第三章 攻略法
北門を出て十分ほど歩いたところで、レオンは最初のグレイウルフを見つけた。
灰色の毛。
大型犬より一回り大きい。
草むらの向こうで何かの骨を噛んでいる。
視界を集中させる。
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**グレイウルフ**
**Lv.6**
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「そのまんまだな」
問題は、ゲームと同じなのが名前とレベルだけなのか、それとも中身まで同じなのか。
剣を抜く。
初心者用の鉄剣。
ギルドで借りたものだ。
攻撃力は低い。
だが十分なはずだった。
レオンは近づいた。
グレイウルフが顔を上げる。
目が合った。
低い唸り声。
ゲーム画面で見ていたときとは違う。
牙がある。
唾液が垂れている。
何より、怖い。
「いや、待て」
足が止まった。
これ、本当に噛まれるのか?
痛覚がどこまで再現されているのか聞いていない。
死んだ場合についても、アンナは説明しなかった。
グレイウルフが身体を低くする。
知っている動作。
飛びかかり。
直前に一歩下がる。
来る。
分かっている。
それでも身体が動かなかった。
狼が跳んだ。
「うわっ!」
横へ転がる。
牙が肩を掠めた。
熱い。
見るとシャツが裂け、血が滲んでいる。
「痛っ……」
普通に痛い。
聞いてない。
いや、聞かなかった自分が悪いのか。
グレイウルフが振り向く。
レオンは剣を構えた。
ゲームじゃない。
少なくとも身体はそう判断している。
心臓が速い。
手が震える。
もう一度、狼が身体を低くした。
一歩後ろへ。
今度は見えた。
跳ぶ。
横へ。
狼が着地する。
硬直。
知っている。
レオンは踏み込んだ。
一撃。
二撃。
三撃。
狼が振り向く前に離れる。
HP表示が減っている。
「同じだ」
思わず笑った。
怖い。
でも同じだ。
三度目の攻撃でグレイウルフが倒れた。
動かなくなる。
経験値の表示。
レオンはその場に座り込んだ。
「こええ……」
ゲームで何万匹倒したか分からない敵だった。
こんなものを初心者が一人で倒せと言われても無理だ。
推奨四人。
なるほど。
この世界の人間には攻略動画もWikiもない。
敵の攻撃パターンを知るには、実際に戦うしかない。
失敗すれば怪我をする。
場合によっては死ぬ。
なら、安全な戦い方が確立されるまで何人必要になる?
ゲームなら死んで覚えればいい。
ここではそうはいかない。
「そりゃ魔法使うわ」
遠くから撃てる。
近づかなくていい。
圧倒的に安全だ。
サービス開始当初、魔法職が評価された理由を初めて実感した。
それでも。
レオンは倒れた狼を見る。
ゲームシステムそのものは、ほぼ同じ。
ならば知識が使える。
二匹目はもっと簡単だった。
三匹目では傷を負わなかった。
四匹目。
五匹目。
レベルが上がる。
ステータスポイントを振る。
筋力。
敏捷。
序盤の耐久力を捨て、火力へ寄せる。
この振り方も当時は地雷扱いされた。
防御を上げなければ前衛として役に立たない。
そう言われていた。
だが敵の攻撃を受けなければ、防御力はいらない。
後年では常識になった考え方だ。
日が傾く頃には、討伐証明になる牙が袋いっぱいになっていた。
ギルドへ戻る。
受付嬢に袋を置く。
「グレイウルフ」
「はい?」
「討伐してきた」
受付嬢が袋を見る。
一つずつ数える。
途中から顔つきが変わった。
「十一体?」
「途中で一匹増えた」
「一人で?」
「そう」
「怪我は?」
「最初にちょっと」
受付嬢はレオンを見る。
それから奥へ行き、別の職員を連れてきた。
確認。
質問。
もう一度確認。
不正を疑われているらしい。
最終的には討伐が認められた。
報酬を受け取る。
大した金額ではない。
しかしレオンは妙に満足していた。
ゲームでレアアイテムを引いたときより嬉しいかもしれない。
「なあ」
背後から声がした。
昨日、掲示板の前で話しかけてきた大男だった。
「本当に一人でやったのか?」
「そうだけど」
「どうやって?」
レオンは答えようとして止まった。
説明して意味があるのだろうか。
