第十三章 その後
申請から。
三か月。
長かった。
最初の一週間。
毎日。
メールを見る。
二週間。
まだ。
一か月。
「落ちたかな」
アンナ。
「審査中です」
「何審査してるんです?」
「安全性と研究上の妥当性です」
「俺、治療終わってるんだけど」
「だからです」
治療のためではない。
再接続。
精神状態への影響。
依存。
現実逃避。
記憶。
いろいろ。
「戻って悪化したら意味ないですから」
「それはそう」
以前なら。
そこで諦めたかもしれない。
今は。
待つ。
生活しながら。
仕事。
ゲーム。
通院。
三か月目。
アンナから連絡。
「許可が出ました」
悠斗は。
しばらく返事ができなかった。
「本当に?」
「はい」
「何分?」
「初回は二時間」
「向こうでは?」
「現地時間で一日程度です」
「一日」
短い。
でも。
十分。
「条件があります」
「何?」
「研究協力としての再接続です。生体データ、心理反応、行動記録を取得します」
「前も取ってたでしょ」
「今回は治療ではありません」
「分かってます」
「あなたが覚えている世界と同じとは限りません」
悠斗が止まる。
「どういう意味?」
「環境は継続しています」
「うん」
「時間も経過しています」
「何年?」
アンナは端末を見る。
「現地時間で」
少し。
間。
「二十三年」
悠斗は笑った。
最初。
冗談だと思った。
「二十三?」
「はい」
「俺、三年しかいなかったんだけど」
「加速率が変更されています」
「ガレス」
何歳。
「個別人格の生存状態について、事前情報は提供しません」
「何で?」
「再接続時の自然な反応も研究対象だからです」
その言葉。
少し。
引っかかった。
「自然な反応?」
「はい」
「俺が何見るかとか?」
「それも含みます」
治療。
ではない。
研究協力。
同意した。
「嫌ならやめられます」
アンナが言う。
悠斗は考える。
二十三年。
怖い。
全員。
死んでいるかもしれない。
世界。
変わっている。
でも。
「行きます」
---
接続日。
以前と同じ部屋。
装置。
ベッド。
ヘッドギア。
悠斗は横になる。
「懐かしい」
「緊張しますか?」
「します」
「中止できますよ」
「行く」
アンナ。
「接続後、異常を感じたら合図してください」
「どうやって?」
「視界メニューに退出項目があります」
「前なかった」
「今回はあります」
「便利」
「治療ではありませんから」
治療中。
逃げられない。
今。
逃げられる。
少し。
皮肉。
「風間さん」
「はい」
「戻ってきてくださいね」
「二時間後?」
「そういう意味です」
悠斗は笑った。
「分かってます」
目を閉じる。
接続。
---
風。
最初。
それ。
草。
匂い。
空。
青。
身体。
軽い。
手。
若い。
装備。
《黒鋼の細剣》。
昔のまま。
視界。
ステータス。
**LEON**
レベル八十一。
「……戻った」
声。
レオン。
悠斗ではない。
いや。
両方。
場所。
王都南。
最初の草原。
最後に別れた場所。
木。
川。
変わっている。
木。
大きい。
川沿い。
道。
石畳になっている。
遠く。
王都。
城壁。
高くなった。
塔。
増えた。
「二十三年」
言葉にする。
歩く。
足。
速い。
身体。
覚えている。
グレイウルフ。
出ない。
代わり。
畑。
農家。
昔はモンスターがいた場所。
開拓。
王都。
近づく。
城門。
列。
二つ。
レオンは。
最初。
意味が分からなかった。
左。
短い。
剣。
槍。
斧。
物理職。
右。
長い。
ローブ。
杖。
魔法職。
看板。
**一般入城**
**魔法職・魔術品搬入検査**
レオンは止まる。
「……何これ」
右の列。
荷物。
開ける。
魔導具。
確認。
若い魔術師。
衛兵。
「許可証」
「更新申請中です」
「なら仮証明」
「昨日、役所で発行が遅れていると言われて」
「規則だ」
「仕事なんです」
「規則だ」
声。
冷たい。
レオン。
知っている。
この光景。
二十三年前。
中央区。
自分。
物理職。
入れない。
「すみません」
レオンが近づく。
衛兵。
見る。
最初。
普通。
次。
顔。
固まる。
「……え?」
「この人、通してやれば」
「しかし」
「仕事なんだろ」
魔術師。
驚いている。
衛兵。
レオンの剣。
顔。
何度も。
「レ、レオン?」
周囲。
ざわつく。
「え?」
「まさか」
「始祖?」
嫌な言葉。
「本人?」
衛兵が姿勢を正す。
「レオン殿!」
大声。
列。
全員。
見る。
レオンは後悔する。
「普通でいい」
