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第五章 四人

四人で行動するようになって、最初に変わったのは戦闘ではなかった。


金だった。


「高くない?」


エリスが宿屋の主人を睨んでいる。


「四人部屋で銀貨八枚だ」


「昨日は六枚って言った」


「昨日は三人だったろ」


「一人増えただけで二枚?」


「嫌なら他へ行け」


エリスは振り返った。


「レオン。交渉して」


「なんで俺?」


「リーダーでしょ」


「いつ決まった?」


「昨日」


「聞いてない」


ロルフが横から口を挟む。


「満場一致だったぞ」


「三人で決めたらそりゃ満場一致だろ」


ガレスは笑っている。


結局、銀貨八枚払った。


レオンは部屋へ入ってから、自分の財布を確認した。


ゲーム時代には気にしたこともなかった。


宿代。


食費。


武器の修理。


衣服。


薬。


ゲームでは冒険者の生活費など誤差だった。


今は違う。


四人で稼いだ報酬から必要経費を引くと、意外なほど残らない。


「明日は何狩る?」


ベッドに寝転がったロルフが聞く。


「その前に装備」


レオンは答えた。


「ガレスの鎧を軽くする」


「またか」


「重すぎる」


「重戦士だぞ」


「名前に騙されるな」


「職業名だぞ」


「ロルフは槍を替える」


「これ親父のなんだけど」


「じゃあ残しておけばいい。戦闘では別の使う」


「エリスは?」


エリスが聞く。


「靴」


「靴?」


「今のやつ滑るだろ」


エリスが自分の足を見る。


「なんで分かった?」


「昨日二回滑ってた」


「見てたんだ」


「斥候が転んだら困る」


エリスは少し笑った。


「レオンは?」


「俺?」


「自分の装備」


レオンは鉄剣を見る。


初心者用。


刃こぼれしている。


「俺はまだいい」


「一番ボロボロだけど」


「買いたいのがある」


ゲーム時代の記憶では、南区の外れに小さな武器屋があった。


初心者はまず使わない店。


扱っている武器の性能が中途半端で、攻略サイトでは長い間無視されていた。


だが、その中に一本だけ例外がある。


《灰鉄の長剣》。


表示攻撃力は低い。


代わりに攻撃速度へ小さな補正が付く。


序盤ではほぼ意味がないと考えられていた。


後に通常攻撃型のビルドが研究されてから、評価が変わった。


レベル二十前後までなら、下手な高級武器より強い。


「また変なもの買う気でしょ」


エリスが言った。


「たぶん」


翌朝。


四人は南区の武器屋へ向かった。


記憶通りの場所に店はあった。


看板は傾き、窓は曇っている。


「ここ?」


ガレスが不安そうに言う。


「ここ」


中へ入る。


店主は老人だった。


レオンが《灰鉄の長剣》について尋ねると、老人は店の奥から一本の剣を持ってきた。


埃をかぶっている。


「よく知ってたな」


「昔見た」


「どこで?」


「……本で」


老人は怪訝そうな顔をしたが、それ以上聞かなかった。


値段は安い。


予定通り。


レオンは剣を握る。


軽い。


ステータスを見る。


記憶と同じ補正。


「これだ」


「弱そうだけど」


ロルフが覗き込む。


「弱いよ」


「じゃあなんで買うんだ」


「今はな」


レオンは笑った。


その日の狩りから、四人の戦い方が変わった。


ガレスが敵の注意を引く。


ただし攻撃は受けない。


回避する。


ロルフが側面から槍を入れる。


エリスが敵の位置を把握し、危険な個体を先に知らせる。


レオンは隙間を埋める。


最初は何度も崩れた。


ガレスが昔の癖で攻撃を受ける。


ロルフが深追いする。


エリスが敵を見失う。


レオンの指示も遅れる。


それでも毎日続けた。


失敗する。


話す。


直す。


もう一度やる。


一週間後。


四人はレベル十二になった。


二週間後。


レベル十七。


冒険者ギルドで受けられる依頼の種類も増えた。


そして一か月後。


「昇級?」


受付嬢が書類を出した。


「第四等級への推薦です」


レオンは紙を見る。


「早くない?」


「早いです」


受付嬢は即答した。


「普通は半年以上かかります」


「じゃあなんで?」


「実績です」


フォレストボア。


ゴブリン。


レッドベア。


洞窟蜘蛛。


ゲームでは序盤の雑魚だった。


だが、この世界では違う。


