第77話 戦神と鬼神
レオンたち三人が大聖堂へ辿り着いた頃。
倉庫では、その戦況が大きく傾いていた。
優勢なのは、ゼルドア──
天賦の才を体現する彼の前では、戦神と呼ばれたハンスですら霞んでしまう。
鬼神のごとき攻防一体の人間離れしたその様は、付け入る隙をまるで与えてはくれなかった。
「戦神よ。その程度か?」
ゼルドアは煽るように鼻で笑う。
「まだまだあああッ!!」
ハンスは怒りに任せ、半歩深く踏み込んだ。
──その瞬間。
一瞬の判断ミスを見逃さないゼルドアの黒い剛腕が、ハンスの頭部へ容赦なく襲いかかる。
「バカもの!!」
リリアが叫びながら分厚く重ねた聖銀剣を構えて割り込み、その剛腕をかろうじて受け止めた。
その死角からはルシアナが斬りかかるが、ゼルドアはすかさず身を翻して躱す。
「すまん!助かった!」
「落ち着いて!必ず好機は来ます!」
ルシアナが喝を入れ、すぐさま豪炎を纏う剣撃で追撃する。
続けてレイナードの烈風刃が五月雨のごとく斬りつけた。
さらに、口を開けた屋根から放たれるカンナの弾丸。
それは確実に、ゼルドアの気を散らせているはずだった。
だが──
ゼルドアは義腕で守りを固め、その隙間から鋭い眼光を放っていた。
斬撃も弾丸も、全てを弾き返す鉄壁の武装義肢は、火花を散らす見慣れた障壁も纏っている。
「なっ……あれは聖導障壁!?
くそッ!そんなものまで備えているのか……!」
リリアが冷や汗を浮かべ、焦りを滲ませる。
「弱い……時間の無駄だな。」
ゼルドアは淡々と告げると、四人へそれぞれ重い打撃を叩き込み、怯ませた。
そして後方へ飛び退き、距離を取って低く身構える。
次の瞬間──
空間が歪んで見えるほど、大気魔力がゼルドアの身体へ収束し始めた。
同時にけたたましい音が空気を震わせ、身体中から濃霧のような魔蒸気が吹き上がる。
「終わりだ。」
ゼルドアが腕を突き出した。
その先にあるのはいつもの岩槍ではない。
それは小さく、しかし激熱を帯びる灼赤の何か──
ハンスの全身に、凍りつくような悪寒が駆け巡る。
「──伏せろおおおおッ!!」
ハンスが叫んだ瞬間──
空気を裂き、灼光が走る。
轟音とともに駆け抜けるそれは、小型化された《グルグニル》だった。
「ハンス──ッ!!」
リリアが叫ぶ。
「なんっだよあれ!?」
レイナードが目を見開く。
だが、気がつけば──
直撃を受けたかに見えたハンスは、床に倒れ込んでいた。
「ど、どうなってる……」
膝をつきながら起き上がるハンス。
周囲を見渡す彼の目に、信じられない光景が飛び込んだ。
意識を失ったように横たわるルシアナ。
「おい!ルシアナ!?」
ハンスは彼女を抱き抱える。
ふと視線を落とすと、床には赤い雫が落ち、薄く広がっていた。
それは、ルシアナから滴っている。
彼女の肩から先は、跡形もなく消えていた。
「ハ、ンス……無事、ですか……?」
残った腕を震わせながら、ルシアナはハンスの頬に手を添えた。
彼女はその身を挺し、灼光が放たれた刹那にハンスを突き飛ばしていた。
「おい!しっかりしろ!!」
ハンスは叫ぶ。
だが耳に届く彼女の息遣いが、徐々に薄くなっていく。
彼の全身は震えていた──
それは、大切なものを失う恐怖を心の底から思い知った瞬間だった。
「ルシアナあああああッ!!」
リリアが声を荒げて駆け寄る。
「貴様ああああッ!!」
レイナードが雄叫びを上げ、ゼルドアへと飛びかかった。
「愚かな……」
ゼルドアはレイナードの無策な剣を弾き、腹部へ拳を叩き込む。
「ぐぅ!うおあ……ぁ……!」
レイナードは無様な声を漏らし、床に崩れ落ちた。
「まずは一人だ。」
その言葉は冷たく放たれる。
そのまま、レイナードへ向けて岩槍を構えるゼルドア。
「させません!!」
カンナが正確に頭部へ向けて弾丸を放つ。
しかし、その正確さゆえにゼルドアは容易に躱してしまう。
その時だった──
轟音とともに吹き上がる魔蒸気。
駆け抜ける戦神の影。
漆黒の岩塊を纏い、怒りに震える神速の拳は、ついにゼルドアの頬を捉えた──




