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第九章 英雄

北部迷宮攻略から半年。


レオンは有名人になっていた。


本人の意思とは関係なく。


「レオンさん!」


市場。


知らない男が走ってくる。


「はい?」


若い剣士。


「握手してください!」


「なんで?」


「北部迷宮!」


「行ったの?」


「記録映像見ました!」


「映像?」


知らなかった。


魔導具で記録され、王都の各地で公開されたらしい。


男が手を出す。


レオンは仕方なく握る。


「ありがとうございます!」


深く頭を下げて去る。


隣。


エリスが果物を選んでいる。


「有名人」


「嫌だ」


「知ってる」


「普通に買い物したい」


「無理じゃない?」


「変装する?」


「その剣持ってたら分かるよ」


装備まで有名らしい。


面倒だった。


ただ。


悪いことばかりでもない。


以前なら入ることすらできなかった中央区。


今は誰も止めない。


衛兵がレオンに気づく。


敬礼。


「どうぞ」


「身分証は?」


「レオン殿に必要ありません」


「いや、必要だろ」


「顔が身分証です」


最悪だった。


---


北部迷宮攻略後。


社会の変化は想像以上に速かった。


最初。


冒険者ギルドが職業制限を緩和した。


物理職だけで受けられる依頼が増える。


次。


王国軍が物理職向けの訓練制度を作った。


装備商人。


攻撃速度重視の武器。


軽量防具。


今まで売れなかった装備が高値になる。


レオンが最初に買った《灰鉄の長剣》。


同型品は三倍の価格になった。


「ぼったくりじゃん」


武器屋で見て呟いた。


老人店主が笑う。


「お前のせいだ」


「俺?」


「お前が使って有名になった」


「でもこれ、レベル二十くらいまでだよ」


「知らん」


「初心者に三倍で売るの?」


「商売だ」


現実だった。


さらに。


物理職のレベルが上がる。


三十。


四十。


五十。


ゲーム時代と同じ。


差が広がる。


魔法職。


一発は強い。


範囲攻撃。


遠距離。


便利。


だが。


単体への継続火力。


MP。


詠唱。


物理職が追いつく。


抜く。


攻略パーティーの構成が変わった。


以前。


魔術師三。


神官一。


物理二。


今。


物理四。


神官一。


魔術師一。


あるいは。


物理だけ。


レオンが知っているゲーム後期へ。


「思ったより早いな」


市場を歩きながら言う。


エリスがリンゴをかじる。


「何が?」


「環境変わるの」


「強い方使うでしょ」


「まあね」


ゲームでもそうだった。


攻略法が見つかれば。


翌週には全員が真似する。


最適解。


効率。


社会も同じなのだろう。


レオンはそう思った。


---


午後。


ガレスに呼ばれた。


場所。


中央区。


以前は魔術師向けの集会所だった建物。


入口。


看板。


**物理職互助連盟**


「何これ」


「知らないのか?」


ガレス。


「知らない」


「三か月前にできた」


「聞いてない」


「お前、こういう話になると逃げるだろ」


「正しい」


建物の中。


人。


冒険者だけではない。


職人。


商人。


兵士。


農民。


ほとんど物理職。


壁に紙。


**就職相談**


**装備購入融資**


**負傷者支援**


**遺族補償相談**


**職業差別に関する法律相談**


レオンは少し驚いた。


「ちゃんとしてる」


ガレスが眉をひそめる。


「何だと思ってた」


「ロルフが酒飲みながら魔術師の悪口言う会」


「それは別にある」


「あるんだ」


奥。


ロルフ。


机。


大量の書類。


「英雄様」


「お前何してんの」


「仕事」


「似合わない」


「うるせえ」


ロルフは物理職互助連盟の事務局長になっていた。


「最近、物理職を雇う店は増えた。でも契約が昔のままで賃金が低いところも多い」


書類。


「交渉してる」


「ロルフが?」


「俺だって文字くらい読めるぞ」


「そうじゃなくて」


「殴ってない」


「聞いてない」


「顔に書いてある」


ガレスが笑う。


「それで今日は頼みがある」


嫌な予感。


「断っていい?」


「内容を聞いてからにしろ」


「聞く」


「明日の集会で話してくれ」


「嫌」


即答。


ロルフが笑う。


「早え」


「人前嫌い」


「北部迷宮の英雄が」


「迷宮は殴れば終わる」


「演説も口動かせば終わる」


「違う」


ガレス。


「五分でいい」


「何話すの」


「最初に俺に言ったこと」


「何?」


「俺たちは弱くない」


レオンは黙る。


ガレス。


最初。


盾。


重い鎧。


攻撃を全部受けていた。


「それだけでいい」


「それだけ?」


「それだけ」


---


翌日。


中央広場。


レオンはガレスを睨んでいた。


「五分って聞いた」


「五分だ」


「人数」


広場。


人。


千。


もっと。


「聞いてない」


「俺もこんなに来ると思わなかった」


「帰る」


「もう名前呼ばれてる」


逃げられない。


壇上。


視線。


千人。


胸。


苦しい。


昔の感覚。


期待。


失敗。


自分が変なことを言ったら。


誰かに笑われる。


失望される。


逃げたい。


「レオン!」


声。


エリス。


少し離れた場所。


手を振る。


隣にガレス。


ロルフ。


レオンは息を吐く。


全部自分でやらなくてもいい。


間違えたら。


