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第4話:金貨の使い道と、鑑定士の流儀

ゼノンの店で交わした約束は、すぐに果たされた。老賢者は店の奥から、厳重に封をされた小さな小瓶と、ずっしりと重い革袋を二つ、カウンターに置いた。

「こっちが約束の薬、『生命の霊薬』だ。どんな病もたちどころに癒す秘薬じゃ。そして、こっちがスマホの代金、金貨200枚。確かめてくれ」

俺はゴクリと喉を鳴らし、小瓶を手に取った。もちろん、やることは一つだ。

『名称:生命の霊薬(小)/等級:超級ハイポーション/価値:金貨30枚相当/詳細:聖なる泉の水を基に、高位の錬金術師が作り出した秘薬。肉体の損傷、病魔、呪いなど、あらゆる状態異常を快方に向かわせる。ただし、失われた身体部位の再生はできない。非常に希少価値が高い』

鑑定結果は、ゼノンの言葉に偽りがないことを示していた。それどころか、金貨200枚という破格の取引の中で、これを譲ってくれたのは彼の温情だろう。俺は深く頭を下げ、リオの手を引いて店を出た。

向かったのは、アークライトの中でも貧しい人々が暮らす一角。今にも崩れそうな家の中、簡素なベッドに一人の女性、リオの母親のサラさんが横たわっていた。その顔色は青白く、浅い呼吸を繰り返している。鑑定するまでもなく、衰弱しきっているのが分かった。

俺はサラさんの体をゆっくりと起こし、「生命の霊薬」を飲ませた。すると、信じられないことが起きた。薬を飲み干したサラさんの体から淡い光が溢れ出し、見る見るうちに顔色と髪の輝きが戻っていく。数秒後、そこにいたのは先ほどまでの病人ではなかった。

「あ……体が、軽い……?」

サラさんは、信じられないといった様子で自分の手を見つめている。その様子を見て、リオの瞳から大粒の涙が溢れ出した。

「お母さん……! よかった……本当によかった……!」

母娘は、どちらからともなく抱き合った。それは、俺が立ち入ることもできない、二人だけの時間だった。俺は静かに部屋を出て、外の空気を吸う。スマホ一台で、一つの家族の未来が救われた。元の世界では誰の役にも立てなかった俺が、この世界では誰かを助けることができる。その事実が、胸に温かいものを灯してくれた。

しばらくして、リオが部屋から出てきた。その目はまだ赤かったが、表情は今まで見た中で一番晴れやかだった。

「師匠……本当に、本当にありがとうございました! 僕、決心しました。お母さんを守れるように、そして、師匠の役に立てるように、絶対に強くなります!」

その言葉に、もはや少年を演じるための強がりはなかった。一人の少女としての、純粋で、力強い決意。俺はリオの頭をくしゃりと撫でた。鑑定スキルがもたらした最初の奇跡は、俺の心にも確かな温もりを残してくれた。

翌日。リオはゼノンの元へ魔法修行に、サラさんは療養も兼ねて家で休んでもらうことになった。俺は一人、懐に金貨の大半をしまい込み、アークライトの街へと繰り出した。目的は、今後の生活の基盤を整えること。そして、この鑑定スキルという唯一無二の武器を、最大限に活用するための準備だ。

まず向かったのは、商業区の一角にある不動産屋が軒を連ねる通りだ。どの店に入るか。普通の人間なら、店の構えや看板の立派さで選ぶのだろう。だが、俺には鑑定スキルがある。

一軒目の店の看板を鑑定する。『看板:オーク材/状態:良好/隠された情報:店主は口八丁で、相場より二割高い物件を初心者に売りつけることを得意としている』。……危ない危ない。いきなり悪徳業者だ。

二軒目。『看板:レンガ造り/状態:ひび割れあり/隠された情報:経営難。手付金を持ち逃げする計画を立てている』。……論外だ。

三軒、四軒と鑑定を続けていくと、通りの一番奥に、古びてはいるが手入れの行き届いた小さな店を見つけた。

『店主:マルク/種族:ヒューマン/職業:不動産屋/状態:誠実、実直/隠された情報:人柄は良いが、商売下手で儲かっていない。顧客の利益を第一に考えるため、同業者からは煙たがられている』

