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【1】遠雷のオーバーロード ~ブラック企業を憎む元社畜、剣と魔法の世界を『産業革命』と『全自動システム』で完全支配し、星の理すら買収(M&A)する~  作者: トール
第一章:深緑の生存闘争と雷霆の絶対者

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第052話:白日を護る盾と暗夜を駆ける影

 


『管理者権限:支配領域ドメイン Lv.5』。


 半径百五十キロメートル。その規格外の円環に収まるあらゆる事象が、俺の脳髄へと直接流し込まれる。

 城塞都市の地下、岩肌を噛む清冽な水脈のせせらぎ。大森林の静寂を切り裂く『白銀の街道』で、荷馬車が立てる乾いた車輪の軋み。そして迷宮都市タルタロスの奈落、星海を模した深淵に魔石が吸い込まれる硬質な響き。

 数万人の脈動、数百万の環境音。それら膨大な情報パケットが、青白い三次元ホログラムの奔流となって網膜の裏側に展開される。


 レベル15、知力(INT)150。

 人間という種の器をとうに踏み越えた演算能力は、この暴力的なまでのノイズを呼吸のごとき平易さで仕分け、都市に澱む「悪意」の兆候――赤黒く明滅するバグのごとき光点――を冷徹に抽出していた。


 俺は隠れ家の最上階、アンティークの執務机に置かれたクリスタルグラスを引き寄せた。

「カラン……」と氷が涼やかな音を立て、琥珀色の魔酒が月光を透かして怪しく揺らめく。喉に流し込めば、内臓を直接焦がすようなアルコールの熱波と、鼻腔をくすぐる芳醇なバニラの香りが、脳の深部を甘美に愛撫した。


「……確かに、すべてが見える。そして、すべてを殺せるな」


 右手に握った黒い金属棒の先端を見つめる。チリッ、と青白い火花が爆ぜ、指先に微かな静電気の痺れを残した。

 今、俺が意識をわずかに傾ければ、王都の片隅で卑しい利権を貪る貴族の延髄を、不可視の電磁パルス『天罰パニッシュメント』で焼き切ることも容易い。物理的な距離も、堅牢な城壁も、俺の雷撃の前では回路上の抵抗値にすらならない。


 だが――俺はふと、重い溜息とともにグラスを置いた。


 前世の記憶が、苦い後味のように蘇る。

 窓のないオフィス。死臭を漂わせたディスプレイの光。優秀すぎるプログラマが独りで組み上げた巨大なシステムは、その男が倒れた瞬間に誰も触れられない「ブラックボックス」と化し、組織を再起不能の機能不全に陥らせる。そんな地獄を、俺は嫌というほど見てきた。


「俺が二十四時間監視し、いちいち雷を落として処理する……。それは『全能の神』ではない。ただの『最高性能のライン工』による究極のワンオペだ」


 処理能力がいかに高くとも、俺自身がシステムの実装の一部リソースであり続ける限り、それは真の不労所得(自動統治)とは呼べない。

 目指すべきは、究極のゼロタッチ・オペレーション。指一本動かさずとも、「組織」という歯車が自律的に外敵を噛み砕き、ガバナンス(統治)を維持する構造だ。

 それに、空から突然雷が落ちて人が炭化する光景を日常化させれば、民衆は敬愛ではなく、得体の知れない「恐怖」に縛られて萎縮する。恐怖は即効性のある劇薬だが、永続的な経済成長という果実を得るには、目に見える『法』と『秩序』という名の安心感が必要だった。


「……表の盾と、裏の刃。人間の組織による、ガバナンスの自動化へ移行するぞ」


 金属棒で執務机を一度、鋭く叩く。

 その残響を合図に、部屋の隅の闇が揺れ、二人の男が絨毯の上に音もなく平伏した。表の経済を回す大商人グレンと、暗黒街の元締めザイードだ。


「お呼びにございますか、トール様」

「ああ。都市の防衛と監視のフェーズを移行する。……まずは表社会だ」


 俺は立ち上がり、月光を吸い込む鉄羽と深海の青鱗を編み込んだ『蒼黒の鱗羽鎧スケイルメイル』を重厚に鳴らした。


「モヒカンをはじめとする『先行市民』たち。彼らは治安維持の現場をこなせるまでに成長した。彼らを、正規の『都市防衛自警団ポリス』へと格上げする」

「ポ、ポリス……でございますか?」

 聞き慣れぬ単語に、グレンが目を瞬かせる。


「そうだ。俺の鎧のデチューン版……鉄羽と革を編み込んだ統一の制服と、改良型の牙槍を与えろ。彼らには街の主要な通りを巡回(警邏)させ、喧嘩の仲裁や、軽微な犯罪の摘発といった『目に見える正義』を担当させる」


 人間社会の不安を払拭するには、絶対的な武力が「法」を背負って歩いているという視覚的情報が最も効く。揃いの制服を着た自警団を見るたび、民衆は俺という庇護者の存在を肌で感じ、依存と忠誠を深めていく。


「承知いたしました。彼らも、正規の騎士に準ずる地位を与えられれば、狂喜乱舞して忠誠を尽くすでしょう」

「……そして、ここからが本題だ。ザイード」


 声を一段落とす。ザイードの肩がビクンと跳ねた。彼の額に滲む脂汗が、夜の闇の中でもはっきりと視認できる。


「表が白日を護る盾なら、裏には暗夜を駆ける影が必要だ。お前の暗黒街のネットワークをすべて解体し、俺の直属の特務機関として再編しろ」

「特務、機関……」

「そうだ。表の自警団が動けない領域……敵対組織への諜報、世論誘導、破壊工作、そして都市に潜り込んだ反逆分子の隠密摘発。それらを専門に行う『影の刃』となれ」


 俺はインベントリから、大森林の『銀の獣』のしなやかな毛皮と、音を吸い込む魔石を組み合わせた、漆黒の隠密装束を机の上に放り投げた。


「俺の故郷の言葉で、この影の部隊を『忍者ニンジャ』と呼ぶ。お前がその責任者……頭目だ」

「忍者……!」


 ザイードの瞳孔が限界まで開き、声が狂信的な震えを帯びる。かつて路地裏を這い回り、俺の落雷に脳髄を焼かれる恐怖に怯えていた小悪党が、今や絶対者の「影」として都市の命運を握る長に任じられたのだ。


