第六章 魔術師
三か月後。
「無理です」
受付嬢は言った。
レオンは依頼書を見る。
「なんで?」
「規則です」
「等級は足りてるよね」
「足りています」
「じゃあ何が」
受付嬢が依頼書の一文を指した。
**魔術師二名以上の同行を推奨。**
「推奨じゃん」
「実質必須です」
「どっち?」
「必須です」
「じゃあ必須って書けばいいのに」
受付嬢は額を押さえた。
最近、このやり取りが増えた。
レオンたちは第三等級まで昇級していた。
レベルも三十を超えた。
ゲーム時代なら、初心者を卒業する頃だ。
装備も揃い始めている。
ガレスはついに盾を捨て、大剣を使っている。
ロルフの槍は攻撃速度重視。
エリスは戦闘より索敵と罠解除へ能力を振った。
レオン自身も通常攻撃型剣士の基礎が完成しつつある。
今回受けようとしているのは、旧水道遺跡の調査。
ゲームではレベル三十前後のダンジョン。
内部に魔法耐性の低い敵が多いため、初期攻略では魔術師推奨とされていた。
ただし後年の攻略では違う。
物理職だけで問題なく突破できる。
むしろボス戦ではその方が速い。
「俺たちだけで行ける」
レオンが言った。
「規則です」
「だから推奨って」
「レオン」
ガレスが肩を叩く。
「諦めろ」
「でも」
「別の依頼にしよう」
「もったいない」
報酬が高い。
しかも水道遺跡には欲しい装備がある。
《水守りの腕輪》。
ゲーム時代には魔法防御装備として扱われていた。
だが実は隠し補正として攻撃速度が上がる。
解析されるまで誰も気づかなかった。
今のレオンにはかなり欲しい。
「魔術師を二人連れてくればいいんだろ」
ロルフが言った。
「誰が俺たちと組むんだよ」
「金払えばいるんじゃね?」
「その金がない」
「じゃあガレス売る?」
「いくらになると思ってる」
「お前ら」
ガレスが低い声を出した。
エリスは掲示板を眺めている。
「これ」
一枚の紙を剥がした。
**旧水道遺跡・共同調査隊募集**
王立魔術院。
「向こうが募集してる」
レオンが見る。
魔術師四名。
神官一名。
護衛役として物理職を募集。
「護衛」
ガレスが苦笑する。
「昔の俺なら喜んで受けたな」
報酬は悪くない。
そして何より水道遺跡へ入れる。
「これにしよう」
レオンが言った。
二日後。
南門の集合場所。
レオンたちは待っていた。
「遅い」
エリスが言う。
集合時刻から十五分。
ロルフが欠伸する。
「魔術師様は時間まで特別なんじゃね」
「聞こえたら面倒だからやめろ」
ガレスが言う。
さらに五分。
ようやく馬車が来た。
豪華だった。
レオンたちが普段使う荷馬車とは違う。
扉が開く。
最初に降りてきたのは、白いローブの男。
次に若い魔術師二人。
そして最後に女が降りた。
長い銀色の髪。
濃紺のローブ。
杖には青い宝石。
装備を見ただけで高級品だと分かる。
女は四人を見る。
「あなたたちが護衛?」
「そうです」
ガレスが答える。
女の視線がレオンの剣へ移る。
《灰鉄の長剣》。
相変わらず見た目は安物だ。
「第三等級と聞いていたけれど」
「第三等級です」
レオンが答える。
「装備の話」
「これがいいんで」
女の眉がわずかに動く。
「セレスティア・アルヴェーン」
名乗った。
「今回の調査責任者よ」
ガレスも名乗る。
ロルフ。
エリス。
最後にレオン。
「レオン」
「家名は?」
「ない」
「そう」
それだけだった。
露骨に馬鹿にするわけではない。
だが、興味もない。
「目的は旧水道遺跡第三層の魔力源調査。私たちが調査している間、あなたたちは周囲の魔物を排除して」
「第三層?」
レオンが聞く。
「何か?」
「第二層の北側通路は使わない方がいい」
セレスティアがレオンを見る。
「なぜ?」
「崩れるから」
「調査記録にはそのような報告はないけれど」
「崩れる」
「根拠は?」
ゲーム知識。
とは言えない。
「昔聞いた」
セレスティアの表情が冷たくなる。
「噂話で調査計画を変更することはできないわ」
「じゃあ行けば」
ロルフが小さく笑った。
ガレスが肘で止める。
水道遺跡へ到着する。
入口。
石造りの階段。
地下へ降りる。
レオンには懐かしかった。
ゲームでは何十回も周回した。
第一層。
問題なし。
魔物が現れる。
魔術師が詠唱を始める。
その前にレオンたちが倒した。
二匹目。
同じ。
三匹目。
