星を纏う少女
その村では、人がひとつ願いを諦めるたび、空に星が生まれると言われていました。
だから夜空はいつも美しかったのです。
叶わなかった恋。
帰らなかった旅人。
産まれなかった子供。
言えなかった「さようなら」。
人々が胸の奥へしまった願いは、夜になると小さな光になって空へ昇りました。
そして村外れの丘には、それを集める少女が住んでいました。
名を、ステラといいました。
*
ステラの髪には、星がありました。
黒い髪のあいだに小さな光がいくつも瞬いているのです。
幼いころは、たった一つでした。
けれど十二歳になったころには十を超え、十六歳になるころには、夜空の欠片をそのまま髪へ散らしたようになりました。
「また増えたね」
幼なじみのルカが言いました。
丘の上、二人は草の上に寝転び夜空を眺めていました。
「綺麗?」
ステラが尋ねます。
「綺麗」
「どっちが?」
「星が」
「そこは私って言うところでしょう」
頬を膨らませると、ルカが笑いました。
「じゃあ、ステラ」
「遅い」
二人の笑い声が、夜露の降りた草原へ溶けていきました。
ステラには不思議な力がありました。
誰かが諦めた願いを見つけることができるのです。
それは星になり損ねた小さな光でした。
道端。
窓辺。
墓地。
誰かが泣いた場所。
ステラはそれを拾い、胸へ抱きます。
すると光は身体へ溶け、髪に新しい星がひとつ増えました。
「どうして集めるの?」
ある夜、ルカが尋ねました。
ステラは少し考えました。
「かわいそうだから」
「星が?」
「願った人が」
叶わなかった願いでも、誰にも覚えてもらえないより星になったほうがいい。
そう思っていました。
*
十八歳の冬。
ルカが病気になりました。
春まで生きられない。
医者はそう言いました。
ステラは毎晩、彼の部屋へ通いました。
「春になったら」
寝台のルカが言いました。
「また丘へ行こう」
「うん」
「今年は流星群が来るらしいよ」
「知ってる」
「一緒に見よう」
ステラは笑いました。
「約束ね」
ルカも笑いました。
「約束」
けれどその夜、彼の枕元に小さな光が落ちていました。
ステラには分かりました。
それは。
――春を迎えたい。
ルカが諦めた願いでした。
「嫌」
ステラは初めて、光を拾いませんでした。
「諦めないで」
眠るルカの手を握ります。
「春になるよ」
返事はありません。
「流星群、一緒に見るんでしょう?」
涙が彼の指へ落ちました。
「だから、こんなのいらない」
願いの光を窓から投げました。
けれど翌朝、ルカは亡くなりました。
*
春になりました。
丘には花が咲きました。
流星群も来ました。
何千もの星が夜空を渡りました。
ステラはひとりで見ました。
隣には誰もいません。
あの願いは、まだ丘に落ちていました。
――春を迎えたい。
ステラはそれを拾いました。
胸へ押し当てます。
光が身体へ沈みました。
その瞬間、胸が痛みました。
息ができないほど。
髪ではなく、胸元に星が現れました。
皮膚の下で、青白く瞬いていました。
「……ルカ?」
呼んでも返事はありません。
それでもその光は、彼の心臓のようにとくん、とくんと瞬いていました。
ステラは泣きながら笑いました。
「春だよ」
星を抱きしめました。
「ちゃんと、来たよ」
*
それから、ステラはますます多くの願いを集めました。
身体中に星が増えました。
肩。
腕。
背中。
頬。
村人たちは彼女を《星を纏う少女》と呼びました。
美しいと褒めました。
けれどステラは少しずつ軽くなっていきました。
食事をしなくなりました。
眠らなくなりました。
足音もしなくなりました。
ある夜、鏡を見ると、胸の向こうに壁が透けていました。
それでも怖くありませんでした。
ルカの星があるから。
*
二十歳の誕生日。
ステラは丘へ登りました。
身体には、数え切れない星。
もう少女というより夜空が人の形を借りて歩いているようでした。
丘の頂上に着くと、知らない老婆が待っていました。
「ずいぶん集めたね」
「誰?」
老婆は答えず、ステラを見つめました。
「それは、本当に人の願いだと思っていたのかい?」
ステラは眉を寄せました。
老婆が空を指しました。
「願いは星になんてならないよ」
風が止まりました。
「じゃあ、これは?」
「人が生まれる前に持っていた光さ」
老婆は静かに言いました。
「人間は、生まれるとき星をひとつ持ってくる」
生きて、愛して、傷ついて、やがて何かを心から諦めたときにその星は身体を離れる。
「それを全部、あなたは拾った」
ステラは自分の身体を見ました。
無数の光。
「返したら?」
「もう遅い」
老婆は悲しそうに笑いました。
「あなた自身の星が、どれか分からないもの」
ステラの胸が冷えました。
「……私の?」
老婆は頷きました。
「最初の一つだけが、あなたの星だった」
髪に最初からあった光。
けれど今では、何千もの星に紛れています。
どれが自分だったのかもう分かりません。
身体がほどけ始めました。
指先から、小さな光になって。
「待って」
ステラは胸を押さえました。
ルカの星。
それだけは分かります。
春を迎えたかった人の光。
「これだけは」
両手で包みました。
「持っていってもいい?」
老婆は答えませんでした。
*
その夜、村人たちは、不思議な流星群を見ました。
何千もの星が丘から空へ昇っていきました。
落ちるのではありません。
帰っていくように。
最後に二つだけ、丘に残りました。
ひとつは青白い星。
もうひとつは、小さな金色の星。
二つはしばらく離れて瞬いていました。
やがて、ゆっくり近づきました。
触れそうになって、触れませんでした。
それでも同じ速さで空へ昇っていきました。
翌朝、丘には誰もいませんでした。
ただ草の上に、少女の靴が一足。
その隣には、春の花が一輪咲いていました。
それから村ではこんな話が伝わっています。
人が何かを諦めても、その願いを悲しんではいけない。
願いが消えたのではありません。
その人が生まれるよりずっと前から持っていた星が、ようやく空へ帰っただけなのです。
そして春の夜。
丘の上から空を見ると、無数の星の中に二つだけ、いつも寄り添って瞬く星があります。
どちらがステラで、どちらがルカなのか。
もう誰にも分かりません。
けれど、それでいいのです。
きっと二人にももう分からないのでしょう。
名前も、顔も。
どちらが誰だったのかさえ。
ただ、離れたくなかったことだけを覚えて。
二つの星は今夜も、触れそうで触れない距離を保ちながら、同じ夜空を旅しています。