NPCに攻略法を教える。
ゲーム時代なら考えもしなかった。
だが、この世界では彼らも戦う。
怪我もする。
死ぬこともある。
「飛びかかる前、一歩下がるだろ」
男が怪訝な顔をする。
「狼が?」
「そう。そこ見て横に避ける。着地してから振り向くまで少し時間があるから、その間に三回殴る」
「三回?」
「欲張って四回やると噛まれる」
男は黙った。
「……それだけか?」
「基本は」
「そんな馬鹿な」
「やってみれば」
レオンは報酬をしまった。
そのまま宿を探そうとする。
「待て」
男が腕を掴んだ。
反射的に振りほどきそうになったが、止めた。
「なんだよ」
「明日、暇か?」
「まあ」
「俺と来てくれ」
「どこに?」
「グレイウルフだ」
男は真剣だった。
「俺にも、それを教えてくれ」
レオンは少し迷った。
一人でレベルを上げた方が効率はいい。
パーティーを組めば経験値は分散する。
まして初心者を教えながらでは時間がかかる。
ゲーム時代なら断っていただろう。
効率が悪い。
だが。
目の前の男は、レオンの返事を待っている。
「名前は?」
「ガレス」
「職は?」
「重戦士」
レオンは思わず顔をしかめた。
「最初はきついな」
「やっぱり弱いか」
ガレスが苦笑する。
その表情に、レオンは妙な違和感を覚えた。
弱いかどうかを聞いているのではない。
弱いと言われることに慣れている顔だった。
「いや」
レオンは言った。
「後半は強い」
「後半?」
「レベル上げれば分かる」
ガレスが笑った。
「変な奴だな、お前」
「よく言われる」
実際には、最近は言われるほど人と話していなかった。
「じゃあ明日、北門」
「朝?」
「朝だ」
「早いの苦手なんだけど」
「冒険者だろ」
「昨日なったばっかりだよ」
ガレスが笑う。
つられて、レオンも少し笑った。
翌朝。
北門には約束より早くガレスがいた。
巨大な盾。
片手剣。
重い鎧。
ゲーム知識から見れば、完全な初心者装備。
「その盾いらない」
開口一番、レオンは言った。
「は?」
「あと鎧も重すぎ」
ガレスの顔が険しくなる。
「お前、重戦士が盾を捨ててどうする」
「殴る」
「何を」
「敵を」
「重戦士は仲間を守る職だぞ」
「誰に聞いた?」
「誰って……常識だろ」
レオンは頭を掻いた。
そうだった。
この時代はまだそういう認識だ。
重戦士。
高いHP。
高い防御。
敵の攻撃を受け止める盾役。
ゲーム初期ではそう運用されていた。
後年は違う。
一定以上の装備になると、重戦士の高い筋力補正を利用した両手武器ビルドが発見された。
最終環境では、とんでもない火力を出す。
「ガレス」
「なんだ」
「お前、強くなりたい?」
「当たり前だ」
「じゃあ、とりあえず俺の言う通りやって」
「盾を捨てろって?」
「そう」
「死んだら?」
「逃げる」
「お前、本当に大丈夫か?」
「俺も昨日まで無職だったから大丈夫じゃない」
「無職?」
「こっちの話」
ガレスはしばらく考えた。
そして盾を地面に置いた。
「分かった」
意外だった。
「信じるの?」
「十一匹一人で殺した奴が言ってる」
ガレスは片手剣を見る。
「俺は今まで、何をやっても魔術師には勝てなかった」
声の調子が少し変わった。
「同じ依頼を受けても、俺たちは前に立つ。怪我するのも俺たちだ。でも報酬は魔術師の方が多い」
レオンは黙って聞いた。
「仕方ないと思ってた。魔法が使える奴は強い。俺たちは弱い。それだけだって」
ガレスは盾から手を離した。
「でも、お前は違うって言うんだろ?」
「まあ」
「だったら一回くらい信じてみる」
レオンは困った。
そんな大層な話ではない。
ただのゲーム攻略だ。
計算式を解析した誰かが見つけた最適解。
自分が発見したわけですらない。
「期待しすぎんなよ」
「分かってる」
「あと、いきなり両手武器は危ないから今日は盾持って」
ガレスが睨んだ。
「今捨てろって言っただろ」
「考えたらレベル低すぎた」
「お前、本当に大丈夫か?」
二人は北へ歩き出した。
レオンはまだ知らなかった。
自分が何気なく教えようとしているものが、ガレスにとって単なる戦闘技術ではないことを。
そしてガレスも知らなかった。
この日聞いた言葉を、その後何年も忘れないことを。




