第55話 天と夜散歩……? 後編
「あ、杏理? なんでここにいるんだ?」
突如現れた杏理に驚き、働かない思考で捻り出した言葉は、質問を質問で返すということだった。
「質問してるのはこっちなんだけど」
「お、おっしゃる通りで……」
鼓動の止まらない心臓は今だに激しく脈打っている。ここ最近でここまでヒヤヒヤしたことはないだろう。
でも良かった。素早い行動をとったおかげでどうやら杏理は天のことに気付かなかったようだ。握られたリードから振動が無いことから天も大人しくしているらしい。
頼むからそのまま動かないでくれ……!
「まあ良いわ、私はコンビニの帰りよ。この公園通るのが近道なの」
「あー確かに杏理の家ここから近かったな」
そうよ、と返す杏理。
なるほどコンビニか良かった……。
もしかしたら俺に発信機でも付いてて近くにいたから会いに来たのかと思ったわ。
そう思ってしまうくらいタイミングが良過ぎるから余計な事まで考えてしまう。
ていうか景ちゃんや心ならやりそうだ。
「それで雨上はなにしてん____なにそのリード?」
「え」
杏理が俺の手に握られたリードに気付いてしまった。これは非常にヤバいぞおい。
動揺のあまり滝のような汗が流れる中、杏理は状況を理解したようだ。
「あーなるほどペットの散歩をしてたわけね」
「え? あ、うん。そうだよ」
「でもアンタの家からここまで遠くない?」
「さ、散歩が楽しくていつの間にやらここまで来ててな」
「ふーんそうなんだ。ところでどんなペット飼ってるの? 見せなさいよ私動物好き……じゃないけど気になるから見てあげるわよ。仕方なく……仕方なくよ? 良いわね? 仕方なくだから」
「えぇ……」
嘘ヤバいじゃん……どうしよう。
てかこんな状況でよく分からんツンデレ披露しないでくれない? ってそんなことより、
「なによ私には見せたくないって感じ?」
「いやいやそうじゃないけど……コイツ凶暴だよ?」
「良いわよ別に」
「……首だけになっても腕とか喰い千切るかもしれないよ?」
「……アンタのペットって、神様のいる森にいる喋る大きな犬なの?」
辞めろそれ以上言うな! なんか著作権的なのに引っかかるかもしれないだろ!
それにしても非常に不味いぞ。なんとか切り抜けなきゃ。
「いやでもほらコイツ怖がりだから無理かなぁ? 茂みからも出て来ないしぃ? 引っ張ってもピクリとも動かないわこれぇ」
「そうなの? 残念ね見てみたかったわ。鳴き声だけでも聞けないかしら?」
「すぅーー……ちょっと待っててくれ」
俺はすぐさまリードを小刻みに引っ張りながら、バレないようにスマホでメッセージを打ち始める。
【天! 今の聞こえたろ!? 一発鳴いてみろ! なるべく可愛く、それでいて怖がってる感を出せ!】
【私としてはバレても良いんだけれど……】
【後で尻叩いでやる】
【……まぁ良いだろう任せてくれ。これでも私は演劇部に助っ人を頼まれるくらいなんだ。ご主人様の期待に応えてみせるよ】
【おう! 任せたぞ!!】
静かにバレないようにスマホを閉じポケットに戻す。
よしなんとかなったぞ。やはりいくら変態でも一応は歳上の先輩、なんだかんだ頼りになる天で良かったぜ。
____そして目の前にある茂みから俺達に聞こえるように、弱々しい鳴き声がした。
「ブヒィィ……」
「……え? 雨上アンタ豚がペットなの?」
あのやろマジでぶっ殺してやろうか!!?
なんで敢えて豚なんだよ! ここは犬だろ! 百歩譲っても猫だわ!
最悪猫なら「あーうちの猫散歩好きな猫なんだよ」って言えるだろ!? いるもん偶に猫にリードして散歩してる人!!
なんでよりにもよって豚なんだよこの雌豚ァ!!
「そ、そうなんだよ。俺のペットぶ……豚なんだよ」
「なんて名前なのよ?」
「え……? ぶ、ブリトニー……」
「へ〜変わった名前ね。ほら怖くないわよおいでブリトニー」
杏理は茂みに向かって声をかける。
やめてくれ杏理。なんで信じてくれんだよ……嘘ついてるこっちが心苦しいだろうがよぉ……。
「ぶ、ぶひぃ……」
「んー怖がって来ないわね」
ほんとお前さぁ!?
天さんアンタさぁ! 杏理の優しさを利用してこの状況楽しんでない!? マジでふざけんなよ!?
「あ、あまり近付かない方が良いぞ……。そいつ馬鹿だから襲ってくるからな? 馬鹿だから」
「臆病なのに凶暴なの?」
「おう。例えるなら”女騎士に群がるオーク”みたいに凶暴だぞ」
「なにそれどういうこと?」
あ、ヤバいこれ普通にセクハラだ。
杏理がそういう知識が無くて良かった。ついついゲーム脳で答えてしまった……いかんいかん。
「と、とりあえず俺そろそろ家戻るわ。またな杏理」
「そうね私もアイス買ってるし帰るわね。じゃあね雨上」
「おう」
「今度はブリトニーちゃん撫でさせてちょうだいね」
「お、おう……」
別れの挨拶を交わし、杏理がコンビニ袋をぶら下げて去ってゆく。それを呆然と眺めていると茂みから天が顔だけ出して声をかけてきた。
「なんとか行ったようだね」
「えぇそうですね」
「どうだろう私の演技力は、なかなかなものだっただろう?」
「えぇそうですね」
「ん? なんか返事がおかしくないかい?」
「そんなことないですよ。それより天ちょっと立ち上がってくれないか?」
了解したよ、と指示に素早く従い起き上がった天、俺はその両頬に手を添えて強く摘み____勢い良く横に引っ張った。
「ごひゅひんはま! いはいいはいいよぉぉ!!」
「おのれは馬鹿か!? 阿呆なのか!? なんであそこで豚の鳴き真似なんだよ!! この頬引き千切って本物の豚の餌にしてやろうかぁ!!?」
「いはいいはい____あ、でも悪くないかも」
「本当に終わってる! お前に敬語使ってる自分が悲しくなってきたわ!」
こうして夜が更けていく。
今思えばこんな馬鹿騒ぎをしているのが広い公園で良かった。こんなこと他でやってたら明らかに近所迷惑だ。
あ、てかこんな変態連れてる時点で人気があったら近所迷惑どころか公然猥褻で捕まるじゃん。恐ろしいなおい……
……あ、その場合俺も捕まるのか。なんだろう罪状は変態不法所持とかかなぁ……(遠い目




