第8話:金貨の報酬と、スキルブックの解読
薄暗い下水道から地上に戻った俺たちは、まるで別世界に帰ってきたかのような安堵感に包まれた。太陽の光がこれほどまでに温かく、新鮮な空気がこれほどまでに美味しいとは。リオも隣で「ぷはーっ」と大きく息を吸い込んでおり、その表情は達成感と疲労が入り混じっている。
「師匠、僕たち、やりましたね!」
「ああ、お前の魔法がなきゃ、どうなっていたことか。最高のパートナーだ、リオ」
「えへへ……」
俺がそう言って頭を撫でると、リオは満面の笑みを浮かべた。初めての共同作業、初めての本格的な戦闘。それは、俺たちの間に確かな絆と信頼を育んでくれた。
俺たちは人目を忍んで、錬金術師ギルドの裏口へと向かった。合言葉を告げると、中から現れたのは、人の良さそうな初老の男性だった。彼が今回の依頼主、錬金術師ギルドの支部長・マイスナー氏らしい。
俺が清浄な布に包まれた『呪われた宝珠』を差し出すと、彼は安堵の表情を浮かべ、慎重にそれを受け取った。
「おお……! よくぞ、本当によくぞ回収してくれた! これがもし、さらに長く放置されていたら、呪いが下水道全体に広がり、アークライトの街そのものが汚染されていたやもしれん。君たちは、この街の危機を救ってくれたのだ」
マイスナー氏は俺たちをギルドの応接室に通し、労いの言葉と共に、ずっしりと重い革袋をテーブルの上に置いた。
「約束の報酬、金貨10枚だ。そしてこれは、我々からの感謝の印。内密の依頼ゆえ、君たちの功績を公にできないのが心苦しいが、どうか受け取ってくれたまえ」
そう言って差し出されたのは、さらに金貨5枚が入った別の袋だった。合計、金貨15枚。Fランク冒険者からすれば、一生かかっても稼げないかもしれない大金だ。俺はごくりと喉を鳴らし、その報酬をありがたく頂戴した。
「それと、ケンジ君。君が使っていたその短剣……少し見せてもらってもいいかね?」
マイスナー氏の視線は、俺の腰にある『真・ミスリルの短剣』に注がれていた。俺が鑑定すると、彼には『鑑定』や『錬金術』の高いスキルがあることが分かる。隠しても無駄だろう。俺が短剣を渡すと、彼は鑑定用の片眼鏡をかけ、食い入るようにそれを見つめ始めた。
「なんと……! 呪いが解けている……!? しかも、これほどの高純度のミスリル……。伝説級と言っても過言ではない逸品だ。まさか、宝珠の呪いと君の魔力が化学反応を起こし、浄化の触媒となったとでもいうのか……。いや、だとしても、これほどの奇跡は……」
ぶつぶつと専門用語を呟きながら興奮するマイスナー氏をなだめ、俺たちは錬金術師ギルドを後にした。帰り道、リオが不思議そうに俺を見上げる。
「師匠、すごいんですね。僕、師匠は戦えないのかと思ってました」
「俺は戦えないさ。ただ、少しだけ『物』のことが分かるだけだ。今回は、たまたまそれが上手くいった」
俺はそう言って笑った。リオには、俺の鑑定スキルの本当の力はまだ話していない。だが、いつか彼女がもっと成長した時には、すべてを打ち明けるつもりだ。この世界で、彼女は俺が唯一、心から信頼できるパートナーなのだから。
◇
その日の夜。俺は一人、自室でゴブリンの洞窟の隠し部屋で見つけた、あの古びた宝箱と向き合っていた。下水道の依頼で後回しになっていたが、いよいよこれを開ける時が来た。
宝箱には鍵がかかっていたが、鑑定スキルで構造を調べ、針金を使ってピッキングすることで、意外とあっさり開けることができた。中に入っていたのは、たった一冊の、分厚い革張りの本だった。
表紙には、俺の知らない古代の文字が刻まれている。だが、俺がそれに触れた瞬間、鑑定スキルが自動的に発動し、その文字が脳内に直接流れ込んできた。
『名称:スキルブック『模倣』/等級:唯一級/価値:計測不能/詳細:古代文明の叡智の結晶。所有者は、鑑定した対象が持つスキルを一つだけ、一時的に模倣して使用することができる。模倣したスキルの練度は、所有者の『鑑定』スキルの練度に依存する』
「……スキルブック……だと?」
ラノベやゲームでよく見る、あの都合のいいアイテムが、今、目の前にある。しかも、その効果は、俺の鑑定スキルと最高に相性がいいものだった。
鑑定した相手のスキルをコピーできる。つまり、剣士を鑑定すれば剣術が、魔法使いを鑑定すれば魔法が、一時的に使えるようになるということか。戦闘力ゼロという、俺の最大の弱点を克服できる、まさに夢のようなスキルだ。
俺は逸る心を抑え、スキルブックのページをめくった。中には複雑な魔術的な図形が描かれているだけで、文字は一つもない。だが、鑑定スキルがその図形の意味を解読していく。
『スキルブックの使用方法:所有者が手のひらを本の中心に置き、「我は汝の主、我が力となれ」と強く念じることで、所有者の魂にスキルが刻印される。一度使用すると、本は消滅する』
俺は深呼吸を一つすると、意を決して、本の中心に描かれた円陣に手のひらを置いた。そして、目を閉じ、教えられた通りの言葉を心の中で強く念じる。
「――我は汝の主、我が力となれ」
その瞬間、本がまばゆい光を放ち、俺の体は再びあの異世界に来た時のような、強烈な浮遊感に襲われた。頭の中に、膨大な情報が滝のように流れ込んでくる。それは、スキルの使い方、発動条件、そしてリスク。すべてが、知識として俺の中に根付いていく感覚。
やがて光が収まった時、手のひらにあったはずのスキルブックは、光の粒子となって跡形もなく消え去っていた。そして、俺の目の前には、あの半透明のステータスウィンドウが現れていた。
『名前:ケンジ・ミヤシタ/種族:ヒューマン/職業:冒険者(F)/レベル:2/スキル:鑑定 [ユニーク], 言語理解, 模倣 [ユニーク]』
スキル欄に、新たに追加された『模倣』の文字。俺は、震える手で拳を強く握りしめた。
これで、俺もようやく、この世界の冒険者として、本当のスタートラインに立つことができた。鑑定スキルで情報を制し、模倣スキルで力を得る。この二つのユニークスキルを手に、俺は誰にも真似できないやり方で、この世界を成り上がっていく。
俺は窓の外に広がる異世界の夜空を見上げ、静かに、しかし力強く、新たな決意を固めるのだった。




