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第7話:初めての共同作業と、隠された才能

じめじめとした空気が肌にまとわりつき、鼻を突く悪臭が思考を鈍らせる。アークライトの地下に広がる石造りの下水道は、まるで迷宮のようだった。光源は、俺が武具屋で買っておいた魔道具のランタンと、リオが手のひらに灯した小さな火の玉だけだ。

「師匠、こっちで合ってますか……?」

不安げに尋ねるリオに、俺は力強く頷いてみせる。

「ああ、問題ない。俺の鑑定によれば、第3区画はこの先だ」

俺の視界の端では、常に鑑定スキルが発動している。壁の構造、水の流れ、空気のかすかな淀み。それらすべてを鑑定し、脳内で三次元マップを構築していく。落とし穴や構造の脆い場所、魔物の気配が濃いエリアを正確に把握し、最も安全なルートを選択する。これが、戦闘力ゼロの俺がパーティーの先頭に立つ理由だ。斥候スカウト盗賊シーフが持つ危険察知スキルを、俺は鑑定という形で、しかもより高精度で再現できる。

しばらく進むと、開けた空間に出た。そこには、鑑定情報通り、半透明の緑色の体をしたスライムが十数匹、うごめいていた。通常のスライムよりも一回り大きく、体を蠢かせるたびに、地面の石をジリジリと溶かす液体を撒き散らしている。あれがアシッドスライムか。

「リオ、あれがターゲットだ。鑑定結果通り、火に弱い。だが、酸を飛ばしてくる可能性があるから、距離を取って一気にやるぞ」

「はい、師匠!」

俺の指示に、リオは真剣な顔で頷く。彼女は一歩前に出ると、小さな手をスライムの群れにかざした。その姿はまだ幼い少女のものだが、その身に宿す魔力は、俺の鑑定をもってしても底が見えない。

「燃えろ、小さな炎! 『ファイアボール』!」

リオの詠唱に応え、その手のひらから放たれたのは、「小さな炎」とは名ばかりの、バスケットボールほどの大きさの灼熱の火球だった。火球は正確にスライムの群れの中心に着弾し、轟音と共に爆発した。爆風が俺たちの髪を激しく揺らす。

「「「ギュルルルルッ!!」」」

アシッドスライムたちは断末魔の悲鳴を上げる間もなく、一瞬で蒸発していく。火と酸が混じり合った刺激臭が立ち込めるが、敵は一匹残らず消滅していた。

「……やりすぎだ、リオ。威力を半分に抑えろと言っただろ」

「ご、ごめんなさい、師匠! 半分に抑えたつもりだったんですけど……」

しょんぼりするリオの頭を軽く撫でる。彼女の才能【魔導の寵児】は、あらゆる魔法の効果を本人の意図以上に増幅させてしまうのだ。これも実践を積んで、コントロールしていくしかない。

俺は気を取り直し、空間の奥へと視線を向けた。そこには、他のスライムたちとは比較にならないほど巨大な、直径2メートルはあろうかというアシッドスライムが鎮座していた。あれが、この騒動の元凶、『呪われた宝珠』を取り込んでいる個体だろう。

「リオ、次はあいつだ。だが、待て。何か様子がおかしい」

俺は巨大なスライムを慎重に鑑定する。

『名称:スライム・オーバーロード(呪染)/状態:呪われた宝珠の魔力により暴走中/スキル:超速再生、酸性体液(強)、物理攻撃耐性(極)/隠された情報:体内の宝珠が弱点。しかし、宝珠は強力な魔力障壁で守られている。火属性魔法は有効だが、並大抵の威力では再生速度を上回れない』

「……厄介だな」

物理攻撃はほぼ効かず、弱点の宝珠は魔力障壁で守られている。並の魔法では、ダメージを与えるそばから再生されてしまうだろう。普通の冒険者なら、ここで詰んでいてもおかしくない。

「師匠、どうしますか?」

「……リオ。お前の全力の魔法を、俺が指定する一点にだけ叩き込めるか?」

「一点、ですか?」

「ああ。俺が合図したら、奴の体の、寸分違わず『右斜め上、表面から30センチの地点』を狙え。いいな、絶対にズラすなよ」

俺はミスリルの短剣を抜き、スライム・オーバーロードに向かって駆け出した。

「師匠!? 危ないです!」

リオの悲鳴を背に、俺は敵の巨体へと肉薄する。もちろん、まともに戦う気などない。これは陽動だ。そして、俺にしかできない、最後の仕上げのための布石。

敵が俺を認識し、体の一部を触手のように伸ばして叩きつけてくる。俺は鑑定スキルによる「未来予測」――敵の攻撃モーションから着弾点をコンマ数秒先読みする――を駆使し、紙一重でそれを回避し続ける。まるで薄氷の上で踊るような、危険極まりないダンスだ。

俺は敵の注意を完全に引きつけながら、ある一点を探していた。鑑定で視える、魔力の流れの渦。スライムの体内にある魔力障壁の、ほんの一瞬だけ、魔力の供給が途切れる結節点。それは、心臓の鼓動のように、ごく短い周期で現れては消える。

「――ここだ!」

俺はそのタイミングを完全に見計らい、敵の巨体に駆け上がると、ミスリルの短剣を突き立てた。物理攻撃は効かない。だが、この短剣は違う。

『ミスリルの短剣/詳細:……古代の呪いによって黒ずんでおり、その真価が隠されている』

俺はこの短剣の「呪い」を鑑定し、その正体が「魔力吸収の呪い」であることを突き止めていた。そして、その解除方法が「より強力な魔力を注ぎ込むこと」であることも。

短剣が突き刺さった瞬間、俺は叫んだ。

「今だ、リオ! やれぇっ!」

俺の合図と同時に、リオの最大火力が放たれる。もはや『ファイアボール』などという可愛らしいものではない。彼女の才能が遺憾無く発揮された、巨大な炎の槍――『フレイムランス』だ。

炎の槍は、俺が短剣を突き立てた一点に、寸分の狂いもなく着弾した。

スライムの再生能力を、魔力障壁を、そして俺の短剣がこじ開けた魔力の結節点を、すべて飲み込み、焼き尽くしていく。

「ギィィィィィィィアアアアアアッ!!」

スライム・オーバーロードは凄まじい絶叫を上げ、その巨体を維持できずに崩壊していく。そして、その中心から、黒い瘴気を放つ禍々しい宝珠が姿を現した。

俺はすかさず、ゼノンから渡された清浄な布で宝珠を包み込む。すると、あれほど満ちていた呪いの気配が、嘘のように霧散した。

静寂が戻った下水道で、俺とリオは肩で息をしていた。

「はぁ……はぁ……師匠、すごい……。どうして、あの場所が弱点だって分かったんですか?」

「言っただろ? 俺にしかできないやり方があるってな」

俺はそう言って笑いながら、手にした短剣に目を落とす。スライムの体液と、リオの超高密度の魔力を浴びたミスリルの短剣は、その表面を覆っていた黒い呪いが剥がれ落ち、月光のような美しい銀色の輝きを取り戻していた。

『名称:真・ミスリルの短剣/等級:伝説級レジェンダリー/価値:計測不能/特殊能力:魔力増幅(大)、スキル付与エンチャント、所有者同調』

鑑定スキルによる情報収集と未来予測、リオの圧倒的な火力、そして鑑定で見抜いた武器の真価。そのすべてが噛み合った、完璧な勝利だった。

これが俺たちの戦い方だ。俺が「脳」となり、リオが「力」となる。二人で一つ。俺は、このコンビならどこまでも成り上がれると、確かな手応えを感じていた。

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