四人はほとんど怪我をせず、他の物理職パーティーの倍以上の速度で依頼をこなしていた。


「それと」


受付嬢が少し声を落とす。


「あなたたちの真似をする人が増えています」


「真似?」


「盾を持たない重戦士とか」


ガレスが咳払いする。


「軽装の剣士とか」


レオンは嫌な予感がした。


「死んでない?」


「今のところは」


「今のところって」


「あなたたちほど上手くはいっていません」


当然だ。


装備だけ真似しても意味がない。


敵の攻撃パターン。


ステータス。


役割分担。


全部が揃って初めて成立する。


ゲームでもよくあった。


トッププレイヤーの装備だけコピーして、使い方が分からず死ぬ。


「教えた方がいいかな」


レオンが呟く。


ガレスが振り向く。


「何を?」


「戦い方」


「誰に?」


「真似してる奴ら」


ロルフが笑った。


「ほっとけよ。勝手に真似してるんだろ」


「でも死んだらまずいだろ」


「冒険者なんだから自己責任だ」


それはそうなのだろうか。


ゲームならそうだった。


攻略情報を読まずに死ぬのは本人の責任。


でもここでは。


「教えよう」


ガレスが言った。


ロルフを見る。


「俺たちだってレオンに教えてもらった」


ロルフは肩をすくめる。


「ガレスがそう言うなら」


エリスは最初から興味がなさそうだった。


「私はご飯が食べられればどっちでもいい」


翌日から、妙なことが始まった。


依頼のない日の午前。


王都の外にある空き地。


物理職の冒険者が集まる。


最初は七人。


次は十二人。


二十人。


レオンが敵の動きを説明する。


ガレスが実演する。


ロルフが失敗例を見せる。


エリスが、


「今のやったら死ぬから」


と補足する。


「フォレストボアは突進前に右前脚で地面を掻く」


レオンが説明する。


「そこで正面から逃げると追いつかれる。横」


一人の剣士が手を挙げる。


「魔法で止めた方が安全じゃないか?」


「魔法使いがいるならな」


笑いが起きる。


「でも、いなくても倒せる」


レオンは続けた。


「俺たちは魔法職がいないと何もできないわけじゃない」


空気が少し変わった。


レオンは気づかなかった。


ただ攻略方法を説明しただけだった。


ガレスだけが、集まった物理職たちの顔を見ていた。


その日の夜。


四人はいつもの酒場にいた。


ロルフが上機嫌で酒を飲んでいる。


「先生」


「先生やめろ」


「今日三十人いたぞ」


「増えすぎ」


「有名人だな」


「嫌だな」


本心だった。


人に見られるのは苦手だ。


期待されるのはもっと苦手だ。


「でも」


ガレスが言った。


「みんな喜んでた」


レオンはパンをちぎる。


「攻略法知っただけだろ」


「お前にはそうなんだろうな」


「違うの?」


ガレスは少し考えた。


「俺たちはずっと、弱いから仕方ないって言われてきた」


レオンは手を止める。


「危険な仕事をするのも。給料が安いのも。魔法職の後ろを歩くのも」


ガレスは酒を一口飲んだ。


「弱いから仕方ない」


以前にも聞いた。


「でも違った」


ガレスがレオンを見る。


「俺たちは弱くなかった」


レオンは返事をしなかった。


ガレスの言葉は正しい。


少なくともゲームシステム上は。


「だから、みんな嬉しいんだ」


ロルフが割り込む。


「そのうち中央区も物理職だらけになるぞ」


「中央区に何しに行くの」


エリスが聞く。


「決まってんだろ」


ロルフは笑った。


「偉そうな魔術師どもの横を、でかい顔して歩くんだよ」


「小さい夢」


「うるせえ」


四人が笑う。


レオンも笑った。


店の隅。


別のテーブルにいた若い剣士たちが、こちらを見ていた。


そのうち一人が立ち上がる。


レオンたちのテーブルまで来た。


「レオンさん」


「はい?」


「明日の訓練も参加していいですか?」


「別にいいけど」


「ありがとうございます」


男は深く頭を下げた。


レオンは困ってガレスを見る。


ガレスは笑っていた。


「慣れろ」


「無理」


「リーダーだろ」


「だからいつ決まったんだよ」


また笑いが起きる。


悪くない。


本当に。


こんな時間を最後に過ごしたのは、いつだっただろう。


レオンには思い出せなかった。


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