第76話 溢れる想い
ゼルドアが語り終えると、倉庫には重苦しい沈黙が落ちた。
そして、彼はゆっくりと顔を上げ、鈍く光る瞳でハンスを見据える。
「少しは理解できたか?この憎しみが。
もはや俺には、人としての情もない。
ここで──お前たちの全てを俺の憎悪に沈めてやる。」
ゼルドアは、微かに震える拳を固く握りしめ、義腕からは魔蒸気が溢れ出す。
手首には再び岩槍が装填され、獲物を狙う獣のように低く身構えた。
その姿は──
“もう語ることはない”と告げていた。
「貴様の過去は分かった。
世界を憎むなと、俺にいう資格はない。
だが──俺の大切な者の未来を奪うというなら容赦はせん!」
ハンスは眉間の皺を深め、固く拳を握り込む。
一瞬、微かに震える拳へ視線を落とし、すぐにゼルドアの濁ったその目を睨み返す。
「大丈夫なのか?」
リリアが眉をひそめて問いかける。
「なんだ?俺に気を遣ってくれるのか?」
「バカを言うな。
手心を加えたら許さんという意味だ。」
リリアは捲し立てるように言うが、その表情には確かな信頼が滲んでいた。
「もちろんだ。全力で──奴を討つ。」
ハンスの拳の震えは止まり、その瞳には鋭い光が宿る。
「あーあ。しょうがないねぇ。
ほんとは一人でリベンジしたかったのに。」
レイナードが軽快に剣を構えた。
「おしゃべりはそこまでです!来ますよ!」
ルシアナが叫んだ瞬間──
地を揺らす轟音とともに、ゼルドアの巨体が四人へ飛び込んできた。
「うおおおおーッ!!」
ハンスが雄叫びとともにその打撃を受け止め、放たれる岩槍の軌道を逸らす。
リリアが聖銀の双剣で幾重にも斬撃を重ね、ルシアナの炎剣が追撃し、レイナードの風刃がゼルドアに襲いかかる。
しかし──
その全てが、ゼルドアの黒鉄の腕に跳ね除けられ、致命傷には至らない。
憎悪の中で研鑽されたハンスを凌ぐその武才は、未だ衰えてはいなかった。
「……化け物め……!」
リリアの口元に力が入る。
隙をつくカンナの弾丸も、まるで“見えているかのように”弾き落とす。
「うっそでしょ……
身体中に目でもついてるんですか!?」
カンナは驚愕しながらも、すかさずその場を離れ、呼吸を整えながら次の隙を狙っていた。
◆◆◆
一方で──
倉庫を離れたレオン、アスト、ミアの三人は、外で待機していた聖法騎士たちに守られながら大聖堂へと向かっていた。
「大丈夫かい?ミア。」
レオンが俯くミアにそっと声をかける。
「……うん。それよりアストが……」
ミアの手は震えていた。
青みを帯びた彼女の顔は、抑え込んでいた感情が押し寄せているようだった。
「レオンさんも見たんでしょ……?」
「あ、ああ……
まさか、アストがあんな力を……」
レオンは俯き、言葉を詰まらせる。
アストは気を失ったまま、レオンの背に抱えられて静かに眠っていた。
大聖堂に着くと、レオンは彼をそっと降ろし、二人は崩れ落ちるように床へ座り込んだ。
「守りは私たちに任せてください。
まずは、ゆっくり身体を休めて。」
聖法騎士の一人はそう告げると、出入り口周辺の仲間と合流して守りを固める。
ミアはアストの手を握りしめたまま、震える声でレオンに問いかけた。
「ねえ、レオンさん……」
「なんだ?どこか痛むのか?」
レオンは眉を寄せ、ミアの様子をうかがう。
「ううん。そうじゃなくて……」
ミアの瞳が涙で揺れる。
「なんで、私とアストなんだろうって……
私たちはただ……
二人で普通に旅がしたいだけなのに……それだけなのに……」
その瞳に溜めた涙が一気にこぼれ落ちた。
「……っ!……ミア……大丈夫だ。
私たちがついてる。みんなでなんとかしよう……!」
レオンはそう言って、泣き崩れるミアを優しく抱きしめた。
「うう……ぅ……あああああ……ぁぁ……」
ミアの心はもう限界だった。
張り詰めていたものを吐き出すように、涙は溢れ、止められない。
静かな大聖堂に、彼女の泣き声だけが響き渡る。
アストの手を握りしめたまま、ミアはただ、溢れる想いを叫ぶしかできなかった。
アストを失いたくない──
その儚い願いは、涙とともに大聖堂の静寂へ染み込んでいった。




