第十一章 別れ
三日。
数字にすると短い。
レオンは、その三日をどう使えばいいのか分からなかった。
視界の端には、意識すればいつでも表示が出る。
**予定接続終了まで:68時間14分**
見なければいい。
そう思う。
でも、気づけば確認している。
六十八時間。
六十七時間。
時間だけが減る。
王都はいつも通りだった。
朝。
パン屋が店を開ける。
冒険者がギルドへ向かう。
中央区の通りでは、剣を腰に下げた物理職とローブ姿の魔術師がすれ違う。
少し前までなら珍しかった光景。
今は誰も振り返らない。
職業平等法。
成立。
物理職互助連盟。
王国最大級の団体。
自分がいなくても。
世界は動く。
そのはずだった。
「レオン」
宿の前。
ガレス。
「何してる」
「散歩」
「朝から?」
「うん」
「嘘だな」
レオンは黙った。
ガレスは何も言わず、隣に並んだ。
二人で歩く。
中央広場。
数日前まで式典の飾りが残っていた。
**すべての職業に等しい機会を。**
大きな布。
その下を人が歩く。
「話あるんだろ」
ガレスが言った。
「何で分かるの」
「三年一緒にいる」
「そんな経ったんだな」
「お前、自分が何年いるかも分かってなかったのか」
「ゲームだと時間感覚適当だから」
「ゲーム?」
「いや」
危ない。
レオンは前を見る。
言えること。
言えないこと。
自分は別の世界から来た。
ここは治療用の仮想世界。
ガレスたちはAI。
三日後、自分だけが消える。
言えるわけがない。
仮に言って。
信じられたら。
その方が困る。
「俺」
声が出にくい。
「帰ることになった」
ガレスが止まった。
「帰る?」
「故郷」
「急だな」
「うん」
「いつ」
「三日後」
ガレスはしばらく何も言わなかった。
怒るでも。
驚くでもない。
ただ。
「そうか」
それだけ。
レオンの方が困る。
「何か言わないの」
「言ってほしいのか?」
「いや」
「じゃあ言わない」
歩き出す。
いつものガレス。
少しだけ安心する。
「戻ってくるのか?」
レオンは答えられなかった。
再接続。
治験の説明では。
治療終了後。
原則として行わない。
「分からない」
「そうか」
また。
それだけ。
---
昼。
物理職互助連盟。
ガレスが全員を集めた。
レオン。
ロルフ。
エリス。
「レオンが故郷へ帰る」
ロルフが書類から顔を上げる。
「いつ?」
「三日後」
「は?」
エリスも見る。
「急だね」
「俺も昨日知った」
正確には。
今朝。
「どこ?」
エリス。
「遠い」
「どのくらい?」
「かなり」
「馬車?」
「……違う」
説明できない。
ロルフが立つ。
「何で今なんだよ」
「今って?」
「今だよ」
机。
叩く。
「やっとここまで来たんだぞ」
ガレス。
「ロルフ」
「お前が始めたんだろ」
レオンを見る。
「俺たちに強いって言った」
「うん」
「ガレスに盾捨てさせて、俺の槍まで変えさせて、北部迷宮行って」
「うん」
「連盟できて、法律変わって」
「うん」
「じゃあ最後までいろよ」
最後。
レオンはその言葉に引っかかった。
「最後って何?」
ロルフが止まる。
「……知らねえよ」
「俺も分からない」
「だったらいろよ」
「ロルフ」
ガレスの声。
低い。
「レオンにはレオンの人生がある」
「俺たちは?」
「俺たちにもある」
「こいつ抜きで?」
「そうだ」
ロルフがガレスを見る。
怒っている。
でも。
何に怒っているのか。
本人も分かっていない顔。
「勝手にしろ」
部屋を出る。
扉。
強い音。
静かになる。
「追わなくていいの?」
エリス。
レオンは扉を見る。
以前なら。
追わなかった。
怒らせた。
嫌われた。
なら。
距離を置く。
時間が解決する。
自分が何か言えば、もっと悪くなる。
そう考える。
今も。
怖い。
「行ってくる」
レオンは立った。
ガレスが少し笑う。
「そうしろ」
---
連盟の裏。
いない。
酒場。
いない。
訓練場。
いた。
ロルフは一人で槍を振っていた。
古い槍。
今使っている細身の長槍ではない。
太い。
重い。
父親の形見。
「それ使うの久しぶりだな」
返事なし。
「遅いよ、それ」
槍。
止まる。
「知ってる」
「攻撃速度補正もない」
「知ってる」
