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【1】遠雷のオーバーロード ~ブラック企業を憎む元社畜、剣と魔法の世界を『産業革命』と『全自動システム』で完全支配し、星の理すら買収(M&A)する~  作者: トール
第三章:天頂の論理干渉(ハッキング)と完全自動の絶対企業(オーバーロード・インク)

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第207話:特権使徒の降臨と企業買収の防衛(プロキシファイト)

 


 天頂の彼方。物理法則を拒絶した白亜の空間は、かつてないほどの激しい震動に見舞われていた。


 少年の絶対者・トールが地上から放った『極大天雷アンチ・サーバー・ストライク』。それは単なる物理的な破壊の光ではなく、高次システムのファイアウォールをデジタルの論理で粉砕し、星のことわりそのものを簒奪しようとする、極めて暴力的なハッキングのくさびであった。


「……あり得ぬ。地上のエラー・コードごときが、我が玉座の管理者権限ルートを直接買収(M&A)しようというのか……!」


 無限の白の中央で、星の循環を映し出す巨大な天球儀のホログラムが、真っ赤な警告光アラートを撒き散らして明滅している。玉座に座す『監視者オブザーバー』の黄金の瞳には、かつてない焦燥と、システム崩壊に対する根源的な恐怖が浮かんでいた。


 物理的な過負荷攻撃(DDOS)たる大寒波は、少年の張り巡らせた温熱インフラによって完全に相殺された。外部からの干渉が通じない以上、監視者に残された手は一つ。


 システムの内部――少年の帝国を構成する「部品」たちを直接操作し、内側から崩壊させることだ。


「……高次元の隔離領域より『特権使徒エグゼクティブ・ターミナル』を降臨させよ。地上の民衆の意識へ直接介入し、神の威光をもって奴のインフラを破壊させよ。物理的排除が叶わぬなら、信仰という論理で奴の基盤を解体するのだ」


 監視者の氷のような宣告と共に、白亜の空間から十二枚の光の翼を持つ、最も高位の修正プログラムが地上へ向けて射出された。



 ***



 地上の城塞都市。

 激しい防衛戦の熱がまだ冷めやらぬ夜明け前、空は突如として黄金の光に塗り潰された。


「……な、何だあれは!?」

「空から……神の使いが……!」


 早朝の交代に向けて歩いていた『都市防衛自警団』の者たちが、空を指差して悲鳴を上げた。

 都市の中央にそびえ立つ『遠雷の大聖堂』。その上空に、目も眩むような純白のオーラを纏った巨大な存在――特権使徒が、音もなく降臨したのだ。


 使徒には顔がなかった。ただ、滑らかな白磁のような仮面から、絶対的な神の威圧感を都市全体に放散している。


『――迷える地上の子羊たちよ。目を覚ますのです』


 声は空から降ってきたのではない。都市に住む数万の民衆の脳髄へ、直接「神の啓示」として響き渡った。


『あなた方が依存しているその温もりは、星の理を喰い潰す悪魔の業。その酒は、魂を腐らせる猛毒です。今すぐ、黒煙を吐く工場を打ち壊しなさい。悪魔のパイプを掘り起こしなさい。さもなくば、星の怒りがこの都市を灰燼に帰すでしょう』


 神の言葉は、原始的な恐怖となって人々の精神を激しく揺さぶった。

 少女の天才令嬢セレスティアが以前仕掛けた「信仰のストライキ」は、あくまで平和的な怠業に過ぎなかった。だが、今空に浮かぶ特権使徒が煽っているのは、明確な「破壊衝動」と「暴動」である。


