第86話 鉄塊の謎
鈍い音を立てて台座に置かれた深緑の鉄塊。
少し錆が浮いたような焦茶色に、深い森のような緑が織り混ざる異質な気配を漂わせる。
そして、無機質な塊であるはずのそれは、どこか“腕”や“足”の一部にも見える奇妙な形状をしていた。
さらには、明らかに硬質な金属であるにもかかわらず、砕けたような表面に対して内側には“捻り切れた”ような跡が残っていた。
「なんだこれは……?
──腕……いや、足か?」
その異質な鉄塊を見つめ、ハンスは顔を曇らせた。
ドルテオも首を傾げて腕を組み、色々な角度から鉄塊を見つめる。
「だよなー?やっぱ……
お前にもそう見えるよなぁ……」
ドルテオは鉄塊を覗き込み、捻れた部分を指差した。
「表面は頑丈そうなんだけどよぉ……
ここら辺なんかは、筋肉みたいじゃねえか?」
「確かにな……」
その断面は、とても金属のそれとは思えなかった。
どこか有機的で、しなやかなものが捻れて切れたようにしか見えない。
「これ……仮に筋肉だったとしてな。
どうやって動くんだっつう話なんだよ。
こんな技術、帝国どころか世界中にもねえぞ?」
ドルテオは目を見開き、興味が尽きないと言わんばかりに鉄塊へ顔を近づけた。
その横で、ハンスは眉間に皺を寄せながら、自身の義腕を掲げて言った。
「そもそも、お前が造る俺の武装義肢が最先端だろう。
お前が知らない技術なら、この世界の誰もが知るまい。」
ハンスのその言葉に、ドルテオは不敵な笑みを浮かべた。
「そうなんだよ!
だからな、これの原理がわかれば……
もっとすげえ義肢が造れると思うんだよなぁ。」
「だからなんだ?」
眉を寄せて問いかけるハンス。
ドルテオは鉄塊に刻まれた“文字らしきもの”を指差した。
そして、片側の眉を引き上げると、ニヤリと笑いながら楽しげに告げる。
「こ、れ、が、な?
原理の根幹だと思うんだよ。
これよぉ、聖法紋に似てねえか?」
ドルテオは笑みを浮かべたまま、鋭い目つきでハンスを見上げ、そのまま続ける。
「お前……最近聖王国に入り浸ってんだろ?
いい女──じゃなくて、物知りな神官紹介しろよ。」
「俺を呼んだのはそれが目的か……
──わかった。なんとかしよう。」
「え、まじで!?
やけに聞き分けがいいな、破壊神!」
あまりにあっさり承諾したハンスに、ドルテオは驚きつつも嬉々とした声を上げた。
だがハンスは険しい顔のまま、ある提案を彼に持ちかけた。
「ただし、一つ条件がある。」
「あぁ?条件だぁ?」
ドルテオは先ほどまでと一転して、面倒くさそうに頭を掻いて聞き返した。
「俺の仲間が腕を失った。エルフの女だ。
俺たちのような仰々しい物はつけさせたくない。
その鉄塊が解明できれば、しなやかで強靭な腕が作れるのではないか?」
ハンスの口から出たその言葉に、ドルテオは丸めていた背を伸ばし、目を丸くして驚きの声を上げる。
「はあーッ!?
お前が……女に腕を送るだあ!?」
ハンスは眉間の皺を深め、握った拳へ視線を落として告げた。
「……俺を庇って腕を失ったんだ。
最高の腕を用意すると約束したのでな。」
ドルテオは一瞬固まり──
次の瞬間、大声で笑い出した。
「あーはははは!お前を庇う!?
いいねえ!戦乙女ってやつか!
まあ、断ってラボぶっ壊されても困るしなぁ。
俺がその女に、史上最高の腕を用意してやるよ!」
両手を広げ、意気揚々と告げるドルテオ。
「この鉄塊の解明と、お前が持ってきた義腕の調整……
まあ、どのみち一ヶ月くらいはかかるだろうからなぁ。
その間に、この鉄塊が他にもないか探してきてくれよ。」
「それは構わんが、どこにあるんだ?」
ハンスが腕を組んで首を傾げると、ドルテオは保管庫から漁るように地図を取り出した。
使い込まれて皺だらけになったその地図を広げ、大陸北部を指し示す。
「ここだ。北の秘境付近にある小国郡。
その中でも秘境に近い国で、こいつは出土したらしい。
どうせ腕が出来上がるまで暇だろうしな。さくっと集めてきてくれ。」
ハンスは地図を覗き込むと、溜め息を漏らして踵を返した。
そして、彼は背中を向けたまま首だけ捻り、ドルテオに告げた。
「早速行ってくる。
神官の件は、俺から聖王国に連絡を入れておこう。」
「助かるぜえ!
早めに来いって言っとけよー?」
ドルテオは手をひらひらと振りながら、ハンスの背中を見送った。
◆◆◆
その頃、聖王国では──
ルベリオス家の屋敷にて、リリアが母アイリスの元を訪れていた。
いつもは威圧感を放つ側の彼女が姿勢を正し、少し緊張した面持ちで声をかける。
「母上。お加減はいかがですか?」
彼女の視線の先には──
煌びやかな椅子に座り、机に生けられた温室育ちの花を愛でる、先代当主アイリスの姿があった。




