プロローグ
「うーん……」
コンビニの深夜バイトを終え、古びたアパートへの道を歩きながら、俺、宮下健司は思わず唸り声を上げた。
手にしたスマートフォンの画面には、無情にも「お祈り申し上げます」の文字。これで何社目だろうか。大学を卒業して早二年、俺の就職活動は未だに終わりが見えない。
特にこれといった特技もなければ、誇れるようなガクチカもない。面接で語れるのは、サークル活動で仲間と楽しくやったことぐらい。そんな人間を欲しがる企業なんて、今の日本には存在しないらしい。
「はぁ……いっそ、トラックにでも轢かれて、チート能力もらった異世界にでも転生できねぇかな……」
我ながら情けない独り言が、静かな住宅街に虚しく響く。ラノベの読みすぎだってことは分かってる。でも、そうでも考えなきゃやってられない。
鑑定スキルとかで、一攫千金。美少女エルフや獣人の仲間たちと冒険の旅へ。ああ、なんて都合のいい夢物語だろう。
そんな馬鹿なことを考えていた、その時だった。
不意に、足元のマンホールが目映い光を放った。
「うおっ!?」
あまりの眩しさに目を細める。光は一瞬で俺の全身を包み込み、強烈な浮遊感が襲ってきた。ジェットコースターの頂点から真っ逆さまに落ちるような、内臓がひっくり返るような感覚。悲鳴を上げる間もなかった。
次に目を開けた時、俺は鬱蒼と茂る森の中に立っていた。
「……は?」
アスファルトの道路はどこにもない。代わりに、足元には柔らかな土と草の感触。見上げれば、見たこともないほど巨大な木々が天を突き、その隙間から射し込むのは、日本のそれとはどこか違う、濃厚な光を放つ太陽。小鳥のさえずりも、聞いたことのない音色だ。
呆然と立ち尽くす俺の視界の隅に、ふと半透明のウィンドウのようなものが現れた。ゲームのステータス画面によく似たそれには、こう書かれていた。
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名前:ケンジ・ミヤシタ
種族:ヒューマン
職業:なし
レベル:1
HP:100/100
MP:50/50
スキル:
・鑑定 [ユニーク]
・言語理解
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「……マジかよ」
乾いた笑いが漏れた。本当に、本当に異世界に来てしまったらしい。しかも、あの時冗談で口にした「鑑定」スキルまで手に入れて。
『鑑定』。ラノベでは定番のスキルだ。物の価値や効果、人のステータスまで見抜くことができる、使い方次第では最強にもなりうる能力。
「とりあえず、試してみるか」
俺は足元に転がっていた、こぶし大の石ころに意識を集中し、心の中で「鑑定」と唱えてみた。すると、目の前のウィンドウ表示が切り替わる。
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名称:ただの石
種族:鉱物
価値:なし
詳細:森に落ちているごく普通の石。特に価値はない。投げつけると少し痛い。
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「おお……!」
本当に鑑定できた。あまりにも普通の結果だが、この力が本物であることを証明するには十分だった。
次に、自分の手元にあったコンビニのビニール袋を鑑定してみる。
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名称:ポリエチレン製の袋
種族:人工物
価値:不明(この世界では極めて希少)
詳細:異世界「地球」の技術で作られた人工物。非常に薄く、軽く、水を通さない特性を持つ。この世界の技術では再現不可能。一部の富裕層や研究者が喉から手が出るほど欲しがる可能性がある。
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「……は?」
価値、不明? 希少? コンビニの袋が?
一瞬、頭が真っ白になった。日本では数円で手に入るこのペラペラの袋が、この世界ではとんでもない価値を秘めているかもしれない。
ゴクリと喉が鳴る。
もしかしたら。もしかしたら、この力があれば、俺でもやっていけるんじゃないか?
元の世界では、何者にもなれなかった俺。何の価値も見出してもらえなかった俺。
でも、この世界なら。この「鑑定」という力があれば、俺は何かを成し遂げられるかもしれない。俺自身の価値を、証明できるかもしれない。
ポケットを探ると、幸いにもスマホとモバイルバッテリー、そしてバイト代が入った財布が残っていた。これらも鑑定すれば、とんでもない価値になるかもしれない。
俺は、森の出口を探して歩き始めた。不安がないと言えば嘘になる。魔物とかいるんだろうか。夜はどうやって過ごせばいい? 考え出すとキリがない。
でも、それ以上に、胸の高鳴りが止まらなかった。
これは夢じゃない。新しい人生の始まりだ。
元の世界では見つけられなかった、俺だけの価値を探す物語が、今、幕を開けた。