「しかし!」
「この人は?」
衛兵。
困る。
「魔法職ですので、検査対象です」
「何で魔法職だけ?」
「危険魔術品の持ち込み防止です」
「物理職は?」
「武器登録証があれば」
「この剣、危険じゃないの?」
衛兵。
答えない。
レベル八十一。
十分危険。
「規則です」
二十三年前。
聞いた。
**規則です。**
レオンは。
何も言えなかった。
魔術師が小さく頭を下げる。
「大丈夫です」
列へ戻る。
大丈夫。
ではない。
でも。
レオンは。
先へ進んだ。
---
王都。
違う。
建物。
高い。
道。
広い。
魔導灯。
多い。
豊か。
昔より。
ずっと。
中央区。
人。
物理職。
多い。
南区。
境界。
なくなっている。
良くなった。
そう思う。
でも。
求人板。
足。
止まる。
**王国運輸局 護衛官募集**
**剣士・槍士優遇**
普通。
次。
**中央商会 管理職候補**
**物理適性者優遇**
管理職。
戦闘。
関係ない。
次。
**魔術師可**
可。
その言葉。
昔。
見た。
**物理職可。**
同じ。
「嘘だろ」
冒険者ギルド。
入る。
昔の受付。
ない。
広い。
近代的。
受付分類。
**剣士・重戦士**
**槍士・斧士**
**斥候・その他物理職**
最後。
端。
**魔法職・補助職**
列。
長い。
依頼板。
見る。
**高難度護衛:物理職二名以上必須**
**討伐:魔法職のみの受注不可**
**遺跡調査:物理護衛必須**
理由。
分かる。
ゲームバランス。
物理が強い。
効率。
安全。
二十三年前。
魔法職必須。
今。
物理職必須。
ゲームなら。
ただのメタ。
でも。
ここでは。
仕事。
金。
生活。
「昔と逆だな」
声。
ロルフ。
第十章。
**昔と逆だな。**
そのとき。
笑った。
今。
笑えない。
---
「レオンだ!」
誰か。
見つかる。
人。
集まる。
「本物?」
「生きていたのか!」
「始祖!」
また。
始祖。
「何の?」
聞く。
若い剣士。
胸。
誇らしげ。
「物理解放の始祖です!」
「……俺が?」
「もちろんです!」
壁。
指す。
大きな肖像。
若い。
レオン。
剣。
掲げている。
実際。
そんな格好した覚えない。
文字。
**物理解放の始祖 レオン**
下。
**我々は弱くない。**
頭。
重い。
中央広場。
行く。
像。
巨大。
自分。
剣。
天へ。
台座。
**お前たちは弱くない。**
自分の言葉。
第九章。
千人。
演説。
「生まれた職で、最初からできることを決められる必要なんてない」
言った。
確かに。
でも。
像の裏。
別の文章。
**物理職復権運動の精神的起点となった英雄レオンは、旧魔法優位体制を打破し――**
「復権?」
違う。
平等。
だった。
自分。
そう言った。
ガレスも。
**魔法職も、物理職も。同じ人間です。**
「ガレス」
探す。
---
物理職互助連盟。
場所。
覚えている。
行く。
ない。
建物。
巨大な官庁。
看板。
**王国職業評議院**
受付。
「ガレスに会いたい」
若い職員。
「どちらのガレス様でしょうか」
「ガレス」
姓。
知らない。
そういえば。
「物理職互助連盟の」
職員。
顔。
変わる。
「ガレス・ヴァルデン議長?」
姓。
初めて知った。
「たぶん」
「ご予約は?」
「ない」
「では」
隣。
年配職員。
レオンを見る。
紙。
落とす。
「……レオン?」
また。
大騒ぎ。
---
部屋。
広い。
窓。
王都。
扉。
開く。
老人。
白髪。
背。
少し曲がっている。
でも。
分かる。
「レオン」
ガレス。
声。
同じ。
レオンは。
何も言えない。
ガレスが歩く。
速い。
抱きしめる。
「レオン!」
強い。
まだ。
強い。
「本当に」
声。
震えている。
「本当に戻ってきたのか」
「ガレス」
二十三年。
一瞬。
街で見たもの。
全部。
消える。
「老けたな」
ガレスが離れる。
「第一声がそれか」
「だって」
「二十三年だぞ」
笑う。
同じ。
ガレス。
「お前は変わらんな」
「俺は」
説明できない。
「そういう体質」
「便利だな」
椅子。
座る。
酒。
出される。
昼。
「ロルフは?」
聞く。
ガレスの顔。
少し。
止まる。
レオンは。
分かった。
「五年前に死んだ」
声。
遠い。
「何で」
「病気だ」
「戦いじゃない?」
「違う」
「そう」
それだけ。
何を言えばいい。
ロルフ。
戻ってこい。
絶対だ。
**そこは絶対って言え。**
戻った。
遅かった。
「最後までうるさかった」