「リーチも今の方が」
「うるせえな!」
レオンは黙る。
ロルフが息を吐く。
「……悪い」
「いいよ」
「良くねえ」
槍を地面へ立てる。
「俺、分かってるからな」
「何が?」
「お前が帰らなきゃいけないなら仕方ない」
「うん」
「分かってる」
「うん」
「でも腹立つ」
「うん」
「その返事やめろ」
「じゃあ何て言えばいい」
「知らねえよ」
二人。
しばらく。
何も言わない。
訓練場の端。
若い剣士たち。
レオンの戦い方を真似している。
軽装。
細い剣。
通常攻撃。
昔。
誰もやっていなかった。
「俺さ」
レオンが言う。
「ここ来る前、何もしたくなかったんだよ」
ロルフが見る。
「何だ急に」
「故郷で」
本当のことを。
言える範囲で。
「仕事してた。でも駄目になって。人と会うのも嫌で。失敗するのも嫌で」
「お前が?」
「俺が」
「今でも人嫌いじゃん」
「うるさい」
少し笑う。
「ここ来たときも、最初は帰りたかった」
「じゃあ帰れて良かったな」
「そうなんだけど」
レオンは空を見る。
「今は、帰るの怖い」
言ってしまった。
「また駄目になるかもしれない」
現実。
白い病室。
仕事。
人間関係。
ここでは。
強かった。
知識があった。
必要とされた。
現実には。
ステータスも。
レベルも。
ゲーム知識もない。
「失敗するかもしれない」
「するだろ」
即答。
レオンが見る。
「するの?」
「するだろ、人間なんだから」
ロルフは当然のように言う。
「俺だってする。ガレスだってする。エリスはしょっちゅうする」
「エリスに怒られるぞ」
「いないからいい」
ロルフが古い槍を見る。
「親父も失敗した」
少し。
声が変わる。
「無茶な仕事受けた」
レオンは何も言わない。
「金がなかったからな。断れなかったのもある。でも、あの日行かなきゃ死ななかった」
「うん」
「だからって、親父の人生全部が失敗だったわけじゃねえ」
槍。
「これ残したし」
ロルフは笑う。
「俺も残した」
「何を?」
「俺」
「それは親父が作ったわけじゃ」
「細けえ」
レオンも笑った。
「だから」
ロルフが言う。
「失敗しても次行け」
「簡単に言うな」
「お前が俺たちにやっただろ」
「何を」
「やり方間違ってるだけかもしれないって」
中央広場。
演説。
自分の言葉。
「自分だけ例外にすんな」
レオンは返せなかった。
「……分かった」
「ならちゃんとやれ」
「ああ」
「また逃げたら承知しねえぞ」
「どうやって分かるんだよ」
ロルフが胸を張る。
「俺は英雄だからな」
「関係ない」
「何でも分かる」
「じゃあ俺の故郷当てて」
「北」
「違う」
「南」
「適当じゃん」
二人で笑った。
ロルフは古い槍を担ぐ。
「戻ってこいよ」
レオンは。
答えなかった。
まだ。
---
残り。
四十八時間。
レオンはセレスティアのところへ行った。
魔術院。
以前より静か。
研究者。
少ない。
廊下。
セレスティアの部屋。
「故郷へ帰るそうね」
「早いな」
「ガレスから聞いた」
「怒ってる?」
「なぜ私が?」
「何となく」
「少し」
「怒ってるじゃん」
セレスティアは書類を置く。
「あなたには聞きたいことが山ほどあるから」
レオンは苦笑する。
「答えられない」
「でしょうね」
北側水路。
隠し通路。
守護者。
北部迷宮。
レオンが知っていたこと。
説明できなかった。
セレスティアはずっと。
気づいていた。
「最後まで教えてくれないのね」
「ごめん」
「謝らなくていいわ」
「でも」
「あなたには事情があるのでしょう」
少し間。
「それくらいは分かる」
レオンは机を見る。
本。
資料。
魔術院。
研究費削減。
襲撃。
これから。
「セレスティア」
「何?」
「ガレスたちと」
言葉を探す。
「仲良くして」
セレスティアの眉が動く。
「子供のお願い?」
「違う」
「なら、もう少し具体的に」
「……何かおかしくなったら止めて」
セレスティアは黙った。
「誰を?」
「ガレス」
「あなたはガレスを信頼しているのでしょう」
「してる」
「ならなぜ?」
レオンにも。
分からない。
魔術院襲撃。
ロルフ。
魔法の時代は終わった。
古い世界に勝った。
小さな違和感。
でも。
