562.アベル君と虎の気持ち。
562.アベル君と虎の気持ち。
俺はしばらくオスカーが落ち着くのを待った。
優しいだろ?
よく言われるよ。
そんなことはどうでもいいのだが、お茶の様子を見に来たのであろうローズが、泣いているオスカーを見て、慌てて踵を返し、手ぬぐいを持って慌ててまた登場した。
子供をあやすのは上手だからな。
ローズはいい母親になるよ。
「アベル様、王太子殿下を泣かしてしまうとは!不敬ですよ!」
おお!ローズよ!
それはギャグで言っているのかい!
「自分の気持ちが分かって王太子殿下は泣かれたのだ。落ち着くまで待ってあげなさい。」
俺がそう言うと、オスカーは、
「ありがとう、ローズ。お前の主人はどうしようもないろくでなしだが、お前は優しいな。」
手ぬぐいを受け取って、盛んに目の周りと鼻の周りを拭きながら、そんなことを言いやがった。
まあ、いいか。
「それだけ言えるってことは、落ち着いたようだな。」
俺がそう言うと、
「ああ、分からせられてしまったよ。」
オスカーはそう言ってから、おもむろにカップを持ち上げ、冷えたお茶をグイッと飲み干した。
そして、ふうっと一息つくと、またオスカーは口を開き、
「ライラを側室に迎える。両親を説得せねばなるまい。アベル、協力してくれるな。」
そう言って、オスカーは目を輝かせた。
「それはまあ、やぶさかでない。」
俺は今にも立ち上がって、城に向かいたそうにしているオスカーに向かって言った。
「なんだ?まだ何か問題があるのか?」
このおバカちゃんは、何もわかってない。
自分の気持ちだけではどうにもならんだろ?
「ライラ女史の気持ちはどうなんだ?」
「あ!」
あ、じゃねーし。
「気の強いライラ女史のことだから、王太子に囲われるだけの女じゃ嫌だとか言ってんじゃないの?」
俺がオスカーにそう問うと、
「アベルはなぜライラの気持ちがわかるのだ?私には全然わからん。女性は男の庇護下にいたほうが幸せじゃないのか?」
家父長制思想の塊が何か語っていた。
でもね、近代思想でオスカーを責められない。
何せこの国は専制国家で、しかもオスカーは王太子。
家父長思想こそが正しい中で育って来たのだから。
俺自身も、それをどうこうしようとは思わんしね。
だって、これまでこの国が細かい諍いやトラブルはあったにしても、千五百年も一国で続いてきたんだもの。
その安定を無為に崩すわけにはいかないさ。
何より、面倒くさい。
前世でジェンダー論やLGBTQ+を振り回す似非正義の味方が大嫌いだったしね。
人それぞれ、性格があり、性癖があり、問題を抱え生きている。
それでいいじゃないか。
それをなぜどうでもいい人に押し付けるのか。
そんな運動、する気も起きない。
おっと、話がずれた。
「人それぞれだよ。種族によるだろうし。彼女は獣人の中でも我の強い方の動物が成り立ちだろ?」
「虎だな。空想上の動物で、この世界にはいないと言われるが、番ではおらず孤独を好んだとされていたな。」
そうオスカーは自分の記憶を探るように言った。
「そういう話だ。けどそれも空想の話で、ライラ女史自身の話ではない。ライラ女史自身がどう考え、これからを生きて行きたいかを尊重する必要はあるな。オスカーがライラ女史親子を庇護しようとする崇高な考えはそのままでもな。」
「うむ。庇護しようという考えを伝えたうえで、今度気持ちを聞いておこう。」
そう言って、オスカーは割り切ったように薄く笑った。
「そうだな、側室に入る、今のままでいる。又はそれ以外になったとしても、オスカー、ライラ女史親子をお前が全力で守るというなら、僕はお前を全力で支援するよ。周りが何を言おうがな。」
「そうか、心強いな。」
オスカーはそう言うと俺に右手を差し出し、俺もその手を静かに握るのだった。
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