第85話 縁の下の技術屋
療護室でアストが目を覚ました頃──
帝国軍本部の執務室では、机を挟んで向かい合うエリオットとハンスの姿があった。
「忙しい時にすまんな、ハンス。
侵攻から戦後処理まで、色々と助かったよ。」
珈琲を片手に、労いの言葉をかけるエリオット。
ハンスも珈琲をすすり、どこか疲れた様子で眉を寄せた。
「俺にとっても、放置できん国だったしな。
まあ……最後は腑に落ちん終幕だったが……」
突如現れ、教皇の首を落とした“死神”。
その存在は、帝国側にとっても由々しきものだった。
「ああ、まったくだ……
俺も調査はしているが、影も形もない。
本当に死神なんじゃないか──そう思えてくるほどだ。」
エリオットは険しい顔を浮かべたが、気持ちを切り替えるように話題を変えた。
「それはそうと、お前……
仮の腕も壊してるじゃないか。
また、ドルテオにどやされるぞ?」
口元を隠すように手を添え、愉快そうに肩を震わせるエリオット。
その様子を見たハンスは、少し不機嫌そうに告げた。
「抜かせ。こんな柔な腕……
俺の方が文句を言いたいくらいだ。」
そう言って腕を組むハンスに、エリオットは呆れたように両手を広げた。
「柔ってお前……
仮とはいえ、重装兵の腕だぞ……
お前の膂力が規格外過ぎるんだよ……」
「何を言う。俺たちは軍人だ。
義肢も生身も、頑丈に越したことはないだろう。」
真剣な顔で言うハンスに、エリオットは苦笑しながら溜め息を漏らした。
「はあ……わかったわかった。
ちょうどドルテオがお前を呼んでたんだ。
腕のこともあるし、開発局に顔を出してこい。」
「そうだな。俺もあいつに話がある。」
ハンスは立ち上がりエリオットと拳を合わせると、そのまま執務室を後にした。
◆◆◆
帝国軍本部から少し離れた場所──
そこは帝国の誇る兵装義肢や、魔導兵器類の開発拠点である帝国軍技術開発局。
「相変わらず仰々しい場所だな。」
ハンスはそう呟きながら、その深部にある局長専用ラボへと足を踏み入れた。
「ドルテオ、いるか?」
奥の椅子に座る男が、設計図面を広げながら座面を回し、ハンスへ振り返る。
「あー?おっせーよ、破壊神。
俺の自信作を粉々にしやが──
おぉいッ!まーた壊れてんじゃねえか!?」
声を張り上げながら設計図を床に放り投げ、椅子から勢いよく立ち上がるドルテオ。
そのまま詰め寄る彼に、ハンスは溜め息混じりに不満を漏らした。
「こんな柔な腕をよこすな。
敵の砲台を二、三発殴ったらこのザマだ。」
当然のようにそんなことを言うハンスの顔を見上げ、ドルテオは呆れ果てた様子でうなだれた。
「おまえ……やっぱ人間じゃねえな……」
不意に出た彼の言葉に、ハンスは微かに視線を落として告げた。
「……そうかもしれんな。」
それを見たドルテオは目を丸くした。
「お?なんだよ、珍しくしんみりしやがって。
あー、そうそう。見せたいもんがあんだよ。」
彼はそう言って保管庫へ向かう。
ガラクタを漁るような音を立てながら、雑多に置かれた何かを探し始めた。
「俺もお前に、見てもらいたい物があるんだが。」
「おー?そうなのか?
じゃあそっちを先に見せてくれー。」
そう言って振り返るドルテオに、ハンスは大きな皮袋からある物を取り出した。
見せつけるように、台座の上に放り出されたそれは──ゼルドアの義腕だった。
「うおーい!なんだよそれ!!
お前まさか……誰か殺して千切ってきたのか?」
保管庫から、はしゃぐ子どものように台座へ駆け寄るドルテオ。
「……まあ、そんなところだ。」
「素材はなんだ……?
この紋は……聖法紋に似てんな……
は!?おいこれ、グングニル撃った跡じゃねえのか!?おいおいおい……」
義腕を見つめながら静かに呟くハンスだったが、ドルテオはその腕が持つ機能に夢中で聞こえていない。
「はは!いいねぇ!
そそる素材持って来やがって。
なんだ、これをお前が使えるようにすればいいのか?」
嬉々とした表情でゼルドアの腕を持ち上げるドルテオ。
ハンスは呆れたように眉を寄せ、低く唸るように告げた。
「ああ。話が早くて助かる。」
ハンスはそのまま問いかけた。
「それで、さっきの……
お前が見せたい物というのはなんだ?」
「あー?まだこの腕見てたいんだがなぁ……」
ドルテオは残念そうな声を漏らすと、渋々保管庫へ向かった。
「実は珍しいもんが手に入ってなー。
これを見てくれよ。なんだかわかるか?」
ドルテオが保管庫から取り出し、台座に置いたそれは──鈍い深緑に染まる鉄塊だった。




