第5話:冒険者ギルドの洗礼と、鑑定の真価
新しい生活が始まって数日。リオは毎日ゼノンの元へ魔法修行に通い、サラさんは家のことをしながら、時折近所の人と談笑するなど、少しずつ新しい生活に慣れてきていた。俺も、この世界のことをもっと知るため、そして安定した収入源を確保するために、いよいよ冒-険者ギルドの門を叩くことにした。
ギルドの中は、むせ返るような熱気と汗、そして酒の匂いに満ちていた。屈強な戦士、軽装の盗賊、ローブを纏った魔法使い。誰もが歴戦の猛者といった風体で、俺のような、どこからどう見ても素人の男は完全に浮いていた。あちこちから「なんだ、あのひょろいのは」「場違いだぜ」といった嘲笑や侮蔑の視線が突き刺さる。
だが、俺は動じない。彼らがどれだけ強くても、俺には俺の戦い方がある。俺はまっすぐ受付カウンターへ向かい、登録手続きを申し込んだ。
「名前は?」「ケンジです」
「戦闘経験は?」「ありません」
「魔法は使えるかい?」「使えません」
受付嬢のアイナさんは、俺の答えを聞くたびに呆れたようなため息をついた。彼女の胸元で揺れるネームプレートを鑑定すると、『名前:アイナ/状態:仕事にうんざりしている、昼食のことで頭がいっぱい』という、どうでもいい情報が浮かび上がってきて、思わず苦笑しそうになる。
「あんたねぇ……。冒険者を舐めてるのかい? ここは遊び場じゃないんだよ。死にたくなきゃ、おとなしく街の掃除でもしてた方が身のためさ」
アイナさんの言葉は辛辣だが、正論だった。俺のような戦闘力ゼロの人間が、普通に依頼を受ければ死ぬのがオチだろう。だが、俺は「普通」ではない。
「それでも、俺にしかできないやり方があるんで。お願いします」
俺の妙な自信に何かを感じたのか、アイナさんは「ふん、どうなっても知らないからね」と吐き捨てながらも、Fランクの冒険者カードを発行してくれた。真新しい銅製のカード。これが、俺の異世界での社会的な身分証明書だ。
さて、問題は最初の依頼選びだ。ギルドの壁には、多種多様な依頼書が所狭しと貼られている。薬草採取、ゴブリン討伐、商人の護衛……。周りの冒険者たちは、報酬や難易度を見比べて依頼書を剥がしていく。
俺もその輪に加わり、一枚一枚、依頼書を鑑定していく。これが、俺の冒険者としての生命線だ。
『依頼内容:薬草「月光草」の採取/場所:南の森/報酬:銅貨30枚/隠された情報:最近、森の奥で上位種のホブゴブリンの目撃情報あり。ギルドは未把握。依頼達成の危険度:高』
「うおっ、危ねぇ……」普通に受ければ、ホブゴブリンとの遭遇は避けられないだろう。Fランク冒険者が手を出せば、まず間違いなく死ぬ。
『依頼内容:坑道のゴブリン討伐/場所:西の廃坑道/報酬:ゴブリン1体につき銅貨5枚/隠された情報:坑道の一部が崩落寸前。戦闘の衝撃で生き埋めになる可能性あり。依頼達成の危険度:極めて高』
これもダメだ。鑑定がなければ、ただのゴブリン討伐依頼にしか見えない。どれだけ多くの冒険者が、こういった「隠された危険」によって命を落としてきたのだろうか。背筋が少し寒くなる。
俺は他の冒険者に怪しまれないよう、慎重に、しかし迅速に鑑定を続けていく。そして、十数枚鑑定したところで、ついに「当たり」を見つけた。
『依頼内容:迷子の子猫「タマ」の捜索/依頼主:パン屋の娘・ミリー/報酬:銅貨20枚/隠された情報:タマはパン屋の裏手にある倉庫の、一番奥に積まれた古い樽の中で眠っている。依頼達成の危険度:皆無』
「……これだ」これなら危険はないし、確実に達成できる。俺は周囲に気づかれないよう、何でもない顔でその依頼書を剥がし、再びアイナさんのカウンターへ持っていった。
「あら、あんた。初仕事が猫探しとはね。まあ、あんたにはお似合いか」
アイナさんは鼻で笑ったが、俺は気にしない。彼女には、この依頼が俺にとってどれほどの「宝」であるかは分かるまい。
商業区のパン屋へ向かうと、店の前で小さな女の子がしくしくと泣いていた。依頼主のミリーちゃんだろう。俺が冒険者だと名乗ると、彼女は涙ながらに事情を話してくれた。
俺はミリーちゃんの頭を優しく撫で、「大丈夫、すぐに見つけてきてあげるから」と微笑みかける。そして、店の裏手にある倉庫へ向かった。鑑定情報通り、薄暗い倉庫の一番奥に、古い樽がいくつか積まれている。その一つの樽から、すーすー、という小さな寝息が聞こえてきた。
子猫を無事保護し、ミリーちゃんに引き渡すと、彼女は「タマだー!」と叫んで子猫に抱きつき、満面の笑みで俺を見上げた。「お兄ちゃん、ありがとう!」
こうして、俺の冒険者としての初仕事は、移動時間を含めてもわずか30分ほどで完了した。ギルドに戻って報告を済ませると、銅貨20枚の報酬と、ミリーちゃんの父親であるパン屋の店主から「お礼だ、持っていきな」と、焼きたてのパンをたくさん貰った。
カウンターで報告書を処理していたアイナさんが、信じられないといった顔で俺を見る。
「あんた、すごいじゃないか……。他の冒-険者たちが半日探しても見つからなかったんだよ、その猫。どうやって見つけたんだい?」
「さあ? 運が良かっただけですよ。猫に好かれる性質なのかもしれません」
俺は適当にはぐらかしたが、内心では鑑定スキルの万能さに笑いが止まらなかった。危険な戦闘依頼を避け、鑑定で確実に解決できる依頼だけを選んでこなしていく。これこそ、戦闘力ゼロの俺にしかできない、最高の戦い方だ。俺は、このやり方で冒険者として成り上がっていくことを、強く心に誓った。




