第94話 失われた古の都
倒れているラティマに急いで駆け寄ったブライトは、彼女の口元に耳を当てる。
微かに漏れる薄い息は、まだ命が途切れていないことを告げてくれた。
「ラティマ!おい、ラティマ!!」
必死に彼女の名を呼び続けるブライト。
細く息をして眠り続けるラティマが目を覚ましたのは、あくる日の朝だった。
「ブライ、ト……」
その声が聞こえた瞬間、ブライトは身を乗り出して立ち上がる。
寝ずに様子を見ていた彼の目は真っ赤に充血し、焦りと安堵が入り混じったまま彼女の顔を覗き込む。
「ラティマ!大丈夫なのか!?」
慌てふためく彼の様子に、ラティマは辛そうにしながらもふわりと柔らかい笑みを浮かべた。
ブライトの揺れる瞳を見つめた彼女は、優しく包み込むような声を響かせる。
「ふふ。大丈夫よぉ……
そんなに慌ててたら、いい男が台無しね。」
いつもの軽口をこぼすその姿に、ブライトは身体の力が抜けるのを感じた。
不安を押し出すように少しづつ安堵が広がっていき、そのまま彼は再び椅子に腰掛ける。
「今日はゆっくり休め。
お前がなんと言おうと、明日、必ず医者に診せる。」
眉間に皺を寄せて不機嫌そうに言うブライトは、腕を組んで背もたれに身を預けた。
しかしラティマは、微かに困惑した表情を浮かべながら俯いて言い淀んだ。
少し間を空け、重い口を開く──
「病院には、行けないわ……」
その言葉に、ブライトは怒りを露わにした。
「ふざけるな!絶対に連れてくからな!」
しかし、ラティマの瞳に涙が浮かぶ。
それは、出会ってから初めて見せるものだった。
「ううん。行かないんじゃないの。
私は……この世界では、お医者様に診てもらえないのよ。」
「どういうことだ……?」
ブライトは怪訝な表情を浮かべて問いかける。
握られた拳は、頭をよぎる嫌な感覚に震えていた。
ラティマは静かに息を吸い──
そして告げた。
「私の身体は……ここでは治せない。
治すには“ある場所”に行かなきゃいけないわ。
でもね、そこは決して誰にも……私にも辿り着けないの。」
ブライトは目を見開き、額に冷えた汗を浮かべた。
言葉にできない不安が、その胸に込み上げるのを感じながら静かに耳を傾けた。
「……詳しく、聞かせてくれ。」
「……ええ──」
◆◆◆
ラティマの話は、信じられないものだった。
自分は、“ティリス”という、失われたはずの種族だという。
ブライトも遺跡の壁画でその存在自体は知っていたが、詳細は煙のように掴めないまま半ば諦めていた。
ティリスは、生まれてすぐ身体の一部に“生きた金属”を埋め込む。
それは傷や病を癒し、本人の意思で武器や鎧にもなるという神がかったものだった。
だが──
その金属には致命的な欠点があった。
“ナノマギア”と呼ばれるその金属は、ティリスの都にある“要石”が放つ星の力の余波がなければ活動を維持できない。
ナノマギアに頼り、生物としての抵抗力が低下したティリスは、その機能が失われれば病原体に抵抗できずにやがて朽ち果てる。
要石から離れたナノマギアは宿主の生命力を消費して活動するらしく、もちろんラティマも例外ではなかった。
彼女の消費された寿命と内にあるナノマギアは、すでに限界を迎えつつあった。
◆◆◆
ブライトは俯きながら息を呑んだ。
ラティマが探していた第三の種族だったという事実よりも、彼女を失うかもしれないという想いが胸を締めつけた。
「……俺が、必ず故郷に帰す!
そうすれば、お前は助かるんだろう!?」
ブライトはラティマの手を握った。
その手は微かに震え、彼の瞳は涙で揺れていた。
そんな彼の姿を見つめるラティマは、弱々しく笑いながら告げる。
「私も何十年と帰り方を探したけれど、帰れなかったわ。
私ね、こう見えても百五十歳なのよ。ふふふ。」
「そんなことどうでもいい!
俺が必ず探し出す……必ずだ!
それまで、とにかくお前は生きろ!!」
ブライトの声は震え、その手は必死に彼女を繋ぎ止めようとしていた。
ラティマはその言葉を聞いて静かに目を閉じると、そのまま瞳に溜めた涙をこぼす。
「ふふ。そんなに私と居たいのね。
嬉しい。私も……あなたと、ずっと一緒にいたいわ……」
そのまま泣き崩れるラティマを、ブライトは優しく抱き寄せる。
こうして彼の、失われた古代の都を探す苦悩の日々が幕を開けた。
その背に宿るのは、大切な人を繋ぎ止めたい一心で、僅かな可能性に縋る男の愛だった。




