第32話 お話ししましょうお姉様
「なるほど、じゃあご主人様は乱華に連れられてこの家に来たわけか」
「そのご主人様ってやめてくんない?」
乱華の部屋でお互いに座って天先輩と対面した俺は、先輩にここまで来たことの事情を説明した。そう言っても全てを説明したわけじゃない。爆弾のことや乱華の本性については特には伝えなかった。
正直天先輩に言ったところで解決するとは思えないしな。
「それはそれとしてご主人様一つ聞いて良いだろうか?」
天先輩は質問がある意を伝えるように小さく手を挙げ言った。
「さっき私の顔を踏んでいただろう? その事なんだが……」
「あ、すいません。さすがやり過ぎましたよね……」
「いや? それはむしろご褒美だからもっとやって欲しい。こちらから頼みたいくらいだ」
「うわ……この雌豚マジできっも……」
「んぁッ……」
こちらがガチで引いているというのに、見て分かる程嬉しそうにする先輩。ドン引きである。
「……ご主人様私は真面目な話をしているんだよ? いきなり私を喜ばせるのはやめてくれないか?」
「いつ俺が喜ばせた? 脳みそ腐ってんのか?」
「くっ! ……だ、だからやめたまえご主人様……」
本当どうしようもないなこの人……。
「それで? いい加減どうしたのか話してくれませんか先輩?」
「ふー……いやね、さっきご主人様が私を踏んだ時にチョーカーが変だったんだよ」
「変?」
「あぁ、こう“赤く点滅”していてね」
「え? 点滅……?」
何故に点滅? そんな言葉を口にした瞬間にふと乱華に言われたある記憶が蘇った。
『これで私の命令には絶対服従だから、爆破の条件はさっきも言ったけど私の機嫌を損ねたら起爆するからな? お姉様に十秒以上触れても爆破するぞ。それに当たり前だけど無理矢理外そうとしてもアウトだ。言ってる意味分かるよな? じゃあ早速の命令だけど____』
……へ?
『……“お姉様に十秒以上触れても爆破するぞ”』
危ねぇーーーー!!!? さっき平然と踏んでたけど危なかったじゃねぇかよ!!! 即爆破じゃなくて十秒で良かった!! 危うくキャストオフするところだったわ!!
「大丈夫かいご主人様?」
俺の溢れ出る汗や、挙動不審な様子を見て天先輩は心配そうに手を伸ばし声を掛けてくれたのだが俺は____
「触んじゃねぇ雌豚!!」
「____ッ!!! だ、だから君はどこまで私を喜ばせるつもりなんだ!」
こ、この雌豚不死身か!? 今の言葉を聞いてそんな言葉を返すとか普通じゃねぇだろ!? あ、そうだ普通じゃないんだったわ。
呆れて言葉を失ってしまったがさてどうしたものか、爆破はしていないけれどチョーカーが本物の可能性が俺の中でかなり強まってしまった。というか猫は被っていたが乱華が嘘をつく性格とは思えない。多分ではあるがこのチョーカーは本物なのだろう。
なら尚更天先輩と接触したくない。まぁ元からこんな変態とは会いたくないのだけれど……。
「あれ?」
そこでふと俺にも疑問が浮かんだ。
「そういえば天先輩はなんでここにいるんですか?」
「可笑しい事を言うねご主人様、私の家なんだから居て当たり前じゃないか」
「え、い、いやそうじゃなくてですね? なんで乱華の部屋にいるのかなと……」
「ん? あーなるほどそういうことか、決まっているだろう乱華と話すためだよ」
「だからってじゃあ何故にベッドの下に隠れてんだよ……」
ついついツッコミを入れてしまうが、いけないこのままじゃ話が進まない。俺は深呼吸をして呼吸を整え再度聞いてみた。
「じゃあ俺居ない方がいいですよね。あまり人に聞かれたくない話とかかもしれないですし」
「いやご主人様は寧ろ居て欲しい。その方がどちらの意見も聞けて相違点も分かるしね」
「相違点?」
「そうだ。まだ乱華は戻らないようだし先にご主人様に聞いてみる事にしようか」