後で直せばいい。


「えーと」


拡声魔法。


声が広場に響く。


物理職の集会なのに魔法。


少し面白い。


「俺、こういうの苦手なんで短くします」


笑い。


少し楽になる。


「俺がここに来たとき、物理職が弱いって言われてました」


静かになる。


「危険な仕事しかできない。魔術師がいないと戦えない。レベル上げても意味がない」


群衆。


年配の男。


若い女。


傷のある冒険者。


「でも俺は知ってた」


未来を。


ゲームを。


「弱くないって」


歓声。


「ガレスに戦い方教えた。ロルフとエリスにも」


ロルフが叫ぶ。


「俺は最初から強かった!」


笑い。


「嘘です」


さらに笑い。


レオンも笑う。


「やり方変えたら普通に強かった」


それだけ。


本当に。


「だから」


ガレスが言ってほしいと言った言葉。


「お前たちは弱くない」


歓声。


大きい。


身体に響く。


「生まれた職で、最初からできることを決められる必要なんてないと思う」


これは。


自分の言葉だった。


「やり方が間違ってるだけかもしれない。機会がなかっただけかもしれない」


現実世界。


会社。


退職。


何もできない。


自分には価値がない。


そう思っていた。


「だから、最初から諦める必要はない」


歓声。


レオンは恥ずかしくなった。


「以上」


逃げる。


壇上を降りる。


ロルフが肩を叩く。


「最高」


「二度とやらない」


「次は王都全域だな」


「絶対やらない」


ガレス。


「ありがとう」


「五分じゃなかった」


「四分半だ」


「そういう意味じゃない」


---


集会後。


レオンたちは連盟の食堂へ入った。


無料。


物理職なら安く食べられる。


「いいところだな」


レオンが言う。


「だろ」


ロルフ。


隣のテーブル。


若い物理職たちが話している。


「王国軍の試験、今度から実技重視になるらしい」


「やっとだよ」


「筆記で魔法理論とかやらされてもな」


「魔術師を減らして俺たち入れればいい」


笑い。


別の声。


「中央区の魔法職用住宅も開放しろよ」


「そうだ」


「今まであいつらだけいいところ住んでたんだから」


レオンはパンを食べる。


まあ。


そうなる。


今まで偏っていた。


直すなら。


そういう話になる。


ロルフも聞いている。


「当然だろ」


「何が?」


「住宅」


「まあ」


「俺の親父なんか南区の六人部屋だった」


レオンは聞いたことがある。


ロルフの父。


重戦士。


危険な護衛仕事。


死んだ。


補償なし。


「今まで取られてた分、返してもらうくらい当然だ」


ガレスが顔を上げる。


「返してもらう、は違う」


「何が?」


「今住んでいる人間が、お前の親父から取ったわけじゃない」


ロルフが少し黙る。


「分かってるよ」


「ならいい」


空気。


少しだけ。


変わった。


エリスがパンを取る。


「これ美味しい」


話が終わる。


レオンも気にしなかった。


---


その夜。


セレスティアが酒場へ来た。


珍しい。


魔術師向けの店ではない。


南区。


物理職だらけ。


視線。


セレスティアは気にしない。


「演説、聞いたわ」


レオンが顔を伏せる。


「忘れて」


「いい演説だった」


「やめて」


「本当に」


「恥ずかしい」


セレスティアは少し笑う。


酒。


一口。


「レオン」


声が変わった。


「何?」


「最近、物理職側の一部が魔法職の雇用制限を要求しているのを知ってる?」


「知らない」


「王国軍」


「ああ」


「魔法職枠を減らせ、と」


「強い方採用するならそうなるんじゃない?」


「能力で決めるならね」


セレスティアはグラスを見る。


「でも彼らが要求しているのは、一定割合以上を物理職にすること」


「今まで魔法職が多かったんだろ」


「そう」


即答。


「だから是正は必要だと思う」


レオンは少し意外だった。


「じゃあいいじゃん」


「程度の問題よ」


「難しいな」


「難しいの」


セレスティアは続ける。


「魔術院への補助金を削減して、物理職学校へ回す要求もある」


「それも多少は」


「私もそう思う」


「じゃあ」


「でも、魔術院そのものを縮小しろという声もある」


レオンは黙る。


「魔法職だから?」


「そう」


セレスティアがレオンを見る。


「あなたたちが求めていたのは平等ではなかったの?」


困る。


レオンは政治家ではない。


「一部の奴が騒いでるだけだろ」


「そうかもしれない」


「ロルフとか口悪いけど、悪い奴じゃないよ」


「知っているわ」


「ガレスもいる」


「ええ」


「なら大丈夫だろ」


セレスティアは少し長くレオンを見た。


「あなたはガレスを信頼しているのね」


「してる」


即答。


ガレスなら。


おかしなことにはならない。


「なら、私の考えすぎかもしれない」


セレスティアはそう言った。


でも。


顔は納得していなかった。


---


数日後。


物理職互助連盟。


壁。


新しい標語。


**能力に応じた正当な地位を。**


ガレスが決めたらしい。


レオンはいい言葉だと思った。


その下。


誰かの落書き。


**魔法の時代は終わった。**


ロルフが見つけた。


笑う。


「その通りじゃねえか」


ガレスは落書きを見た。


何も言わなかった。


少しして。


布を持ってきた職員が消した。


レオンは、その場にいなかった。


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