第73話 戦の神を超える者
瓦礫にまみれた倉庫の中──
リリアは即座にアストとミアを背に庇い、低く身構えて警戒する。
「貴様、何者だ……!」
鋭い眼光で睨みつけるが、現れた男から放たれる圧倒的な“強者の気配”──
リリアは額に冷えた汗を滲ませ、背筋が凍りついたように身体を強張らせた。
だが、男はリリアの声を無視し、瓦礫の中を無言で探り始める。
「貴様の、出る幕ではないぞ!ゼル──」
アローナが叫びかけた、その瞬間。
男は瓦礫の中から拾い上げた鉄片を、躊躇うことなくアローナへ突き立てた。
「ぐふっ!?
き、さま……なに、をおおおッ!!」
獣の断末魔のように唸り、叫ぶアローナ。
「……哀れだな。」
男は冷たく吐き捨て、突き立てた鉄片を捻りながらその身体を抉った。
「ゔぐううあああッ!!
……ゔぅ……ぅぁ……ぁ…………」
アローナの叫びは徐々に弱まり──
やがて、完全に途切れた。
「邪魔な女だったが……
最後に良い仕事をしてくれた。」
男は静かに呟き、リリアたちへその鋭い眼光を向けた。
「これで、“始末すべきもの”が分かった。」
その言葉と同時に、男の義腕が唸りを上げ、魔蒸気を吹き上げる。
そして、義腕に刻まれた紋様から小型の岩槍が生成されていく。
「な……!それは……聖岩槍!?」
リリアが驚愕の声を上げた瞬間、岩槍は容赦なく撃ち放たれた。
「いかんッ!!」
リリアは聖銀剣の束を纏うと、アストとミアを背に庇ったまま覚悟を決めた。
その時だった──
大きな影が立ち塞がり、鈍く弾ける轟音とともに岩槍が叩き落とされる。
槍は地に深く突き刺さり、周囲に凄まじい亀裂を走らせた。
「お前たち、無事か!?」
敵を警戒しつつ、声をかけるハンス。
そこには、漆黒の岩塊を拳に纏わせた戦神の姿があった。
「ハンス……!」
ミアが声を震わせる。
「まったく……来るのが遅い!」
リリアの声には安堵が滲んでいた。
「はは。問題なさそうだな。
──あとは、俺に任せておけ。」
ハンスはそう告げると、男を睨みつける。
するとリリアたちの背後から、飄々とした聞き覚えのある声が響いた。
「あっれ……なになにー?
いいとこ持ってかれちゃってないこれぇ?」
残念そうに立つレイナード。
「兄様!真面目にやりなさい!」
続いてルシアナも駆け込んでくる。
「お前たち……!」
リリアが目を見開くと、最後にレオンが姿を見せた。
「実は、二人の後を追っていて……
念の為みんなを呼んでおきました。
情けないが、私がいても戦力外ですから……」
「いや、助かったぞ、レオン殿!
アストとミアを連れて、どこかへ避難してくれ!」
「……はい!」
レオンはアストを抱きかかえ、ミアを連れて離れようとする。
「みんな……!」
しかし、ミアは立ち止まって声を上げた。
その声には強い不安が滲んでいる。
「心配するな。
必ず全員無事に戻る。」
リリアの力強い言葉に、ミアは深く頷き、レオンとともにその場を離れた。
「面倒だが、ここで貴様らを討てば……
あとが楽になるな。そうだろう、ハンス?」
男は黒鉄の義腕を鳴らしながら言い放つ。
その眼差しは、人とは思えないほどに鋭く、底知れない闇を湛えていた。
「言ってくれるな、叔父御──
いや、ゼルドア・オルデインよ。」
その名を聞いた三人は驚愕した。
「なんだと……!?
帝国で監視されているはずでは……」
ルシアナが思わず声を上げる。
「そのはずなんだがな……」
ハンスは眉間に皺を寄せ、低く呟いた。
そのやりとりを見て、ゼルドアは肩を震わせた。
「愚かだな。どこまでも甘い……
──エイデンの件を忘れたのか?」
「……っ!……」
ハンスの顔に、血管が浮き上がる。
「まあ、“あれ”は俺ではなく……
そこに転がる、役立たずの仕業だがな。」
「貴様……!」
リリアも同様に、怒りを滲ませた。
「エイデンも運がなかったな。
お前と友人でさえなければ、殺されることもなかっただろう。」
その言葉を受け、ハンスの胸には血が逆流するような怒りが込み上げた。
「なぜ、エイデンを……!!」
「俺の邪魔をさせるためだろう。
本人を使うより、挿げ替えた方が楽だからではないか?」
悪意もなく、当たり前のように告げるゼルドア。
「ゼルドアあああああッ!!」
ハンスは叫んだ。
怒りを爆発させ、濃い魔蒸気を噴き上げる。
「おい!まて、ハンス!!」
リリアが叫ぶが、その声は届かない。
次の瞬間──
ハンスは地を割り、凄まじい勢いでゼルドアへ飛びかかる。
そのまま漆黒の岩塊を纏う頑強な拳を、大砲のごとく振り抜いた。
耳を裂くような炸裂音が倉庫に響き渡る。
巻き上がる瓦礫に、三人は思わず顔を覆った。
そして、三人が視線を戻すと──
その先には、衝撃の光景が広がっていた。
「そんな……」
ルシアナの声が震える。
微動だにせず、ただ静かに拳を構えるゼルドア。
そして、あの“戦神”ハンスが、無様に壁へ叩きつけられていた。
「……バカな……」
リリアは言葉を失い、立ち尽くす。
戦の神を超える者──
その剥き出しの牙は、今容赦なく解き放たれた。