セレスティアが眉を寄せる。
「待って」
レオンが振り返る。
「何?」
「なぜ攻撃を受けないの?」
「避けてるから」
「見れば分かるわ」
セレスティアの声に少し苛立ちが混じる。
「どうして避けられるのかを聞いているの」
「動き見れば分かる」
「分からないから聞いているの」
レオンは少し考えた。
「あいつ、攻撃する前に左肩が下がる」
セレスティアが倒れた魔物を見る。
「それだけ?」
「それだけ」
第二層。
北側通路。
セレスティアたちは予定通り進もうとした。
レオンは止まった。
「俺は行かない」
「護衛でしょう」
「崩れるって言った」
「安全確認済みよ」
「じゃあ先にどうぞ」
セレスティアが睨む。
レオンも譲らない。
結局、魔術師の一人が先に入った。
十歩。
二十歩。
何も起きない。
セレスティアがレオンを見る。
「問題ないようだけれど」
その瞬間。
天井から砂が落ちた。
レオンは叫んだ。
「戻れ!」
轟音。
石床が崩れる。
魔術師が走る。
間に合わない。
ガレスが飛び込んだ。
腕を掴む。
ロルフもガレスを掴む。
床が完全に落ちた。
下は暗い。
深さは分からない。
三人がかりで魔術師を引き上げる。
静寂。
セレスティアが崩れた通路を見る。
それからレオンを見る。
「どうして知っていたの」
「昔聞いた」
「誰から?」
「忘れた」
嘘が下手だ。
セレスティアはしばらく見ていたが、それ以上追及しなかった。
迂回路。
第三層。
ボス部屋の前。
レオンが止まる。
「ここからは俺たちが先にやる」
セレスティアが言う。
「あなたたちは護衛よ」
「分かってる。でも魔法使わない方がいい」
今度こそ全員がレオンを見る。
「理由を聞いても?」
セレスティアの声が低い。
「ここの守護者、魔法を受けると強化される」
沈黙。
「そんな記録はない」
「記録にないだけ」
「また昔聞いた?」
「そう」
セレスティアは目を閉じた。
「分かった」
意外だった。
「信じるの?」
「北側通路を見た後で、無視するほど愚かではないつもり」
扉が開く。
巨大な石像。
《水路守護者》。
レベル三十四。
知っている。
「ガレス、右」
「ああ」
「ロルフ、脚」
「了解」
「エリス、後ろの弁見て」
「何に使うの?」
「後で言う」
戦闘開始。
石像の拳が振り下ろされる。
ガレスが避ける。
レオンが斬る。
ロルフが脚を突く。
エリスが走る。
魔術師たちは後方で見ている。
「今!」
エリスが弁を開く。
水が噴き出す。
石像の動きが鈍る。
攻撃。
攻撃。
攻撃。
スキルではない。
通常攻撃。
ただひたすら殴る。
数分後。
石像が倒れた。
静かだった。
レオンたちにとっては、予定通り。
魔術師たちにとっては違った。
セレスティアが倒れた守護者を見る。
「魔法なしで……」
ロルフが槍を肩に担ぐ。
「物理職なんで」
少し得意げだった。
セレスティアは何も答えなかった。
レオンは宝箱を探す。
あった。
開ける。
腕輪。
《水守りの腕輪》。
「よし」
思わず声が出た。
セレスティアがこちらを見る。
「それが目的だったの?」
「半分くらい」
「そんな安物を?」
レオンは腕輪を装備する。
攻撃速度。
わずかに上昇。
「安物じゃないよ」
「鑑定結果では低級装備だけれど」
「そのうち分かる」
セレスティアがレオンを見る。
今日何度目か分からない。
だが最初とは目が違っていた。
帰り道。
セレスティアが隣を歩く。
「レオン」
「何?」
「あなた、何者?」
「剣士」
「それは知っている」
「無職」
「何?」
「なんでもない」
「ふざけている?」
「割と真面目」
セレスティアはため息をついた。
「あなたたちの戦い方を、もう一度見せてもらいたい」
「依頼?」
「個人的な興味よ」
「なんで?」
セレスティアは少し黙った。
「私たちが間違っている可能性があるから」
レオンは彼女を見る。
魔法職。
しかも高位魔術師。
自分たちが正しいと疑っていない人間だと思っていた。
少し違うらしい。
「いいよ」
「そう」
セレスティアは前を向いた。
その少し後ろ。
ロルフがガレスに小声で言った。
「魔術師様も、やっと俺たちの強さが分かったか」
「聞こえるぞ」
「聞かせてんだよ」
セレスティアは振り返らなかった。
レオンも何も言わなかった。
ただ。
ほんの少しだけ。
その言葉が気になった。