「ここにしよう」俺は迷わずその店の扉を開けた。

人の良さそうな店主のマルクさんに事情を話すと、彼は親身になって相談に乗ってくれた。金貨200枚という予算を聞いて目を丸くしていたが、すぐにいくつかの物件を提示してくれた。俺はその物件資料に書かれた羊皮紙すらも鑑定し、それぞれの家の状態、日当たり、水回りの構造、そして「隠された情報」として過去の欠陥やご近所トラブルの有無まで洗い出す。

最終的に俺が選んだのは、職人街の近くにある、小さな庭付きの石造りの家だった。鑑定結果によれば、元は腕の良い家具職人が住んでいた家で、造りがしっかりしている上に、地下には防音の工房までついている。リオが魔法の練習をするのにもってこいだ。

「金貨5枚で、家具もそのまま使っていい」という破格の条件に、俺は即決した。マルクさんは「本当にいいんですか? もっと高い物件もご紹介できますが……」と最後まで心配してくれたが、俺にとってはこれ以上ない優良物件だった。鑑定スキルがなければ、この価値には絶対に気づけなかっただろう。

次に訪れたのは、冒険者ギルド御用達の武具屋だ。俺自身も、いつまでも丸腰ではいられない。店内には、いかにも高価そうな剣や鎧が並んでいるが、俺は目もくれない。俺が探すのは、価値と価格が見合っていない「掘り出し物」だ。

店の隅で、他の武具とは別に、埃をかぶった木箱に無造作に突っ込まれている武器の山があった。「ご自由にどうぞ。一本、銀貨一枚だよ」と、ドワーフの店主がぶっきらぼうに言う。いわゆる、訳あり品のコーナーだろう。

俺は客のふりをして、一本一本、鑑定していく。

『鉄の剣/状態:刃こぼれ』

『木の盾/状態:腐食あり』

『革の鎧/状態:硬化、ひび割れ』

やはり、ほとんどがガラクタだ。だが、諦めずに鑑定を続けていくと、一本の黒ずんだ短剣に目が留まった。

『名称:ミスリルの短剣/等級:希少レア/価値:金貨3枚相当/詳細:魔銀ミスリルで作られた短剣。非常に軽く、魔力伝導率が高い。古代の呪いによって黒ずんでおり、その真価が隠されている。見た目が悪いため、価値が分からぬ者にはガラクタに見える』

「……あった」心の中でガッツポーズをする。俺はポーカーフェイスを保ちながら、その短剣を手に取った。

「店主、これをもらうよ」

「おう、毎度あり。銀貨一枚だ」

ドワーフの店主は、俺がガラクタを選んだとでも思ったのだろう。何の疑いもなく短剣を渡してくれた。金貨3枚の価値があるものを、銀貨1枚で手に入れる。差額は金貨2枚と銀貨99枚。戦闘力ゼロの俺が、この世界で唯一稼げる方法。それが鑑定スキルによる「裁定取引アービトラージ」だ。

家、服、そして武器。一日で、俺たちの生活環境は劇的に変わった。その日の夜、新居のダイニングテーブルで、俺とリオ、そしてすっかり元気になったサラさんの三人は、温かいシチューを囲んでいた。

「すごい……こんな素敵なお家に住めるなんて、夢みたいです」

サラさんが、感極まったように言う。リオも、新しい服の袖を嬉しそうに撫でながら、シチューを頬張っている。

守るべきものができた。帰るべき場所ができた。

そして、この世界で戦っていくための、俺だけの武器がある。

俺は腰に下げた、まだ黒ずんだままのミスリルの短剣にそっと触れた。この呪いを解く方法も、いずれ鑑定で見つけ出してみせる。俺の異世界成り上がりライフは、まだ始まったばかりだ。戦う力がないのなら、知恵と情報で戦えばいい。俺は、この鑑定スキルを武器に、誰よりも賢く、そしてしたたかに、この世界を成り上がっていくことを、改めて固く誓ったのだった。

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