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空白の清掃人  作者: れさぱんだ
第2章 痕跡
6/10

6. 消えた人々

 白金台のマンションで消えた男の名前を、瑛太は後から調べた。三週間かけて元の住人を特定した。

 名前は、田中誠一。四十七歳。三年前の地方紙の記事がヒットした。市議会議員の政治資金をめぐる疑惑。その調査に関わっていたとされる、市議会事務局の元職員。そしてその記事の三ヶ月後、田中誠一は「行方不明」になっていた。警察への届出は、娘からだった。


 田中麻衣は、都内の私立大学に通いながら、一人暮らしをしていた。インターホンを押すと、しばらく間があってから「誰ですか」という声が返ってきた。緊張した声だった。


 細い女性だった。目の下に影がある。頬の肉が落ちている。

「父は、今も行方不明です。失踪から三ヶ月以上になります。警察は動いてくれない。来週、私の誕生日があって、プレゼントを持っていくって電話で言っていた。その三日後に、連絡が取れなくなったんです」

 来週の誕生日。プレゼント。瑛太は、あの夜の部屋で読んだ日記の文字を思い出した。来週は娘の誕生日だ。プレゼントは何がいいだろう。

「お父さんは、今も生きています」

 言うべきではなかったかもしれない。証拠はない。しかし言わずにはいられなかった。

「……本当に?」「はい。必ず、見つけます」


 麻衣のアパートを出て、二人は公園のベンチに座った。冬の午後。

「言い過ぎた」「何が」「必ず見つけるって」

「言った後のあなたは、言う前より顔が引き締まった」

「……俺が最初の夜に消したのは、その男の部屋だ。日記も読んだ。娘の誕生日プレゼントのことが書いてあった。シュレッダーにかけた」

「それは、あなたがしたことだ。でも、あなたが今ここにいるのは、それをしたことを、おかしいと思ったからでもある」


 大田区の現場近くに本社を置く中規模の医療機器メーカーが、同じ時期に内部告発の問題を抱えていた。品質検査の不正。データの改竄。それを告発しようとした社員の行方不明者届を調べると、名前は村上健司。四十三歳。


 村上健司の妻に連絡を取った。電話口の声は、疲れていた。しかし怒っていた。

「夫は、正しいことをしようとしていた。それで消された」

「……あなたは、誰ですか。本当のことを教えてください」

「夫を見つけようとしている者です。今は、それだけしか言えません」

 妻は電話を切る前に言った。「夫は、帰ってきますか」

「……分かりません。でも、動いています」


 田中誠一は市議会の疑惑を調べる過程で、ある建設会社の名前を掴んでいた。村上健司が告発しようとした取締役には、その建設会社との関係があった。

「繋がってる」

「うん。佐伯さんの組織は、一つの大きな利権構造の清掃業者として機能していた。政治、建設、医療。それらが絡み合った闇の中で、邪魔になった人間を消し続けていた」

「お父さんが保証人詐欺に遭った会社——その会社が持っていた債権は、あの建設会社に渡っていた可能性がある。三つの事案が、同じ根から出ている」

 瑛太は机の上に広げた資料を見た。田中麻衣の父の消失。村上健司の消失。善造の消失。全部、一本の線で繋がっている。

「これを、弁護士に持っていく。でも、もう一つ必要なものがある。お父さんの封筒。善造さんが十年かけて集めた記録。あれがあれば、この構造の核心部分を証明できる」

 十二月二十四日まで、あと二週間だった。

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