ガレスが言う。
「何て?」
「昔の話ばかり」
笑う。
「北部迷宮。お前。俺の盾」
「まだ言ってたの」
「死ぬ前の日も」
レオン。
笑う。
泣く。
どっち。
分からない。
「エリスは?」
「生きてる」
息。
出る。
「西の方で暮らしてる。結婚はしてない」
「何してる?」
「猟師みたいなことをしてる」
「エリスらしい」
「連絡すれば来る」
「一日しかいられない」
ガレスが見る。
「また?」
「うん」
「相変わらず勝手だな」
「ごめん」
「謝るな」
セレスティア。
聞く。
怖い。
「セレスティアは?」
ガレス。
止まる。
「……分からない」
「分からない?」
「十五年くらい前から」
「魔術院は?」
「再編された」
「再編?」
「旧魔術院の権限が強すぎた」
「セレスティアは?」
「改革に反対した」
レオンは眉をひそめる。
「何に?」
「魔術教育の地方移管。資産の接収。旧家の特権廃止」
「特権廃止なら」
「彼女もそこには反対していなかった」
「じゃあ何で」
ガレス。
酒。
飲む。
「やり方だ」
その言葉。
嫌。
「アルヴェーン家は?」
「解体された」
「解体?」
「旧魔術院との関係が深かった。資産の大半は公共教育へ移された」
「セレスティアは?」
「反対運動に参加した。その後、王都を出た」
「追放?」
「違う」
「じゃあ何」
「……事実上は、そう見えたかもしれない」
レオン。
黙る。
ガレス。
顔。
疲れている。
「レオン」
「何」
「二十三年だ」
また。
「お前がいなくなってから、いろいろあった」
「街見た」
「そうか」
「魔法職だけ検査されてた」
ガレス。
何も言わない。
「求人も」
「うん」
「ギルドも」
「うん」
「何で?」
「必要だからだ」
「何が」
「調整が」
言葉。
冷たい。
ガレスが言っているのに。
「調整?」
「何百年、魔法職が富と教育と土地を握っていたと思う」
「だから?」
「職業平等法を作っただけでは変わらなかった」
「でも」
「物理職には教育がなかった。資産がなかった。組織がなかった。形式上平等にしても、旧来の魔法職が有利なままだった」
分かる。
理屈。
分かる。
「だから、物理職向けの教育枠を作った」
「うん」
「雇用も」
「うん」
「土地も」
「それが」
レオン。
言う。
「今の魔法職の扱い?」
ガレスが眉を寄せる。
「虐げてはいない」
「同じじゃん」
「違う」
「何が」
「昔の物理職は、職業だけで権利を奪われていた」
「今も魔法職だけ検査してる」
「危険魔術品対策だ」
「物理職は剣持って入ってる」
「登録されている」
「魔法職も登録すればいいだろ」
「制度が違う」
「だからその制度が」
声。
強くなる。
ガレスも。
「レオン」
「何」
「お前は二十三年を見ていない」
止まる。
正しい。
「お前がいなくなった後、俺たちは戦った」
「誰と」
「制度とだ。貴族。魔術院。商会。軍」
「うん」
「何人も死んだ」
ロルフ。
父親ではない。
新しい。
二十三年。
知らない人。
「お前が言ったんだ」
ガレス。
声。
静かになる。
「俺たちは弱くないって」
レオン。
息。
止まる。
「お前が教えてくれた」
「違う」
「何が?」
「俺が言ったのは」
言葉。
出ない。
平等。
機会。
諦めるな。
「魔法職を下にしろって意味じゃない」
ガレスが。
本気で。
不思議そうに見る。
「誰もそんなことは言っていない」
「街見ろよ」
「見ている」
「じゃあ」
「昔より良くなった」
即答。
「物理職の子供が学校へ行ける。危険な仕事を強制されない。中央区に住める。軍で出世できる」
「魔法職は?」
ガレス。
止まる。
「過渡期だ」
「二十三年経ってる」
「二十三年しか、だ」
同じ。
世界。
見ている。
でも。
違う。
ガレスは。
悪人ではない。
分かる。
昔と同じ。
目。
声。
だから。
余計に。
怖い。
「俺たちは勝ったんだよ」
ガレスが言う。
第十章。
ロルフ。
**俺たちは勝った。**
「何に?」
「古い社会に」
第十章。
祝勝会。
**古い世界に。**
レオンは。
あのとき。
笑った。
ガレスは窓の外を見る。
「お前がいなくなった後も、俺たちは進んだ」
誇らしい。
「俺たちは自分たちの力でここまで来た」
レオンは窓を見る。
中央広場。
巨大な像。
自分。
剣。
台座。
遠くても。
文字。
分かる。
**お前たちは弱くない。**
自分の言葉。
「レオン」
ガレス。
「お前が始めたんだ」
責めている。
のではない。
感謝。
している。
だから。
何も。
言えなかった。




