第71話 湧き上がる終焉の一端
アローナの視線と言葉に、アストは言葉を失っていた。
しかし、「そんな訳はない」と否定できない自分がいることに気づく。
「……アストが、調停者……?」
縛られたミアが震える声で呟く。
その怯えるような瞳は、アストをじっと見つめていた。
「あの夢……まさか……」
聖王国で凶刃に倒れたあの日から、アストが何度も見てきた悪夢。
街だったような跡。
焦土と化した大地や灰になった人々。
そして、腕の中で崩れ落ちていく少女の亡骸。
あれはただの夢ではない──
アストもどこかで、そう思い始めていた。
「でも……僕には、何の力もない!
ただ、訳の分からない夢を見るだけだ!!」
アストは叫んだ。
認めてはいけないものを必死に否定するように、震えた声を上げた。
アローナは、そんなアストを見て不気味に口角を上げる。
「不可思議に途切れる遺骸……
私は、このように考えています。
“この世界は繰り返されてしまった”と。」
「繰り返されてしまった……?
伝承にある、再生のことを言ってるのか……?
アストは息を呑む。
それは、いつか船で仲間たちと話した仮説。
その全てが絵空事ではないと、彼自身も薄々感じていた。
「どういうことだ……?」
リリアがアストに問いかける。
「旅の中で、僕らが出した答え……
でも、あくまで可能性の一つです。」
アストは視線を落とし、静かに答えた。
「だけど、それがなんだというんだ!
そんなことが、あなたがミアを傷つける理由なのか!?」
怒りを滲ませ、激しく問いただすアストに、アローナは恍惚とした表情で続けた。
「あなた様が夢で叫んだ名前……“ディアナ”。
それは過去の記憶であり、きっと前世で愛した女の名でしょう。」
アストの心臓が跳ねる。
「彼女を深く傷つけられ、絶望したあなた様は覚醒した──
そしてそのお力をもって、彼女もろとも世界を滅ぼしたのです!」
「な……っ!?」
アストは言葉を失う。
あまりに飛躍した内容。
しかし、自身の迷想を疑わぬアローナに、リリアが怒号を飛ばす。
「何を言っている!前世だと……!?
だったらなぜ、今この世界は存在しているのだ!!」
アローナは見下すように嘲笑う。
「救済者がいるではありませんか。
せっかく調停者様が滅ぼされた世界を、救済者が再生してしまった……
それさえなければ、初めからこんな苦しみを味わわなくて済んだのに!」
「そ、そんな……」
リリアも言葉が見つからない。
「私の……せい、なの……?」
狂気を帯びた彼女の声に、ミアは震える声を漏らし、身体を強張らせる。
「ですが、今回は違う──
ありがたいことに、二人は運命の出会いを果たした。
救済者であるこの娘自身が、アスト様の大切な存在となった。」
「……おい、まさか……
やめろ……それだけはやめてくれ……!」
アストは何かを察し、悲痛な声を漏らした。
アローナは愉悦に満ちた声で告げる。
「お気づきですか?さすがはアスト様。
そのための“供物”なのですよ。
しかも、救済者も始末できて一石二鳥ではありませんか。」
「頼むからやめろ!!
僕はどうなってもいい……
ミアには、手を出さないでくれ!!」
アストの瞳が涙で揺れる。
アローナはその懇願を楽しむように、ゆっくりと刃を持ち上げた。
「あなた様が覚醒なさるまで──
少しずつ、丁寧に、この娘を切り刻んでいきましょう。」
「いや……そんな……」
ミアの顔から血の気が引く。
「……ああ、そうだ!
お揃いにしてもいいかもしれませんね?」
「なにを……?」
リリアは目を見開いた。
「そんなに大切に想われているなら……
片腕……にしてあげたら喜んでいただけますか?うふふふ。」
アストの心臓が凍りつく。
「何をするつもりだ!?やめろ!!」
「アローナあああッ!!」
リリアが怒りを露わにし、即座に聖銀剣を生成する。
アローナは、ゆっくりとミアの腕に刃を沿わせた。
「……いや……やめて!!」
ミアが悲痛な声を上げ、涙を流す。
「その刃をどけろッ!!」
リリアが聖銀剣を投げ放とうとする。
だが傍に控えていた暗部が、その軌道を塞ぐように立ちはだかった。
「邪魔だ、貴様らあああッ!!」
リリアが叫ぶが、暗部は微動だにしない。
アストもミアの元へ駆け寄ろうとするが、暗部たちに組み伏せられた。
「……くそ……!離せええええッ!!」
その間にも──
ミアの腕には刃が徐々に沈み、血が滲む。
「痛い……!!
やめて……いやああッ!!」
ミアの悲鳴が、倉庫を震わせ響き渡る。
「やめろおおおおおおーッ!!」
アストは怒号のように叫び、手を伸ばした。
その瞬間──
アストの身体から、悍ましい気配の魔力が噴き上がる。
彼を組み伏せていた暗部たちは吹き飛ばされ、魔力を浴びた部分は火傷のように爛れていた。
「……なっ!?」
「あがあああッ!!」
悲痛な声を上げ、崩れ落ちる暗部たち。
そして、うずくまるアストは低く唸りを上げ始める。
「……ぐ……ゔううぅぅッ!!」
獣のように、悍ましい声を上げるアスト。
纏う魔力は世界を飲み込むように暗く、血のように赤い溶岩流のごとく渦巻き、空気を震わせながらその場の全てを軋ませる。
「アスト!?」
リリアは後ずさり、アローナでさえ息を呑んでいた。
暗部たちは怯えたように、彼から距離をとって身構える。
「おおお!これが……!
ついに……ついに覚醒なさるのですね、調停者様……!」
アストの瞳は、深い闇と灼赤に染まりながら、ゆっくりとアローナを見据えた。
放たれる魔力の余波が倉庫の窓を粉々に砕き、吹き飛ばす。
その魔力は、アストの怒りに呼応するように渦巻き、轟々と立ちのぼっていた。
まるで、終焉の始まりを告げるかのように──




