第八章 北部迷宮
北部迷宮へ向かう街道は、朝から妙に混んでいた。
「祭りでもあるの?」
エリスが馬車の荷台から外を見ている。
「ないはずだけど」
レオンも見る。
同じ方向へ歩く冒険者が多い。
剣士。
槍士。
重戦士。
中には仕事用の服のまま歩いている者までいた。
「これ、まさか」
ガレスが言う。
「俺たちを見に行く連中じゃないだろうな」
ロルフが笑った。
「人気者だな、レオン」
「帰っていい?」
「もう遅い」
北部迷宮。
王都から北へ半日。
岩山の中腹に口を開けた巨大な遺跡。
ゲーム時代にはレベル四十前後の中級ダンジョンだった。
サービス開始直後。
ここは難関として有名だった。
狭い通路。
大量の敵。
魔法耐性の低い魔物。
そのため攻略の常識は単純だった。
敵を集める。
前衛が耐える。
魔術師が範囲魔法で焼く。
攻略サイトには必ず書いてあった。
**魔術師三名以上推奨。**
レオン自身も最初はそうやって攻略した。
魔術師だった。
後方から魔法を撃つ。
前衛が敵を集める。
MPがなくなれば休む。
それが普通だった。
何年か経ってゲームが解析されるまでは。
馬車が止まった。
「着いたぞ」
外へ出る。
レオンは固まった。
「……多くない?」
迷宮入口の前。
人。
人。
人。
冒険者。
ギルド職員。
王国軍。
魔術院。
商人までいる。
百人どころではない。
「二百?」
エリスが言う。
「もっといるだろ」
ロルフは楽しそうだった。
「聞いてない」
レオンはガレスを見る。
「俺も聞いてない」
「帰ろう」
「だから無理だって」
「レオン」
背後から声。
セレスティアだった。
今日はいつもの濃紺のローブではない。
白を基調とした魔術院の正装。
胸には銀色の紋章。
「遅かったわね」
「まだ時間前だけど」
「観測班は一時間前から準備している」
「観測班?」
嫌な言葉。
セレスティアが入口の横を指す。
机。
記録用紙。
魔導具。
十人ほどの研究者。
「今回の攻略は公式記録として保存されることになったわ」
「初耳」
「言ってないもの」
「なんで?」
「言ったら逃げるでしょう」
「正解」
セレスティアはため息をついた。
「王国軍と冒険者評議会も見ている。あなたが言ったことが本当なら、今後の職業評価そのものが変わる可能性がある」
「大げさじゃない?」
「あなたはいつもそう言うわね」
「だってダンジョン攻略だろ」
セレスティアは何か言おうとした。
やめた。
「もういいわ。説明しても無駄そう」
ガレスが笑っている。
「何?」
「いや」
「言って」
「お前、本当に分かってないんだなと思って」
「何が?」
「全部」
失礼だった。
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攻略開始前。
四人は入口から少し離れた場所で装備を確認した。
レオン、レベル四十三。
ガレス、四十二。
ロルフ、四十一。
エリス、四十。
ゲーム時代なら中級帯。
だが装備はかなり違う。
レオンは《灰鉄の長剣》を卒業していた。
今の剣は《黒鋼の細剣》。
表示攻撃力だけなら同レベル帯の大剣より低い。
代わりに攻撃速度補正。
水守りの腕輪。
軽装。
通常攻撃型の基本形。
ガレスは重戦士なのに盾を持っていない。
大剣。
中量鎧。
ロルフは細身の長槍。
エリスは短剣すら最低限。
索敵。
罠。
戦闘位置の把握。
役割は完全に分かれていた。
「確認する」
レオンが言う。
ロルフが嫌そうな顔をする。
「また?」
「また」
「昨日三回やった」
「今日一回目」
「心配性」
「死ぬよりいい」
ロルフが黙る。
レオンは続けた。
「第一層は普通。第二層から敵が増える。エリスが先行。ただし二十メートル以上離れない」
「はい」
「ガレスは敵を受けない」
「分かってる」
「受け止める癖出すなよ」
「もう出ない」
「前回出た」
「あれは事故だ」
「事故で死ぬ」
ガレスが苦笑する。
「分かったよ」
「ロルフ」
「深追いしない、敵が倒れても槍抜くまで周り見る、レオンの声聞く」
「よし」
「子供か俺は」
「エリス」
「危なくなったら逃げる」
「よし」
「私はそれだけ?」
「一番重要」
エリスが少し笑った。
「レオンは?」
ガレスが聞く。
「俺?」
「お前の注意事項」
考える。
「特にない」
三人が同時に顔をしかめた。
「あるだろ」
ガレスが言う。
「何?」
「一人で全部判断しようとするな」
レオンは黙った。
「何かあったら言え」
