第88話 託された道
アイリスが語り終えたあと、二人を包む空間にはひとときの静寂が落ちていた。
その静寂を破るように、微かに震えた声を響かせるリリア。
「……母上、貴重なお話……
お聞かせくださり、ありがとうございました。」
リリアはそう言って深々と頭を下げる。
その声は戸惑いで揺らぎながらも、自分が背負うべき過去だという覚悟を滲ませていた。
「軽蔑したかしら……?
あなたの中の、“偉大な先代当主”の姿を壊してしまったわね。」
静かに俯くアイリスの言葉は、母としての後ろめたさを滲ませていた。
そんな彼女の姿を前に、リリアは顔を上げ、憂うように優しく告げた。
「当時の母上がどれほどの重責を負っていたか、今の私には計り知れない……
先代の罪だからと、当代の私が逃げるわけにはいきません。
その罪を背負い、命をかけてアストたちを支える……それが私にできる償いです。」
ルベリオス家の過去を知ってなお、前を見据えるリリアの眼差し──
誇りを失わない成長した娘の姿に、アイリスは瞳を揺らし、目を細めて呟いた。
「リリア……。ありがとう。
聖王国の……世界の未来を頼んだわ。」
「……はい。お任せください。」
短く、しかし力強くそう告げたリリア。
彼女は再び深く頭を下げると、アイリスの元を後にした。
◆◆◆
一方で──
大聖堂での調べものに一区切りをつけたレオンは、療護室にいるアストの元を訪れていた。
事前に記憶を失っていると聞いた彼は、軽く喉を鳴らしながら少し緊張気味に室内へ入る。
「……お?アスト一人か。具合はどうだ?」
仕切りのカーテンを開けて顔を覗かせるレオンに、ベッドに腰掛けていたアストは目を見開いた。
「あれ、レオンさん……?
レオンさんも聖王国に来てたんですか?
ミアとルシアナさんは、市場に行ったみたいです。」
その反応に、アストが記憶を失っていることを改めて実感するレオンは、少し戸惑いながら言った。
「ルシアナ“さん”か……
私は、伝承の調査を任されていてな。
なぜ我々がここにいるか、誰かから聞いているか?」
アストは首を傾げ、軽く頭を掻いた。
その表情は少し困惑していて、記憶がないことへの不安を滲ませている。
「いえ、詳しくはまだ……
とりあえず、一部の記憶がないというのは聞いたんですが……」
「そうか……」
レオンはひとまず、これまで起きたことやここに至る経緯を話すことにした。
例え記憶をなくしていたとしても、彼の力なしではこの先の調査に支障をきたしてしまう。
「私が、ここに至るまでの経緯を話そう。
落ち着いて、ゆっくり聞いていてくれ。」
「……はい。お願いします。」
◆◆◆
──数刻後。
レオンは話を終えると、様子をうかがうようにアストの顔を見据えた。
しばらく黙って耳を傾けていた彼は、膝の上で両手を固く組んで眉間に皺を寄せていた。
帝国と中立国の大戦や聖王国の内乱。
イデアリンドの襲撃に、ミアが“救済者”であるという事実。
話を聞き終えたアストは、そのまま視線を落として静かに額を押さえた。
「……そんなことが……
まさか、ミアが救済者だなんて……」
震えた声を漏らし、まるで空想を語るようにレオンから聞いた話を繰り返す。
「しかも、帝国と中立国の大戦に、聖王国の内乱……
さらにイデアリンドの襲撃か……
そんな目に遭ってまだ生きてるなんて、信じられないな……」
俯きながら苦笑いを浮かべるアスト。
だがその表情とは裏腹に、彼の瞳は重く影を宿したままだった。
「まあ……私も未だ実感が湧かないよ。
焦らず、ゆっくり思い出していけばいい。」
そう言ってアストの肩に手を置き、気遣うように声をかけるレオンは、続けて彼にあることを問いかけた。
「ところで、アスト。
一つ聞きたいことがあるんだが、いいか?」
「なんですか?」
そう言ってレオンへ視線を向けるアスト。
レオンは眉を寄せ、少し神妙な面持ちで続けた。
「以前、ブライトから聞いたと言っていた“秘境の御伽話”についてだ。」
「え、ええ。構いませんけど……」
アストは少し戸惑いながらも頷いた。
そして、過去にブライトから聞かされた御伽話について語り始める。
それは真実に迫る鍵なのか、それとも──