なにをですか、そう声を発しようした時だった。
「え……」
突如首元に向けられた見覚えのある桜の模様の入った美しい刀身____確か名前は枝垂桜だったか……。
ともかく流石先輩だ。目にも止まらぬ速さで刀を向けられている。油断していたのもあるが全く反応できなかった。
俺は無抵抗を示す為に両手を上げて大人しく先輩の言葉を待つ。
「ご主人様は乱華と付き合い始めた……これは本当か?」
「あ、いやそれは____」
「質問に答えてくれ」
「……ほ、本当です」
そうか……、天先輩は俺の答えを聞くと刀を下げた。
「乱華にも困ったものだな……」
呟くように言った先輩は刀を鞘に戻し部屋を去ろうとした。俺はそれに妙な胸騒ぎを感じ慌てて引き留めた。
「先輩! ど、どこに行くんですか……?」
「決まっているだろう」
そんな俺の言葉に天先輩は瞳孔の開いた目を向け言い放った。
「乱華を殺す」
「え……」
先程までの変態先輩とは思えない程冷たく感情の籠っていない言葉、そのあまりにもな態度の先輩に俺は『な、なんでですか?』と聞き返す。
「私の大切な者を”ご主人様”を奪おうとするからだよ」
「そ、そんな事でですか?」
「そんなこと? そんなことだって? いくらご主人様でもそんな風を言われたくなかったよ」
俺の言葉に冷たくまるで機械の様に淡々と話していた先輩は僅かに眉を顰めた。
「私は周りに完璧であれと、完璧でいろと、いて欲しいと常にそんな感情を抱かれていてね。父様や母様、学校の先生達と全生徒、この神社を知る町の人々……全ての人の期待がのしかかっているんだよ」
「……そ、そんなに?」
「心君だってそうさ、最初は他の人と違うと思っていたが結局彼女も私に”生徒会長なんだから”と理想を求めるんだよ」
「心は別に悪気があって言ったわけじゃないですよ……」
「そうかもしれないね。でも私には“その程度のことすら”耐えられないんだよ。もう嫌なんだ……本当の自分でいたいんだ……」
「……先輩」
この姉妹はなんだかんだ似た者同士なのだろう。周りに嫌われたくない妹と、周りの期待が耐えられない姉。どちらも”他人からの評価に囚われている”のに変わりない。
「ご主人様……君は私に興味がないのだろう。というより他人に興味があまりないのかな? どこか自分のことよりも誰かの事ばかり優先している。そんな感じがする」
「……どうですかね?」
「私はそんな君だから惹かれたのかもしれない」
「俺も先輩に何かを期待するかもしれませんよ?」
「しないだろ。君は何処か他人に関心がない様だしね」
「……」
この雌豚先輩……ただのマゾだと思っていたが流石優等生だ。なんだかんだ色々見ている。
「だから私は許せないんだよ。大切なものを奪われるのが……」
そう言って先輩は部屋を後にする。乱華の場所が分かるからか廊下をゆっくり歩き確実に進んで行く。
どうすればいい。この状況を回避するにはどうすれば良いのか。
その事だけで俺の頭が、思考が激しく回転する。先輩はきっと下手なことじゃ止まらない。言葉を間違えればなんだったらもっと酷いことになるかもしれない。それだけは避けたい。
『お姉様』
天先輩の話をする時の乱華がどれだけ楽しそうにしていたか俺は知っている。いや俺しか知らない。
本当の先輩も知っているが、本当の乱華も知っているんだ。どちらも全部とは限らないが二人が普段見せない姿を俺は知っている。
そんな似た者同士の二人にこれからも仲良くしていて欲しい。俺はここで出来る最善の手を打つことにし、そしてそれを瞬時に思いついた。
「天先輩!」
「……なにかな」
立ち止まってくれた先輩に俺は一つの大事な事を告げた。
「俺達付き合っているフリをしているだけなんです」
そう言うと先輩は早歩きで俺の側までやって来て、
「話を聞こうか」
俺の特技”嘘”でこの場を乗り切ることにした。




