第1話:未知との遭遇と、鑑定スキルの本当の価値
森の中を、俺はひたすら歩いていた。
どれくらい時間が経っただろうか。太陽の位置から察するに、この世界に来てから既に数時間は経過しているはずだ。空腹と、じっとりとした汗が体力を奪っていく。
「くそ……出口はどっちだよ……」
弱音を吐きながらも、俺は鑑定スキルを使い続けていた。道端の草、奇妙な形をしたキノコ、木々の幹。目につくものすべてを鑑定していく。
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名称:眠り草
種族:植物
価値:銅貨3枚
詳細:弱い睡眠作用を持つ薬草。乾燥させて煎じると、安眠効果のあるお茶になる。ポピュラーな薬草だが、群生している場所は少ない。
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名称:笑いダケ
種族:菌類
価値:銅貨1枚
詳細:食べると一時的に笑いが止まらなくなる毒キノコ。少量なら害はないが、大量に摂取すると呼吸困難に陥る危険がある。使い道はほとんどない。
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「なるほど、薬草とかもあるのか」
眠り草とやらを、鑑定結果を信じて数本引っこ抜き、コンビニ袋に詰める。毒キノコは怖いので放置だ。こんな風に、物の価値が事前に分かるというのは、とてつもないアドバンテージに思えた。知識ゼロの俺でも、安全に換金アイテムを集めることができる。
そんなことを考えていると、茂みの奥からガサガサと音が聞こえた。
「!?」
身構える俺の前に現れたのは、緑色の肌をした、身長1メートルほどの生き物だった。醜く歪んだ顔、手には粗末な棍棒。ラノベやゲームで嫌というほど見た、あのモンスター。
「ゴ、ゴブリン……」
鑑定するまでもない。だが、恐怖に震えながらも、俺は無意識にスキルを発動していた。
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名称:ゴブリン
種族:亜人
職業:なし
レベル:2
HP:120/120
MP:10/10
スキル:
・棍棒術 [F]
状態:空腹、苛立ち
詳細:知能が低く、凶暴な亜人。集団で行動することが多い。左膝に古い傷があり、強く踏み込むことができない。魔石(小)を内包している。
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「弱点まで分かるのかよ!」
鑑定スキルの万能さに驚愕しつつも、状況は最悪だ。レベル2。俺はレベル1。しかも相手は武器を持っている。勝てるわけがない。
ゴブリンが奇声を上げ、こちらに突進してくる。
「うわあああっ!」
俺は咄嗟に、足元に転がっていた「ただの石」を拾い、ゴブリンの左膝めがけて全力で投げつけた。鑑定情報にあった古傷。そこに賭けるしかない。
「ギャンッ!?」
石は見事に命中し、ゴブリンは体勢を崩して転倒した。好機だ!
俺は逃げるという選択肢を忘れ、何を思ったかゴブリンに駆け寄ると、その頭を何度も、何度も踏みつけた。バイトで履き潰したスニーカーの底が、硬い頭蓋骨の感触を伝える。
しばらくして、ゴブリンが動かなくなったのを確認し、俺はぜえぜえと肩で息をした。人生初の、殺生。だが、吐き気よりも、生き延びたという安堵の方が強かった。
ゴブリンの死体は、やがて黒い粒子となって霧散し、後には親指の先ほどの大きさの、くすんだ赤い石だけが残された。
「これが、魔石……」
鑑定してみる。
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名称:魔石(小)
種族:鉱物
価値:銅貨10枚
詳細:魔物の力の源。様々な魔道具の燃料として利用される。冒険者ギルドで換金可能。
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銅貨10枚。眠り草3本分以上の価値だ。命を懸けた割には安い気もするが、今の俺には大金に思えた。
その後、幸いにも魔物に遭遇することはなく、森を抜けることができた。目の前には、緩やかな丘陵地帯と、地平線の彼方に見える城壁に囲まれた街が広がっていた。
「街だ……!」
安堵から、俺はその場にへたり込んだ。
街に入れば、人がいる。情報が手に入る。そして、このコンビニ袋や魔石を金に換えられるかもしれない。
最後の力を振り絞って街を目指す。巨大な城門の前には、鎧を着た兵士が二人、槍を交差させて道を塞いでいた。
「止まれ。身分を証明する物はあるか?」
兵士の一人が、低い声で尋ねる。身分証? そんなもの、あるわけがない。俺は正直に、記憶喪失で所持品もほとんどないと告げた。兵士たちは訝しげな顔をしたが、怪しい魔力や敵意を感じなかったのか、街に入るための「入市税」として銅貨1枚を払えば通してくれるという。
問題は、俺がこの世界の通貨を1枚も持っていないことだ。
途方に暮れた俺は、最後の望みをかけて、ポケットからバイト代の入った財布を取り出した。
「これで、払えないだろうか?」
俺が差し出したのは、一枚の千円札。兵士たちは、見たこともないその「紙切れ」を怪訝そうに手に取った。
「なんだこれは? 紙か?」
「妙な模様が描かれているな……」
兵士の一人が、千円札を鑑定できる魔術師らしき人物の元へ持っていく。俺は祈るような気持ちで待った。頼む、価値があってくれ。
しばらくして戻ってきた兵士は、先ほどとは打って変わって、どこか興奮した様子で俺にこう言った。
「おい、お前……この紙、どこで手に入れた!? 鑑定の結果、とんでもない魔力が宿っていると出たぞ! 『極めて緻密な魔術的意匠が施された紙片。魔力保存の媒体として計り知れない価値を持つ』だと!」
その言葉に、俺は目を丸くした。
ただの千円札が、魔術アイテム?
どうやら俺の鑑定スキルだけでなく、俺が持ってきた現代日本の製品そのものが、この世界では規格外の価値を持つらしい。
兵士は入市税を免除してくれた上、残りの金(福沢諭吉が一枚と、小銭がいくつか)も丁重に返してくれた。
街の中は、活気に満ちていた。石畳の道を、馬車が行き交い、様々な格好をした人々が言葉を交わしている。獣の耳を生やした少女、屈強なドワーフの戦士。本当に異世界なんだと、改めて実感する。
まずは、この世界のことを知らなくては。そして、手持ちのアイテムを換金し、当面の生活基盤を整える必要がある。
俺は、鑑定スキルという最強の武器と、誰も知らない「お宝」をポケットに詰め込み、異世界での第一歩を、力強く踏み出した。