「お嬢様……! あれは、本物の神の使いです! 人々が、神の恐怖に操られようとしています!」

 スラムの空き教会で、護衛のリーゼが蒼白な顔で空を見上げた。


「……くっ! まずいわ。これでは街が完全に壊れてしまう!」

 少女は窓枠を強く握りしめ、歯噛みした。

 彼女の目的は、少年のシステムの心臓部を暴き出し、その論理をハッキングして盤面をひっくり返すことだ。都市のインフラや民衆の命を物理的に殲滅することではない。

 前世の亡霊(腐敗貴族)を利用した時以上の最悪の事態が、天上からの介入によって引き起こされようとしていた。


『神が、怒っておられる……!』

『俺たちのせいで、星が滅びるんだ! 工場を……工場を壊さなきゃ!』


 使徒が放つ精神干渉の波動に呑まれた民衆たちが、松明やハンマーを手に、巨大な食品加工工場メガ・ベーカリーや蒸留所の方角へと雪崩を打って歩み始めようとしていた。



 ***



 同時刻。隠れ家の最上階。

 アンティークの執務机に身を沈めた少年の絶対者・トールは、青白いホログラムモニターに映し出される暴動の兆候を、氷のように冷徹な瞳で見下ろしていた。


「……なるほど。外部からの攻撃が通じないと見るや、今度は直接『株主(民衆)』に接触して暴動を扇動し、経営陣の解任とインフラの破壊を狙ってきたか」


 社畜時代、彼は幾度となく企業間の血で血を洗う権力闘争を見てきた。

 経営を乗っ取るため、取締役会を通さずに直接株主に委任状を求め、内部から組織を転覆させる敵対的買収の防衛策――いわゆる、『プロキシファイト(委任状争奪戦)』だ。


「神という名の絶対的な権威ブランドを利用して、株主の支持を集めようという魂胆か。……だが、ビジネスの基本を分かっていないな、天上の監視者殿」


 少年は、漆黒の金属棒ブラック・ロッドを指先で弄びながら、不敵な笑みを深く刻み込んだ。


「株主が最終的に求めるのは、空虚な『大義』や『祈り』ではない。今ここにある、圧倒的な『現世の利益(配当)』だ」


 少年は立ち上がり、『管理者権限:支配領域 Lv.5』を脳髄に全開にした。

 彼が狙いを定めたのは、空に浮かぶ特権使徒ではない。大聖堂の祭壇で、突然の事態に祈りを捧げていたシスター・クレアだった。


「クレアの『慈愛の聖域』……その波長を、俺の権限でスピーカーとしてジャックする」


 少年は、大聖堂の女神ララァ像に組み込まれた共鳴回路をフル稼働させ、クレアの放つ光の波動に自らの「論理」を乗せた。



 ***



『――神は祈れと言うが、明日食うパンをくれるのか?』


 暴動へ向かおうとしていた群衆の足が、ピタリと止まった。

 脳内に響いた特権使徒の啓示を上書きするように、今度は大聖堂の方角から、少年の重厚で絶対的な声が、都市中をビリビリと震わせて響き渡ったのだ。


『神の理に従えば、お前たちは再びあの凍てつく冬の路地裏で、泥水を啜りながら餓死と凍死を待つだけの生活に戻る。……だが、俺のシステムはどうだ?』


 少年が金属棒を振るう。

 その瞬間、都市の地下に張り巡らされたミスリルの温熱インフラが、限界まで出力を上げた。

 初夏の冷たい夜明け前にもかかわらず、足元の石畳から、凍えた身体を包み込むような心地よい「熱」がじんわりと立ち昇ってきた。


 さらに、少年は蒸留プラントとメガ・ベーカリーの排気ファンを一斉に開放した。

 風に乗って、街中に暴力的なまでの『極上・琥珀の魔酒』の芳醇な香りと、焼きたての規格パン、そして脂の乗った極上肉の匂いが津波のように押し寄せる。


『腹を満たし、疲労を癒やし、明日への活力を与えるのは、神の空手形ではない。俺が構築したこのインフラだ。……さあ、株主総会の決議を取ろうか』


 少年の冷徹な声が、人々の脳髄を直接揺さぶる。


『目に見えない神の恐怖を選ぶか。それとも、今ここにある、確実な俺の【配当】を選ぶか。……工場を壊したければ壊せ。だがその瞬間、お前たちの手からパンも酒も温もりも、永遠に失われるぞ』


 その言葉は、特権使徒の放つ精神干渉を、圧倒的な「現実の利益」で強引に塗り潰していった。


 松明を握りしめていた男の手が、プルプルと震え始める。

 彼の鼻腔には、大衆ビアホールで煽った、あの喉を焼くような炭酸と琥珀の酒の記憶が鮮烈に蘇っていた。


「……嫌だ」


 誰かが、ポツリと呟いた。


「神様が星を滅ぼすって言うなら……それでもいい。俺はもう、あの寒くて腹を空かせた生活には戻りたくねえ……!」


「そうだ! 俺たちに肉と酒をくれたのは神様じゃない、トール様だ! 工場を壊すなんて絶対に嫌だァッ!」


 松明が次々と石畳に投げ捨てられ、ハンマーが地面に転がる。

 民衆の瞳に宿っていた神への畏怖は、彼ら自身の胃袋と快楽の記憶によって、完全に上書きされてしまったのだ。


『な……馬鹿な。ニンゲンどもよ、我は高次システムの執行者なるぞ。なぜ、神の啓示に従わぬ……!?』


 特権使徒の脳内に、理解不能なエラーコードが溢れ返る。

 彼らは数千年にわたり、人間を「信仰と恐怖」で管理してきた。だが、少年の構築した『経済と依存のシステム』は、神への信仰心すらも、現世の利益という強力な接着剤で完全に上書きしてしまっていた。


 株主(民衆)の支持を失った特権使徒のプロパガンダは、完全に無効化された。


「……株主の委任状プロキシは、俺のシステムが勝ち取ったようだな」


 隠れ家の最上階から、少年は漆黒の金属棒を空に浮かぶ使徒へと向けた。

 民衆の暴動という盾を失い、空中に孤立した使徒は、もはや単なる的でしかない。


「退場しろ。時代遅れの修正プログラム」


 少年の冷酷な宣告と共に、極大の青白い雷霆が、下から上へと夜空を真っ二つに引き裂いた。


 ――バギィィィィィィィィィッッ!!!


 直撃を受けた特権使徒は、悲鳴を上げる間もなく、その純白の光の翼ごと一瞬にして炭化し、夜明けの空に光の塵となってデコンパイル(分解)されていった。


 街の空には、再び黒煙を吐く煙突のシルエットと、平和な日常の喧騒が戻ってきた。



 ***



「……信じられない。神の啓示すらも、現世の利益で買収してしまったというの……?」


 スラムの空き教会。

 窓からその一部始終を見届けていた少女は、色付き眼鏡の奥の蒼い瞳を、限界まで見開いていた。


 物理的な暴力だけでなく、人間の心という最も不確かな領域すらも、「配当」という経済の論理で完全にコントロールしてみせた見えざる絶対者。

 その底知れぬ合理性と強欲さに、少女の背筋には恐怖の悪寒と、それを上回る強烈なアドレナリンが駆け巡っていた。


「……ええ、そうよ。こうでなくちゃ面白くないわ」


 少女は、泥に汚れた丁稚服の袖を強く握りしめた。


「彼が神の座すらも買収(M&A)するというのなら、私はその完璧な企業体オーバーロード・インクの心臓部に最も致命的なバグを仕込んで、その余裕の仮面を引き裂いてやる」


 天上の神すら退けた少年の絶対企業。その完成が秒読みとなる中、すべてを掌握する少年と、知略の牙を研ぐ天才少女の戦いは、さらなる高みへとそのスケールを拡大していくのだった。







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