4. 歳月の錆
父が生きている。
その事実を確かめるために、瑛太はまず図書館へ行った。新宿の区立図書館。新聞の縮刷版を閲覧できるコーナーへ向かい、十年前の夕刊を片端から調べ始めた。
父が消えたのは、瑛太が十三歳の秋だった。学校の文化祭の翌日だった。夕方に帰ったら、父がいなかった。その翌朝もいなかった。それだけだ。
十年分の新聞を調べた。佐藤善造という名前は、どこにも出てこなかった。当然だ、と思った。ただの中年男の失踪など、ニュースにならない。
父が最後に勤めていた自動車整備工場を調べた。インターネットで会社名を検索すると、七年前に廃業していた。
社長の電話番号を見つけ、かけた。三回目でつながった。
「佐藤善造のことを聞きたいのですが」
長い沈黙の後、元社長は言った。「……あの人か。急に来なくなったんだよ。真面目な男だったけどね」
「……あんた、誰?」
「息子です」
また沈黙があった。「……そうか。見つかったのか」「いえ。まだ探しています」
元社長は、それ以上のことは知らないと言った。
借金の記録を辿るのに、さらに一週間かかった。
父が連帯保証人になっていた事業者を法人登記で調べると、十五年前に設立され、十二年前に廃業していた。そこから先は、行方が途絶えていた。
真希に相談した。二人はファミレスの隅で、コーヒーを飲みながら話していた。深夜の現場を終えた後で、二人ともまだ作業着の匂いが残っている。
「親父は、借金を理由に組織に取り込まれた。それが偶然なのか、最初から狙われていたのか」
「佐伯さんはね、ターゲットを選ぶ時、必ず借金か孤立かのどちらかを条件にしてる。借金がある人間は、戸籍を手放す理由がある。孤立している人間は、消えても誰も騒がない」
「親父は両方だ」「そう。……あなたも、両方だった」
瑛太は手の中のコーヒーを見た。自分もターゲットとして選ばれた。しかし消されるのではなく、清掃員として雇われた。その理由は何か。
「俺を雇ったのは、親父に辿り着かせるためだったのか」「たぶんね。……何のためかは、私にも分からない」
真希は窓の外を見た。雨が降っている。ファミレスの窓ガラスに、ネオンの光が滲んでいた。
「瑛太、一つ聞いていい。お父さんのこと、憎んでる?」
「ああ。今でも。でも……消されるのは、違う。どんな理由があっても」
真希は頷いた。その頷き方は、同意ではなく、確認するような頷き方だった。
清掃の現場は続いていた。四軒目、五軒目、六軒目。
六軒目の現場は、北区の古いアパートだった。部屋には演歌のカセットテープが並んでいた。全部で百本以上ある。それぞれに日付が書いてある。三十年分の録音。
瑛太はその一本を手に取った。一九九三年と書いてある。テープを溶解液のバケツに沈めながら、瑛太は自分が何をしているのかを、その時ようやく正確に理解した。
これは殺人だ。肉体を殺すのではない。しかし、この百本のテープに刻まれた三十年分の時間を消すことは、その人間が三十年かけて積み上げてきたものを根こそぎ奪うことだ。
その夜、瑛太は初めて口座の金を使った。駅前の安い居酒屋に入り、一人でビールを頼んだ。飲みながら、天井を見ていた。何かを決めなければならない、と思った。しかし何をどう決めるべきかが、まだ分からなかった。
ある夜、アパートに帰ると、部屋の空気が違った。玄関のドアを開けた瞬間に感じた。何かが動いた後の、かすかな気流の乱れ。押し入れの中の荷物の配置が、わずかにずれている。
誰かが入った。
部屋を調べた。金品は盗まれていない。ただ、法律事務所からの通知書の束が、元の並び順と違う順番に戻されていた。
翌朝、真希に連絡した。「部屋に入られた」
「……やっぱり。私の部屋も、先週から何かがおかしい。私たちはずっと、籠の中にいる」
真希の声は平静だった。その平静さが、瑛太には却って不安だった。
「……なんで、そんなに落ち着いてるんだ」「慣れてるから。諦めることに」
真希は少し間を置いた。「でも、今は違う。あなたが動こうとしてるから、私も動ける気がしてる」




