装から、漆黒の隠密装束を纏った「忍者」たちが、空間の裂け目から湧き出すように現れた。


 銀の獣の毛皮で作られた装束は、夜の闇を吸収し、その輪郭を完全に消失させている。彼らは剣を交えるという「無駄」をしない。

 暗闇の中から、痺れ薬を塗布した吹き矢が、冷たい雨のように降り注ぐ。


「ぐ、っ……身体が、しびれ……」

「退け! 罠だ、一度体制を立て直――ガッ!」


 退路を叫ぼうとした団長の首筋に、冷酷な漆黒の刃が深々と突き立てられた。

 忍者の目的は、敵を全滅させることではない。情報を奪い、混乱を植え付け、彼らの進軍ルートを「特定の袋小路」へと強制的に誘導プログラミングすることにある。


「チィッ! 東だ! 東へ抜けろ!」


 幻覚の魔導具と毒煙に追い立てられ、プライドをかなぐり捨てた残党約六十名が、都市の外縁を這うように逃走を開始する。

 忍者たちは深追いをしない。彼らの役目はあくまで「暗夜を駆ける影」。盤上の駒を、白日を護る「盾」の正面へと押し出すことに過ぎないのだ。


 ***


 夜明け前。

 誘導された傭兵団の残党が、肺を焼くような荒い息を吐きながら、開けた平原へと転がり出た。

「はぁっ、はぁっ……クソッ、何なんだあの影どもは……化け物か!」

 だが、彼らが絶望に染まった顔を上げた先には、さらなる地獄が整然と口を開けていた。


 松明の炎が、夜明けの薄闇を鮮血のように赤々と照らし出している。

 そこに屹立していたのは、蒼黒の統一された制服を纏い、強靭な金属の輝きを放つ「牙槍」を構えた五十人の重装歩兵――『都市防衛自警団』。

 いや、その規律正しさと威容は、もはやスラムのゴロツキの集まりなどではない。トールの富と力によって徹底的に再定義された、冷酷な『処刑執行集団』であった。


「ようこそ、王都のドブネズミども。随分と影の連中に可愛がられたようだな」


 先頭に立つモヒカン男が、返り血を浴びた牙槍を肩に担ぎ、肉食獣の笑みを浮かべる。


「俺たちが、トール様の法を執行する『白日の盾』だ。……貴様らのような不法投棄物は、この場で粉砕・廃棄する」

「舐めるなァッ! たかが自警団風情が!」


 血路を開くべく、死に物狂いの形相で傭兵たちが突撃する。

 だが、モヒカン男は慌てることなく、鍛え上げられた右手を高く掲げた。


「構えェッ!」


 ザッ、と五十本の牙槍が、寸分違わぬ精度で前方を指向する。

 大森林の極限環境で、強大な魔物の肉を喰らい、レベルアップという狂気的な果実を味わい尽くしてきた彼らの身体能力は、もはや「人間」の定義を逸脱していた。


「貫けェェェッ!」


 号令と共に、重厚な金属音が平原に響き渡る。

 ガキンッ! ドグシャァァッ!


 傭兵たちの剣は、鉄羽と革の複合装甲に虚しく弾き返される。そして次の瞬間、レッサーボアの牙を加工した無慈悲な槍先が、傭兵たちの防具ごと肉体を紙切れのように貫き、粉砕していった。


「ば、化け物……! なんだ、この……暴力は……!」

「俺たちの剣が通じねえッ!」


 それは戦闘ですらなかった。圧倒的な武力による、一方的で機械的な蹂躙。

 裏の「忍者」が情報を掌握し、敵を消耗させて誘導し、表の「自警団」が圧倒的な暴力で正面から破砕する。

 これこそが、トールという絶対者が設計した、人間による完璧な自動迎撃システム(パッシブ・ディフェンス)だった。


 数分後。

 夜明けの陽光が平原を黄金色に染め上げる頃、立ち尽くしているのは自警団の五十人のみ。

 モヒカン男は、朱に染まった牙槍を天に突き上げ、喉が裂けんばかりに咆哮した。


「我らが主、トール様に絶対の勝利を!」

「「「トール様万歳ッ!!」」」


 狂信的な歓声が、朝焼けの空へと高く、どこまでも高く響き渡った。


 ***


 俺は隠れ家の最上階から、その一部始終を『支配領域』を通じて、モニターを見守るエンジニアのように冷徹に観察していた。

 執務机の上のグラスには、まだ最後の一片の氷が残っている。


 俺は指一本動かさず、雷一筋を落とすことなく、王都が誇る精鋭部隊を「全自動」で排除した。


「……合格だ」


 琥珀色の液体を飲み干し、肺の奥に溜まった熱い息を吐き出す。

 防衛網の完全な自律化。有事における迎撃プロトコルの確立。

 これで、俺が都市のノイズを二十四時間監視し、個別に対処するという「属人化ワンオペ」から、完全に脱却したことが証明された。


「表の盾と、裏の刃。この双刃が自律して回る限り、もはやこの都市のガバナンスが揺らぐことはない」


 三十代の社畜が血反吐を吐きながら夢見た「究極のゼロタッチ・オペレーション(完全不労の筆頭株主)」への道。

 残る課題は、自ら狩りに出向く必要のある「希少素材調達の自動化」、そして意思決定を分散させる「取締役会の設置」のみ。


「さあ、盤上のチェックメイトまで秒読みだ。……世界よ、俺が指一本動かさずに富を搾り取る、その完璧なシステムの歯車になれ」


 初夏の暖かな風が、俺の『蒼黒の鱗羽鎧』を優しく吹き抜ける。

 すべてを掌握した十歳の絶対者は、朝日に輝く「完成された都市」を見下ろしながら、その端正な顔に、世界を弄ぶ不敵な笑みを深く刻み込んだ。

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