「……はい」
「よし」
今度はガレスが笑った。
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北部迷宮第一層。
石造りの通路。
天井は高い。
壁に青白い魔石。
ゲーム画面で何百回も見た場所。
ただし。
匂いは知らなかった。
湿った石。
土。
獣。
「来る」
エリス。
角の向こう。
オーガ二体。
ゲーム初期なら、前衛が止めて魔術師が詠唱する。
レオンたちには詠唱がない。
「右」
ガレスが走る。
オーガが棍棒を振り上げる。
ガレスは止まらない。
振り下ろされる直前。
横。
棍棒が床を叩く。
石が割れる。
ガレスの大剣。
脇腹。
ロルフの槍が脚。
レオンが首。
一体目。
十秒ほど。
二体目が振り向く。
エリスが声を出す。
「左!」
レオンが下がる。
棍棒。
空振り。
ロルフ。
ガレス。
レオン。
十八秒。
二体目が倒れる。
後方。
観測班が沈黙していた。
「次」
レオンが言う。
休まない。
第一集団。
第二集団。
第三集団。
戦闘。
移動。
戦闘。
ゲームの周回と同じ。
違うのは。
失敗すれば死ぬ。
だからこそ、余計なことをしない。
スキルを派手に使わない。
最短。
確実。
第一層出口。
観測員が走ってきた。
「少し待ってください」
「何?」
「休憩は?」
「いらない」
「魔力回復は」
「誰も魔力使ってない」
観測員が止まる。
「あ」
ロルフが吹き出した。
「忘れてたのかよ」
「い、いえ」
忘れていたらしい。
第一層突破時間。
従来記録の半分以下。
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第二層。
ここから敵の密度が上がる。
「次、六」
エリスが戻ってきた。
「種類は?」
「ハウンド四。トロール二」
レオンは記憶を探る。
「角の先?」
「うん」
「トロール、奥にいる?」
「いる」
ゲームと同じ。
「ハウンドから」
「トロール先じゃないのか?」
ガレスが聞く。
「ハウンド残すと囲まれる」
「了解」
角。
六体。
一斉に反応。
「来る!」
ハウンド。
速い。
一匹目。
レオン。
二匹目。
ロルフ。
三匹目がガレスへ飛ぶ。
避ける。
四匹目。
エリスの方向。
「エリス!」
「見えてる」
壁を蹴る。
かわす。
レオンが斬る。
トロールが到着する前に四匹。
「ガレス、右!」
「おう!」
トロールの腕。
ガレスが潜る。
大剣。
レオン。
ロルフ。
倒す。
最後。
終了。
二分もかからない。
ロルフが息を吐く。
「楽だな」
「油断するな」
「分かってるって」
「今の最後、突きすぎ」
「届くと思った」
「思うな」
「細けえ」
「死ぬよりいい」
また同じ。
後方からセレスティアが見ている。
戦闘には参加しない約束。
「レオン」
「何?」
「あなたたち、ほとんど技能を使っていないわね」
「使ってるよ」
「強化技能を数回だけでしょう」
「うん」
「なぜ?」
「普通に殴った方が速いから」
セレスティアは黙った。
以前なら反論したかもしれない。
今は記録するだけ。
「魔法と違うのね」
「何が?」
「私たちは強い術ほど重要だと思う」
「物理も昔はそうだった」
大技。
必殺技。
クールタイム。
ゲーム初期は皆それを使った。
後に分かった。
強い技を待つより殴り続けた方が強い。
「派手じゃないけどね」
レオンが言う。
「見れば分かるわ」
少し不満そうだった。
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第三層。
《迷宮騎士》。
巨大な鎧。
盾。
長剣。
ゲーム初期。
盾を魔法で破壊する。
それが定石。
「魔法なしでどうする?」
観測員の一人が小声で言う。
レオンには聞こえた。
「壊さない」
「え?」
「盾」
戦闘開始。
迷宮騎士がガレスへ向く。
剣。
ガレスが後退。
盾が正面。
レオンとロルフは攻撃しない。
待つ。
「何を?」
セレスティア。
「見てて」
迷宮騎士が大振り。
ガレスが横へ。
盾が開く。
「今!」
背後。
ロルフ。
レオン。
通常攻撃。
三回。
四回。
騎士が振り向く。
離れる。
またガレス。
同じ。
三巡。
鎧が崩れる。
迷宮騎士が倒れた。
静寂。
観測員が時計を見る。
「二分四十一秒」
ロルフが聞く。
「速い?」
「従来最速は十一分十二秒です」
「おお」
「四倍?」
ガレスが言う。
レオンは首を傾げる。
「まあまあ」
