第92話 運命の出会い
古びた木製のドアが開き、そこに現れた人物を目にしたハンスは、驚きのあまり口を開けたまま固まった。
彼の記憶にある姿よりは老けていて、少しやつれた顔をしているが、その脳裏には間違いなく見知った男の名前が浮かぶ。
「まさか……ブライトさん……!?」
ハンスの口から微かに震えた声が漏れる。
男は眉間に皺を寄せ、眼鏡の位置を直しながらハンスの顔をじっと見つめた。
「んー?お前、誰だ……?」
「俺だ!ハンスだ!」
ハンスは思わず身を乗り出し、両手を広げて叫んだ。
その瞬間、ブライトの顔色が変わる──
しかめていた表情が一気にほころび、目を見開いて声を上げた。
「え……ハンスか!?
お前、なんでこんなところに!」
「あなたこそ、なぜ……
すでに亡くなったと聞いていたぞ……」
ハンスのその言葉に、ブライトは困惑したように口元を吊り上げる。
言い淀むように軽く頭を掻きながら、ひとまず彼を家の中へと招き入れた。
「……とりあえず入ってくれ。
そっちの話も聞きたいしな。詳しいことは中で話そう。」
建物の中へ入り、薄く明かりの灯る一室に通されたハンス。
そこにはさまざまな遺物や鉱物が並び、少し風化した壁際には古い文献と研究資料らしき書物が積み上げられていた。
「相変わらずみたいだな、ブライトさん。」
「はは。まあ、性分だからな。
それにしても……お前、随分とデカくなったもんだな……」
大人になったハンスの義肢や風貌を見て、深く息を呑むブライト。
ハンスは豪快に笑い、ブライトが健在だったことを心から喜んだ。
「ははは。まあ、色々あったからな。
ブライトさんも、無事なようで何よりだ。」
二人は軽く挨拶を交わすと、まずはハンスがこれまで起きたことを順を追って話し始めた。
アストたちとの出会いや、その身に起きたさまざまな苦難。
それら、ハンスたちを襲った出来事はブライトにとっても興味深く、研究者としての心をくすぐられるものだった。
その全てに、静かに耳を傾けるブライト。
話を聞き終えた彼は、眼鏡を外すと目頭を指で押さえ、唸るような声を漏らした。
「救済者……やはり実在したのか。
そして、まさかアストが巻き込まれているなんてな……
さすが俺の子というかなんというか、親子揃って運がないな。」
その言葉に、ハンスは腕を組み、少し不満げに告げた。
「血は争えんということだろう。
だが、あいつは不運などと思っていないぞ。
ミアを、本当の家族として大切にしている。」
ブライトは目を見開き、少し安心したように小さく笑みを浮かべた。
その表情には、彼があまり見せない父親としての優しさが宿っていた。
「……そうか。俺はダメな父親だったからな。
あいつが幸せを掴み取ってくれたなら嬉しい限りだ。」
「ああ。まだ気は抜けんがな。」
ハンスも笑みを浮かべながらそう言うと、次はブライト自身の話を促した。
「ところで……
ブライトさんは今まで何をしていたんだ?」
「ああ。俺も色々とあってな──」
ブライトは椅子の背もたれに身体を預けて溜め息をつく。
そのままタバコに火をつけると、自身の身に起きた出来事について語り始めた。
◆◆◆
三十年ほど前──
そこには、遺跡調査に明け暮れる若き日のブライトがいた。
帝国北側に点在する遺跡を調査していた彼は、遺跡から近くの街へ帰る道中で不意に声をかけられた。
「……すみません。道に迷ってしまって……
近くの街まで、案内していただけませんか?」
視線の先に立っていたのは、この地方では珍しい薄紫の髪に、鮮やかな青い瞳を湛えた女性。
整った顔立ちと柔らかく包み込むように微笑む様は、こんな場所には似つかわしくない。
そんな彼女を見たブライトは眉を寄せ、不機嫌そうに言葉を返した。
「こんな場所で、あんたみたいな美人がか……?
はっ。出来すぎた話だな……物取りなら他を当たれ。」
不躾にそう言い放つと、彼女を無視してそのまま歩き出そうとした。
すると、彼女はふわりと笑いながら口元に手を当てて言った。
「ふふふ。安心してちょうだい?
私よりお金のなさそうな方から、わざわざ盗んだりしないわ。」
彼女はその見た目とは裏腹に、幾つも歳を重ねたような余裕を見せる。
そんな不思議な雰囲気を纏う彼女を不快そうに睨みつけると、ブライトは諦めたような溜め息をついた。
「……わかった。案内してやる。」
それを聞いた彼女は、晴れやかな笑みを浮かべ、ブライトの横にそっと歩み寄った。
「私、ラティマよ。よろしくね。」
「……ブライトだ。」
不貞腐れたように呟き、さっさと歩き出すブライト。
ラティマはその少し後ろをついて歩き、二人は街へ向かった。
二人の何気ない出会い──
それが、のちに世界の命運を大きく揺るがすことになるとは、この時の二人は知る由もなかった。