ガレスは職業平等法を作った。
同じ人間だと言った。
「分からないけど」
レオンは言う。
「何となく」
セレスティアが長く息を吐く。
「レオン」
「うん」
「私は、ガレスを敵だとは思っていないわ」
「知ってる」
「でも、彼が正しいとも思っていない」
「うん」
「彼も私をそう思っているでしょう」
「たぶん」
「それでいいのよ」
レオンは顔を上げる。
「仲良くする必要はない」
セレスティア。
「意見が違う人間がいることの方が大事なの」
少し。
安心した。
「じゃあ頼む」
「何を?」
「違うこと言い続けて」
セレスティアが笑う。
「それなら得意よ」
「知ってる」
帰ろうとする。
「レオン」
振り返る。
「あなたは」
セレスティアが止まる。
「何?」
「……いえ」
言わない。
「元気で」
「セレスティアも」
「私は大丈夫」
その言い方。
エリスみたいだった。
---
最後の日。
レオンは特別なことをしたくなかった。
だから。
四人で。
最初の草原へ行った。
王都南。
低レベル帯。
グレイウルフ。
昔。
怖かった。
今。
一匹。
草むら。
「レオン」
ガレス。
「任せた」
「何で俺」
「最後だから」
「一撃だよ」
「いいから」
狼。
飛ぶ。
剣。
一振り。
終了。
ロルフが拍手する。
「さすが英雄!」
「やめろ」
エリス。
「初心者狩り」
「モンスターだから」
「レベル差四十以上」
「八十以上」
「もっと悪い」
歩く。
最初に野営した場所。
小さな川。
木。
変わっていない。
夕方。
空。
赤い。
視界。
**予定接続終了まで:00時間12分**
レオンは表示を消す。
ガレスが聞く。
「そろそろか」
「うん」
どうして分かった。
聞かない。
四人。
並ぶ。
何を言えばいい。
三年。
言葉。
足りない。
「エリス」
「うん」
「無茶するなよ」
「レオンに言われたくない」
「俺そんなしてない」
三人が見る。
「何」
エリスが手を出す。
握る。
「元気で」
「エリスも」
「私は大丈夫」
「知ってる」
次。
ロルフ。
「戻ってこいよ」
「できたら」
「絶対だ」
「努力する」
「そこは絶対って言え」
レオンは笑う。
「無理」
ロルフが。
一瞬。
泣きそうな顔をした。
すぐ。
笑う。
「知ってた」
肩。
叩く。
強い。
最後。
ガレス。
二人。
向かい合う。
最初に会った日。
大きな盾。
重い鎧。
自分よりずっと年上に見えた。
今。
同じくらい。
いや。
少し。
ガレスの方が老けた。
「ありがとう」
ガレスが手を出す。
「こっちこそ」
握る。
「お前が来なかったら」
ガレス。
「俺は今も盾持ってたかもな」
「それはそれで需要あったかも」
「最後くらい格好つけさせろ」
「ごめん」
ガレスが笑う。
「レオン」
「何?」
「俺たちは大丈夫だ」
レオンは。
王都を見る。
遠く。
城壁。
その向こう。
連盟。
魔術院。
物理職。
魔法職。
制度。
人。
「頼む」
本当に。
そう思った。
ガレスなら。
エリスなら。
ロルフなら。
セレスティアなら。
自分がいなくても。
「任せろ」
視界。
白。
「じゃあ」
言葉。
何にする。
さようなら。
違う。
「またな」
ロルフ。
「おう!」
エリス。
手を振る。
ガレス。
頷く。
世界。
白くなる。
音。
消える。
身体。
感覚。
遠く。
最後に。
ガレスの声。
「またな、レオン」
---
重い。
身体。
動かない。
音。
機械。
空調。
匂い。
消毒。
目。
開く。
白い天井。
知らない。
いや。
知っている。
病院。
顔。
アンナ。
少し。
疲れている。
「風間さん」
その名前。
一瞬。
誰。
違う。
自分。
風間悠斗。
「聞こえますか?」
口。
乾いている。
「……はい」
声。
弱い。
「ここがどこか分かりますか?」
「病院」
「お名前は?」
「風間……悠斗」
アンナが小さく息を吐く。
「おかえりなさい」
悠斗は天井を見る。
三年。
向こうでは。
現実では。
どのくらい。
分からない。
でも。
最初に思った。
帰ってきた。
ではなかった。
ガレス。
大丈夫かな。
その次。
ロルフ。
エリス。
セレスティア。
それから。
ようやく。
自分。
悠斗は少しだけ笑った。
「ただいま」




