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第91話 古代へのしるべ

 浮かび上がった古代文字を前に三人は沈黙し、大聖堂には異様な静寂が落ちていた。

 その静けさを破ったのは、アストの独り言のような呟きだった。


 「シアータイルはいいとして……

  オリガも……古代語だよな……」


 口元に手を当てて深く考え込むアスト。

 その横では、リリアが顔を顰めていた。


 「かなり古い言葉だぞ……

  確か、“混沌”という意味だったはずだ。」


 「混沌……か。」


 レオンが小さく呟き、少ない情報から必死に何かを探ろうとしていた。

 ブライトをよく知る彼には、資料の中で“歪ませた文字”が偶然や無意味なものではないという確信があった。


 「混沌……混ぜる……

  言葉を混ぜろということか……?」


 レオンがそう呟いた時──

 アストが何かに気づき、顔を上げた。


 「もしかして……!」


 そう言うと、アストは突然“シアータイル”という御伽話の国名の文字を並べ替え始めた。

 その様子を見た二人も、彼が何を意図しているのかに気づいたようだった。


 「そういうことか……!」


 「なるほどな……」


 リリアは目を見開き、レオンは唸るようにアストの手元を眺める。

 そのヒントは常に目の前にあったという悔しさとともに、それが解き明かされることへの期待と興奮が押し寄せていた。


 そして──

 浮かび上がったのは“ティリーシア”。


 アストにその御伽話を伝えた際に、ブライトは国の名をあえて歪めていた。

 つまり、秘境には滅びたはずのティリスの都があると、彼は突き止めていたのだった。


 「すぐに秘境に向かおう!

  まずは帝国を経由して、小国郡に向かうぞ!」


 リリアが雄々しく声を上げる。

 二人は深く頷き、三人は鳴り止まない胸の高鳴りを感じながら、足早に大聖堂を後にした。


 ◆◆◆


 その頃──


 聖王国へ神官派遣についての知らせを飛ばしたハンスは、一人で小国郡の一つであるカナント市国へと足を踏み入れていた。

 秘境に最も近いとされるこの国では、例の深緑の鉄塊が何度か発見されているという。


 「ここは初めて来るな。

  ……とりあえず情報を集めるか。」


 ハンスは街の宿や酒場を巡り、鉄塊に関する情報を集めて回ることにした。


 この地にある小国郡は、古くから住んでいた民族が起こした村々が起源とされている。

 そこへ帝国や聖王国との戦禍から逃れた人々が集まって徐々に拡大し、小さな国々を形成したと言われている。


 成り立ちは中立国アルヴェリアと似ているが、その文化は異なる。

 厳しい環境に適応する聖王国に似た魔術中心の文化を有し、秘境付近で発掘される遺物や鉱石などの出土品を主な収入源としていた。


 「忙しいところすまんな、ご主人。

  こういった鉄塊があると聞いたんだが、何か知らないか?」

 

 そう言ってハンスが写真を見せる。

 しかし、宿の主人は首を傾げて怪訝な表情を浮かべて答えた。


 「……いやぁ、見かけませんね……

  発掘品となら、鉱夫たちのが詳しいかもしれませんねぇ。」


 酒場の店主、客、宿の主人──

 誰に聞いてもそれらしい情報は出てこない。

 鉱夫たちも、基本的には発掘現場に入り浸るらしく、たまの休みに宿や酒場へ来るだけらしい。


 「自分で、秘境周辺に向かってみるか……」

 そう考え始めた時だった。


 自身の横を走り去る少年が、ハンスの目に留まった。

 その髪は極々薄くではあるが、ミアのような薄紫色をしており、瞳は彼女と同じ青。

 薄い青みがかった瞳は帝国でもみかけるが、ミアのような鮮やかな青は珍しい。


 ハンスは、その時たまたま通りかかった男に声をかけた。


 「すまん、聞きたいことがあるんだが。」


 「……え? 俺に……?」


 立ち止まった男は唖然と立ち竦む。

 ハンスの義肢や風貌を見た彼は、あからさまに怯えた表情を見せて身体を強張らせた。


 「どうした……?ああ。気にするな。

  俺は傭兵みたいなもんだ。ははは。」


 そう言って笑みを浮かべたハンスは、まだ警戒しながらも耳を傾ける男に問いかけた。


 「さっき走り去ったあの少年なんだが……

  この地の者は、あのような髪色と青い瞳が多いのか?」


 「いや、多くはないはずだ。なんでも……

  この国ができるきっかけになった昔の“異人”の遺伝らしいぜ?」


 「ほお……それは興味深いな。」

 ハンスは顎に手を添えて考え込む。


 「その異人について、知ってることはないか?」


 ハンスの問いかけに、男は軽く両手を広げて首を振った。


 「いやぁ、俺も詳しくねえからな……

  ああ、でも前に酒場で飲んでたら聞こえてきたんだけどな。

  秘境の近くに、そういうことに詳しい変人が住んでるらしいぜ?」


 「おお、尋ねてみるとしよう。

  助かった。少ないが、これは礼だ。」


 ハンスは男に銀貨を渡すと、その人物の住んでいる場所を尋ねることにした。


 ◆◆◆


 宿で早めの夕食を済ませたハンスは、街を囲む防壁の北門へと向かった。

 そこには例の人物が、出土品の鑑定屋を営みながら一人で暮らしているらしい。


 そこには、他の建物とは少し違う、古びた雰囲気の石壁の家屋があった。

 開いているのか閉まっているのかもわからないまま、ハンスはドアを軽く叩く。


 「はい……」


 中からは、細く響く男性の声が聞こえた。

 ハンスはドアに顔を近づけ、中の男に向かって語りかける。


 「俺は帝国軍の遺跡調査をしている者だ。

  すまんが、少し話を伺えないだろうか。」


 「…………今出ます。」


 少し間が空いたのち、ゆっくりと扉が開く。

 だが、姿を見せた男を見た瞬間──

 ハンスは一歩後ずさり、驚きのあまり言葉を失った。



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