第93話 始まりと終わり
荒れた街道をしばらく進んだ先──
整った道が現れると、二人の視界には街の影が見え始める。
街へ着いたブライトは、振り返りもせずにラティマへ突き放すように告げた。
「……着いたぞ。じゃあな。」
そう言ってどこかへ行こうとするブライトに、ラティマが軽やかに声をかける。
「照れ屋なのかしらぁ?
ふふ、ありがとう。助かったわ。」
にこやかに手を振る彼女を尻目に、ブライトは軽く舌打ちをしてその場を去った。
だがなぜか、もう会うこともないであろう彼女のその笑顔は、ブライトの胸に焼き付いて離れなかった。
◆◆◆
宿の部屋に戻ったブライトは、一つ溜め息をつくと鞄や道具を床に下ろし、ひとまず椅子に座って背もたれに身を預けた。
オレンジ色の薄明かりが、上向く彼の顔を照らし、微かに寄った眉間の皺はその心に残る引っ掛かりを照らすようだった。
すると──
すぐ外で揉め事のような喧騒が響く。
「なんだ?うるさいな……」
ブライトがそっと立ち上がり、窓からのぞくと、なんとラティマらしき女性が三人ほどの男に絡まれていた。
何を言われても余裕の笑みを崩さない彼女に、男たちは激昂し、声はどんどん大きくなる。
「……はあ、何やってんだ……
めんどくさいな。どうせ誰か来るだろ……」
そう呟き、喧騒を無視してタバコに火をつけようとしたその時だった。
「ぐっ……!」
「おえッ!」
「……や、やめッ!」
男たちの悲痛な声とともに、人を殴りつけるような鈍い音が響き渡る。
バタバタと走り去る無様な足音とともに、その場は一瞬で静寂を取り戻した。
「……なんなんだよ……」
頭をガサガサと掻き呟くブライト。
気になった彼はタバコを置いて立ち上がり、足早に宿の外へ飛び出した。
するとそこには──
服の埃を手で払うラティマの姿があった。
「……あんた、何したんだ?」
「あら、こんばんはぁ。
何って……変な人たちを追い払っただけよ?」
当たり前のようにそう言って微笑むラティマ。
ブライトは鼻で笑うと、呆れたように両手を広げて首を振った。
◆◆◆
この出来事をきっかけに、二人はよく話すようになった。
遺跡での出来事や、今日食べたもののこと。
他愛もない会話を重ねる彼らの距離が縮まるのに、長い時間はかからなかった。
そして、一年ほどが経った頃──
「ラティマ。」
「なぁに?」
「結婚してくれ。」
「やだ、私でいいのぉ?」
「……お前がいい。」
「ふふ。仕方ないわねぇ。」
こうして二人は形式的な婚姻を結び、それからすぐに子どもを授かった。
その子はアストと名付けられ、変わり者のブライトが大切な家族を得た瞬間だった。
◆◆◆
数年後──
「夕暮れまでには帰る。」
「はいはい。いってらっしゃい。」
ブライトは子供ができてからも、相変わらず遺跡調査に明け暮れていた。
だがラティマはそんな彼を、嫌な顔一つ見せず、アストを育てながら快く支えてくれた。
「こ、こんな感じか?」
「ふふ。やればできるじゃない。」
恐る恐るアストを抱き上げるブライト。
初めはアストをどう扱っていいか困惑していた彼も、次第に親としての愛情が芽生えていく。
不器用なブライトと、自由奔放なラティマ。
性格は異なる二人だったが、それでも互いを思いやりながら穏やかな日々を過ごしていた。
しかし──
そんな日々は長くは続かなかった。
ここ最近、ラティマはよく胸を押さえて辛そうにしていることが増えていた。
ブライトは医者に行くよう促したが、ラティマは少しはぐらかすように笑い、なかなか医者にはかからなかった。
この日もいつも通り遺跡の調査を終えたブライトは、明日こそ彼女を医者に診せようと決めていた。
そんなことを考えながら、少し帰りが遅くなったブライトが家に帰ると、家の外まで泣き喚くアストの声が耳に届く。
「まさか……!?」
慌ててドアを開けるブライトの視界には──
床に倒れたまま動かないラティマの姿が飛び込んだ。