全員がレオンを見る。
「何?」
「お前の基準がおかしい」
ロルフが言った。
---
最深部。
巨大な扉。
その向こう。
《北方守護竜》。
レベル四十八。
ここだけはレオンも緊張していた。
ゲームなら何度も倒した。
でもゲームではない。
ガレスが傷つけば。
ロルフが。
エリスが。
復活はない。
「レオン」
ガレス。
「顔怖いぞ」
「そう?」
「いつもより」
ロルフが槍を回す。
「ビビってんの?」
「ビビってる」
三人が少し驚く。
以前なら言わなかったかもしれない。
「死ぬかもしれないし」
ガレスが頷く。
「俺も怖い」
ロルフも肩をすくめる。
「俺も」
エリス。
「帰る?」
「それは嫌」
「じゃあやるしかない」
単純。
レオンは笑った。
「そうだな」
扉。
開く。
巨大な竜。
翼。
角。
鱗。
ゲーム画面よりずっと大きい。
咆哮。
空気が震える。
「行く!」
炎。
散開。
ガレスが正面。
ロルフ左。
レオン右。
エリスは距離。
竜の爪。
ガレス。
避ける。
攻撃。
尻尾。
「来る!」
エリス。
しゃがむ。
頭上を通過。
攻撃。
竜が空へ。
ここ。
ゲーム初期では魔術師の出番。
飛行中に魔法を当てる。
今は何もしない。
「待つ!」
ロルフが苛立つ。
「長え!」
「降りるまで待て!」
炎。
走る。
降下。
着地。
「今!」
四人。
HP。
減る。
半分。
三割。
「いける!」
ロルフ。
その瞬間。
竜が予想より早く振り向いた。
爪。
ガレス。
「避けろ!」
遅い。
直撃。
身体が飛ぶ。
壁。
鈍い音。
「ガレス!」
レオンの頭が白くなった。
失敗。
自分の判断。
自分がここへ連れてきた。
死んだら。
「レオン!」
エリス。
竜。
目の前。
剣を振る。
避ける。
考えろ。
ガレスを見る。
動いた。
生きている。
なら。
今。
「ロルフ、左脚!」
「おう!」
「エリス、ガレス!」
「分かった!」
レオンが正面へ出る。
怖い。
でも動く。
竜の攻撃。
一回。
二回。
避ける。
ロルフが脚。
竜が崩れる。
「今!」
攻撃。
攻撃。
攻撃。
最後。
レオンの剣が首へ入る。
竜の身体が止まった。
倒れる。
轟音。
静寂。
レオンは剣を落としそうになった。
「ガレス」
走る。
エリスが横にいる。
「生きてる」
ガレスが目を開ける。
「勝手に殺すな」
「痛い?」
「めちゃくちゃ痛い」
「どこ?」
「肋骨。たぶん二、三本」
「帰る」
「その前に」
ガレスが身体を起こす。
「勝ったんだろ?」
倒れた竜。
ロルフが槍を掲げる。
「勝ったぞ!」
声が広間に響く。
「俺たちだけで!」
エリスが言う。
「誰に言ってるの?」
「記録係!」
後ろ。
観測員たち。
誰も笑っていなかった。
呆然。
セレスティアだけが小さく笑った。
「記録したわ」
---
迷宮入口。
外へ出る。
歓声。
音の壁。
レオンは立ち止まった。
「何これ」
何百人。
いや。
千人近い。
物理職。
剣。
槍。
斧。
拳。
武器を掲げている。
「成功だ!」
「四人で!」
「魔術師なしだ!」
「俺たちでもできる!」
泣いている男。
抱き合う者。
地面を叩く者。
ガレスが隣で動かない。
ロルフは笑っている。
エリスは少し後ろへ下がった。
レオンは困惑した。
「そんなに?」
ガレスがレオンを見る。
「お前には、これがただの攻略に見えるか?」
「……違うの?」
「違う」
ガレスは群衆を見る。
「俺たちはずっと言われてきた」
弱い。
危険な仕事しかできない。
魔術師がいなければ何もできない。
「今日、それが全部嘘だったって証明された」
「全部ではないけど」
「そういうところだぞ」
ガレスが笑った。
その日の夜。
王都。
南区。
酒場は満員。
知らない人間から何度も酒を奢られた。
「英雄!」
「やめて」
「北部迷宮の英雄だ!」
「やめてって」
ロルフは全部受け入れていた。
「もっと言え!」
「お前、楽しそうだな」
「当たり前だろ!」
ガレスも笑っている。
エリスは無料の料理を食べている。
「これ毎日なら英雄でもいい」
「お前まで」
悪くない。
レオンも笑った。
本当に。
翌朝。
南区の訓練場へ向かう途中。
壁。
大きな文字。
**俺たちは弱くない。**
誰かが書いた。
レオンは足を止める。
自分が何度も言った言葉。
少し恥ずかしい。
でも。
嬉しかった。
だから。
その下。
小さな文字。
薄い炭で書かれた一文を、レオンは読まなかった。
**今度は俺たちの番だ。**




