603.アベル君と新任教官。
603.アベル君と新任教官。
朝、教室に入ると教室内がざわついていた。
俺はいつものパオロの隣の席に座り、
「おはようございました、パオロさん。周りはなじょした?」
と、聞いた。
「アベル、なんでそんなに訛っているんだ?いや、お前が変なのはいつものことだな。新しい教官が来るんだってよ。」
ふむ、俺のふくすま弁が、こっちでも通用したか。
「なんていう教官だ?」
俺はパオロに聞いてみた。
「まだ名は知らされていない。なんでも近衛からやって来るそうだ。」
は!?近衛から?
「近衛から?それ、左遷じゃないの?」
「さあ、国の機関なんだから、ありなんじゃないか?知らんけど。」
俺の問いに、パオロは割と真面目に答えた。
なんだか、玉座の狸親父がほくそ笑んでいる気がしてならない。
「注目!!」
教室のドアが開いたかと思ったら、座学の教師が一言怒鳴った。
雑談に興じていた我々が、一斉に黙る。
「新しい剣術の教官が着任いたしました。ただし、臨時ということで、長くはいらっしゃいません。彼の剣術を吸収できる機会を得たわけです。しっかり吸収するように。では、こちらへ。」
そう言って、新任教官を教室に入るよう座学の教師が促した。
「アレクさん!?」
俺は思わず教室に入って来た新任教官の顔を見て、素っ頓狂な声を上げてしまった。
「よう!アベル君!」
さわやかな笑顔でアレクさんは俺に向かって手を上げた。
「アベル・ヴァレンタイン!黙りなさい!」
座学の教師が俺に注意をする。
「いや、おかげで緊張から脱しましたよ。」
アレクさんは、笑顔を崩さず座学の教師に言った。
そして、
「私はアレクシス・カヴァリエ子爵である。近衛騎士団副団長だ。昨年の騎士学校武道大会で、そこのアベル君をコテンパンにやっつけたことで覚えている者も居るかもしれないが。」
そう言って、アレクさんは笑みを深めた。
「この度、臨時の教官を国王より拝命し着任となった。みんな、よろしく頼む。」
国王より拝命だと?
やっぱりな。
あの狸親父、何を企んでいる事やら。
近衛の人事なんて、国王しかできないわけでさ。
欠員の教官を近衛の副団長で埋めるとか。
しかし、アレクさんの剣術指導なら、受けてみたい奴も多いだろう。
近衛へのコネも出来るわけだしな。
「では失礼する。」
そうアレクさんが言うと、颯爽と教室から出て行った。
「近衛副団長の技、重ねて言うが吸収しろよ。それでは、授業を始める。」
そういって、座学が始まった。
「あれだよな、お前を吹っ飛ばした。」
パオロは申し訳なさそうに俺に言った。
「そうだよ。去年僕がケチョンケチョンにされたのが、アレクさんだ。」
俺はそう言うと、頬杖をついた。
「近くで見ると、カッコよさが良く分かりますね。」
パオロの向こうに座る、フランカが乙女の顔で言った。
「フランカ君は、あのようにスマートな殿方が好みかね?」
俺がわざとらしく聞くと、隣に座っているパオロの足がいきなり貧乏ゆすりを始める。
「好みかと言われると、どうでしょうか。でもカッコいいのはわかります。」
フランカがそう言うと、なおパオロの足が暴れ出す。
「ホント、カッコいいですよね。あれで子爵様であり、近衛の副団長。世のご婦人方が放っておかないでしょう。」
マヤもいつの間にか俺の隣で乙女になっていた。
まあ、アレクさんはあれで父さんと同じくらいの年だから、アラフォーの独身なのよね。
モテすぎると、結婚は遠のいてしまうものだし、その手のスマートさも持ち合わせているから、さぞ浮名を流していたんでしょうな。
父さんもモテたらしいんだが、母さんの手綱がきつ過ぎてね。
逃げようがなかったらしいよ。
でも実際に結婚はしていないし、今でもエドワード爺ちゃんには小僧扱いされている。
ちょっと微妙な立ち位置と言えるのかも知れない。
「今ヴァレンティアに居る方の爺ちゃんにさ、」
俺がここまで言うと、パオロが俺の顔を見た。
「アレクに負けるとは何事だって叱られたんだよね。」
「「「え?」」」
周りの人間が俺の言葉を聞いて固まった。
「まあ、爺ちゃんや父さんは、剣術だけで言えばたぶん、このノヴァリス王国でかなう者はいないんじゃないかな。その一人の言うことだからね、まともに取り合ってはいけないんだけどさ。」
この俺の言葉に反応し、にらみつけている白猫には気が付いたが、それは無視するのだった。
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