587.アベル君と校長室という名の密室。
587.アベル君と校長室という名の密室。
爽やかなセントクレア邸の庭から数日が経過していた。
そして俺は、いつものように寄宿舎から教室へと移動していた。
もちろんローズから送り出してもらってね。
でへへ。
しかし、教室へ向かう廊下の途中で座学の教師から呼び止められた。
「アベル・ヴァレンタイン。校長がお呼びだ。そのまま校長室に行くように。石が手元にあるならそれを持って行きたまえ。なければ寄宿舎まで取りに行くように。いいね?」
丁寧なその物言いにちょっと思うところがあったが、
「承知いたしました。」
俺はそう言って、寄宿舎へ例の緑鉱石を取りに行った。
なぜ石という言葉でそれが分かったか?
それしかないと思ったから。
それだけだ。
「ローズ~、忘れ物しちゃったよ~。」
そう言って寄宿舎の自分の部屋のドアを開いた。
そこには知らない男と抱き合うローズの姿が…あるはずも無く、彼女は懸命にリビングの掃除をしていた。
その手の情景は、どこぞのNTR同人誌か家庭板だけで十分だ。
「お忘れ物ですか?」
そう言って聞いてくるローズを俺は抱き寄せながら、
「忘れたというより、取りに行けって言われたに近いんだけどね。例の緑鉱石さ。」
言い終えると俺はハグをしている力を少し込めた。
「なるほど。今日は遅くなりそうですか?」
「まだわかんないな。どういう話が待っているか、それは分かるが、どこまで飛躍するかが見当つかない。」
「そうですか。でも、お食事をお作りしてお待ちしております。」
「うん、いつも悪いね。」
「いいえ、これが私の生活ですから。」
そう言ってほほ笑むローズに、俺は頷き彼女を手放した後、書斎へ石を取りに行った。
売れば金額が大きい物なので、一応金庫にしまってあった緑鉱石を俺は取り出し、リビングに戻ると、
「じゃ、行ってくるよ。」
ローズに言い、
「行ってらっしゃいませ。」
ローズはお辞儀をして返してくれる。
こういう生活は手放したくない。
絶対にだ。
俺は廊下に飛び出し、校長室に向かった。
コン、コン。
二度のノックの後、ドアの向こうの校長室へむかって、
「アベル・ヴァレンタイン、お呼びにより参上つかまつりました。」
などと、時代がかった物言いをしてみた。
言ってみたかったんだ。
「入れ。」
ドアの向こうから、武骨な太い声が聞こえたので、俺は躊躇なくドアを開けた。
執務用の机に大柄な人影が座っている。
その横に痩身な影も。
ああ、なんでこの人まで居んの?
しかし執務用の机に大柄な影って、この間と同じシチュエーションだな。
俺は一瞬、メタなことを考えながら、ドアをくぐった。
「失礼します。」
そう言って部屋に入り、ドアを閉めて入ってきた俺を見たグスタフさんは、チョイ、チョイ、と指で机の前に来るように促した。
指で呼ぶとか。
まあ、大臣閣下だから仕方ないか。
俺の身分じゃ逆らいようがないしな。
「校長、おはようございます。何か御用でしょうか?」
一応テンプレを言ってみた。
「やあ、おはよう、アベル君。」
校長ではなく、グスタフさんの椅子の隣に立っていた、痩せた神経質そうな男性が俺に挨拶をした。
この人も偉い人だが、マメなんだよな。
「これは内務大臣閣下、おはようございます。」
俺はカレッド伯爵に挨拶を返した。
「君はいつもいろいろ賑わせてくれるね。私も暇ではないのだが。」
カレッド伯爵が、鋭い目つきで言った。
そのうち親戚になるんだから大目に見てよ、義父さん。
「僕自身は、そんなつもりはつゆにも思っていないんですけどね。」
俺は真面目な顔でカレッド伯爵に返す。
「あらゆる方面から学校に苦情が来た。」
仏頂面でグスタフさんが話し始めた。
「生徒の権利が守られていないというのだ。アベル、何か知っているか?」
さあ、はなから生徒の権利が無いこの学校で、なにが守られていないのやら。
まあ、騎士学校という性格の学校だから、前世で言えば士官学校と同じ。
そこに、自由など存在しないのは、当たり前っちゃ、当たり前なんだけどね。
「生徒の権利ですか?具体的に、どのような権利でしょう?」
実際、具体的に言ってもらわないと、全部でしょって言いたくなるのでね。
「具体的には、騎士学校管理のダンジョンのドロップのことだ。」
グスタフさんではなく、カレッド伯爵が口を開いた。
内務大臣がこの件に首を突っ込むってことは、王室からの苦情って話なんだろうなぁ。
王室の誰がそんな苦情を漏らしたのやら。
密室の中で、事は動き始めたのだった。
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