第80話 痛ましき余韻
激闘を終え、大聖堂へ戻った五人。
そこにあるのは、気を失ったままのアストと、泣き疲れて眠るミアの姿だった。
彼女の腕には、痛々しい切り傷が残る。
横で眠るアストの手を握り締め、その身を案じるように寄り添っていた。
「みんな、無事でしたか……!」
レオンは五人の姿を見て、胸を撫で下ろすように安堵の声を漏らす。
しかし、すぐにルシアナの状態に気づき、目を開いて駆け寄った。
「そ、それは……!?」
驚愕するレオンに、ハンスが静かに告げる。
「すまない、レオン殿。
話はあとだ。まずはルシアナを治療したい。」
「そ、そうですね……!
私に構わず、療護室へ行ってください!」
レオンはそう言って、ハンスとルシアナを見送った。
だがリリアはふと立ち止まり、レイナードとカンナにも先に療護室へ向かうよう促した。
「レイナード、カンナ、先に行ってくれ。
レオン殿には、私から詳しく話しておく。」
「了解しました!
私は、治療の手伝いをしてきます!」
カンナはすぐに療護室へ駆けていった。
「……君はいいのかい?」
レイナードは不思議に思い、首を傾げた。
「ハンスと、お前たちがいれば十分だろう。
それに……もし目覚めた時に私がいては、気を張ってしまうかもしれん。」
「確かになぁ……
あいつ、君のこと大好きだしねぇ。
はぁあ……妬けちゃうよ、まったく。」
レイナードは、いつもの飄々とした声でルシアナの元へ向かう。
しかしその背中には、彼女の容体に対する不安を滲ませていた。
「……まったく……
素直に案じてやればよいものを。」
リリアはそう呟きながら、レオンを椅子に座るよう促す。
「まずは、我々が駆けつけたあとの詳細を話そう──」
彼女も腰掛けて顔の前で両手を組むと、倉庫で起きた出来事を順に説明していった。
◆◆◆
「──まさか……
あの、ゼルドア元中将が……」
レオンは驚きを隠せず、言葉を失う。
そんな彼に、リリアは険しい表情を浮かべながら静かに問いかけた。
「奴は討たれた。それはいい。
それよりも私は、あなたに重要なことを聞きたい。
レオン殿……アローナとの件、どこまで見ていた?」
レオンは、この場にリリアだけが残ったことの意味に気づき言い淀む。
だが彼女の真剣な眼差しに、隠すべきではないことを悟り、ゆっくりと口を開いた。
「全てです……
アストが気を失うまでの一部始終……」
その返答に、リリアは視線を落とし、重い声で告げた。
「隠さずに話してくれて感謝する。
そして、私からあなたにお願いがある。
ひとまず……このことは我々だけの間に留めて欲しい。
アストは覚えているかわからんが、ミアにもそう伝えてくれ。」
「なぜです……?
みんなにも、全て話した方がいいのでは?」
レオンは眉を寄せた。
そんな彼にリリアは、初めて悔しさの滲む表情を浮かべながら、唇を噛みしめて答えた。
「レオン殿……私は、本当は……
アストとミアに、普通に生きてほしいのだ。
本来得られるはずだった、ごく普通の幸せを与えてやりたかった……」
その声は微かに震えていた。
「だが実際は……守ると誓っておきながらこのザマだ。
だからせめて、仲間たちの前でくらい何も気にせずにいて欲しい。
そのために……他の者たちには、今まで通りでいてもらいたいのだ。」
「リリアさん……」
レオンは彼女の優しさに胸を打たれ、瞳を揺らした。
「わかりました。
もう少し明らかになるまでは、私たちで留めましょう。」
「感謝する、レオン殿。」
リリアは柔らかい笑みを浮かべた。
「アストやミアも、しばらく休ませた方がいいでしょうし……
ルシアナさんの回復を待つ間に、私ができる限りのことを調べておきます。」
「……ああ、そうしてくれると助かる。
アストとミアには、自分たちが話したくなったら話せばいいと伝えてくれ。」
「ええ。そうします。
あなたの想いは、きっと二人にも伝わりますよ。」
レオンはリリアを気遣うように、柔らかい笑みを浮かべた。
アストが調停者として世界を壊す──
この時の二人には、彼がそんなことをする姿は、まるで想像ができなかった。
◆◆◆
──翌日。
念のため療護室へ運ばれたアスト。
目覚めない彼のそばで、ミアは献身的に世話をしていた。
「ミア……少しは休め。
お前だって、立派な怪我人なんだぞ。」
「そうですよ、ミアちゃん。
看護なら私ができますから……」
リリアがミアの肩に手を添え、カンナも心配そうに声をかける。
「ううん、私は大丈夫だから。
今は……アストのそばにいさせて……」
ミアは悲しげにアストを見つめ、冷えた彼の手を温めるように両手で握る。
その瞳には言葉にならない不安と、深い愛情が入り混じっていた。
リリアたちはそれ以上の言葉を探せず、ただ静かに彼女に寄り添った。
近くには、眠るルシアナに付き添うハンスとレイナードの姿もある。
片腕を失った彼女を見つめる二人の横顔には、その覚悟への賞賛と同時に、それぞれが自身の情けなさへの怒りを宿していた。
「お前がいなければ、俺は……
──礼を言うぞ、ルシアナ。」
「おいおい……今じゃないでしょ?
起きてから、ちゃんと言ってあげてよー?」
「ああ。そうだな。」
呆れたように両手を広げるレイナードに、ハンスは苦笑いを浮かべて呟く。
だが脅威を退けた彼らの胸に残るのは、勝利ではなく──それぞれに刻まれた痛みの余韻だけだった。