「俺がお前たちに『支配領域』の監視データの一部を、専用の魔導通信具を通じて下ろしてやる。俺が『天罰』を落とすまでもなく、お前たちが闇に紛れてノイズを刈り取り、表の自警団に『手柄』として引き渡せ。……できるな?」

「ははぁッ! このザイードの命、すべてトール様の『影』として捧げます! 王都のネズミ一匹、この都市の泥を踏ませはいたしません!」


 額を絨毯に擦りつける彼の瞳に、もはや安酒に溺れる卑屈な面影はない。システムの一部として究極の役割を与えられた男の、狂気的なまでの忠誠が燃え盛っていた。


 ***


 数日後の深夜。

 商業区に立ち並ぶ高級宿屋の一室。そこには、王都のヴァルデマール侯爵が放った密偵たちが、獣のような息遣いで潜んでいた。

 彼らの目的は、都市の生命線である魔酒の蒸留プラントに毒を混入し、俺の経済基盤を内部から腐らせること。


「いいか、相手は子供が支配するままごとの街だ。防衛などザルに等しい。明日の夜明けと共に潜入し、この遅効性の毒を……」

 黒ずくめのリーダーが、テーブルの上に小瓶を置いた、その瞬間だった。


 ――ヒュッ。


 風の音すらも吸い込まれるような、完璧な静寂。

 窓枠の影、天井の梁、そして絨毯の死角から。漆黒の装束を纏ったザイード率いる「忍者」たちが、空間の揺らぎから染み出すように実体化した。


「なっ……貴様ら、どこか――ガッ!?」

 密偵が剣の柄に指をかけるよりも早く、銀の獣の毛皮が空気を滑る。ザイードの放った痺れ薬付きの吹き矢が、正確にリーダーの首筋へ突き刺さった。


 同時に、音を吸収する魔導具を起動させた忍者たちが、足音一つ立てずに背後を確保する。猿轡を噛まされ、関節を外される音すら外へは漏れない。


「抵抗するな。王都の泥水で育ったドブネズミどもが、我ら『影』の眼から逃れられると思うたか」

 ザイードの冷酷な囁きが、麻痺した密偵たちの耳元に落ちる。

 彼らは最期まで理解できなかった。自分たちの完璧なはずの潜伏が、トールの『支配領域』というレーダーと、それを受信した忍者部隊の神速の連携によって、出立した時点から完全に捕捉されていたという事実を。


「捕縛完了。……表の連中に引き渡すぞ。トール様の『法』を飾るための、見事な生け贄だ」


 一滴の血を流すことも、剣戟の響きを立てることもなく、王都の脅威は暗闇の中で完全に制圧された。


 ***


 翌朝。

 城塞都市の中央広場は、割れんばかりの歓声と熱狂の渦にあった。

 蒼黒の制服を纏い、威風堂々と整列する「都市防衛自警団」。その先頭に立つモヒカン男が、後ろ手に縛り上げられた王都の密偵たちを広場の中心へと引き摺り出した。


「街の皆よ! この卑劣なるネズミどもは、我らが愛する都市の生命線に毒を撒こうと企てていた! だが、トール様の庇護と我ら自警団の警邏の眼を誤魔化すことなどできはしない!」


 モヒカンの、大仰で芝居がかった演説が群衆に火をつける。

「自警団万歳! トール様万歳!」

「これで今日も安心して眠れるぞ!」


 医療院へと向かう老婆も、出勤前の工場労働者も、誰もがその「目に見える治安と正義」に酔いしれ、トールというアイコンへの依存をさらに強固なものとしていく。


 裏の「忍者」たちが闇夜で刈り取り、表の「自警団」が白日の下で法として裁く。

 俺は隠れ家の最上階、開け放たれた窓辺から、その完璧な連携劇を冷徹に見下ろしていた。


 グラスの底に残った魔酒を煽り、その芳醇な熱を肺の奥へと落とし込む。


「……見事なものだ」


 俺の『支配領域』が感知したノイズは、俺が指一本、雷一筋を落とすことなく、完全に自動で処理された。

 株主は、現場のトラブルに直接手を下さない。適切に権限を委譲された表の子会社と裏の特務機関が、自律的に俺の利益を守るために死に物狂いで働き、政治的危機すらも全自動で排除していく。


 属人化の排除。ガバナンスの完全なる自動化。

 三十代の社畜が血反吐を吐きながら夢見た「究極のゼロタッチ・オペレーション(完全不労の筆頭株主)」の完成形が、今、確かな鼓動を持って俺の眼下に広がっている。


「これで、防衛網の自動化フェーズは完了だ。……さあ、世界よ。俺の掌の上で、その甘美な搾取のシステムに永遠に溺れ続けろ」


 初夏の暖かな風が、俺の月光を吸い込む鱗羽鎧を優しく撫でていく。

 すべてを掌握した十歳の絶対者は、歓喜に沸く自らの自治都市を見下ろしながら、その端正な顔に底知れぬほど不敵で、冷酷な笑みを深く刻み込んだ。

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