第69話 降りかかる脅威
大聖堂へ戻った五人は、皆一様に険しい顔を浮かべ、重苦しい沈黙に包まれていた。
アストは拳を固く握り俯いていた。
他の四人も、それぞれが焦りと不安、そして怒りを滲ませている。
「何があったんだ……?」
戻った五人の様子を見て、レオンが息を呑み尋ねた。
「……ミアが──」
アストは市場で起きた一連の騒動を、レオンに話して聞かせる。
「なんだって!?
ミアが……そんな……
しかも、調停者への供物だと?」
「はい……そう言っていました。」
「彼女は……
アローナさんは、調停者の存在を知っているというのか……?」
「わかりません……
どちらにせよ、早くミアを見つけないと……」
アストは、ハンスやルシアナがいるからと、いつの間にか油断していた自分を責めるように呟いた。
「彼女は、イデアリンドの信者……
いや……幹部なのかもしれん。」
ルシアナが、言葉を詰まらせながら答えた。
「イデアリンドって……宗教国家の……?」
「そうだ。」
ルシアナは深く頷く。
「表向きは“星との共存”などと謳っているが……
実際は“星と共に滅びるべき”という破滅主義者の集団だ。」
アストは目を見開き、ルシアナを見据えた。
「まさか……ミアを……!?」
「いや、まだ無事なはずだ。
供物……と言っていたしな。」
「何を企んでいるんだ……」
アストは悲痛な声を漏らし、再び項垂れた。
その時──
大聖堂の扉が開き、帝国軍の軍人らしき男が神官に連れられて入ってきた。
「このような事態の最中、失礼いたします……
ここに、ハンス殿はいらっしゃいますか?」
「なんだ……?」
ハンスは怪訝な顔で問いかける。
「元帥から急ぎお伝えせよとのことで──」
兵士は、帝国で発覚したエイデンの正体や、ゼルドアに対する疑惑についてを語った。
「なにっ!?
エイデンが……別人だと?」
「はい……
元中将ゼルドアについても、現在監視を行っております。」
「帝国の腐敗は、そのせいか……
親父……いや、あのアドルフが……
元帥ともあろう者が唆されていたとはな。」
ハンスは兵士の肩に手を置き、そっと言葉をかけた。
「ご苦労だったな。
叔父御……いや、ゼルドアは頭がキレる。
エリオットには、慎重に監視するよう伝えてくれ。」
「はっ!」
兵士は敬礼し、すぐさま帝国へ帰っていった。
その背を見送りながら、ハンスは額に手を当て、眉間に皺を寄せる。
「エイデン……
仇は、必ず取る……!」
静寂が包む中、血が滲むほど拳を握り、静かな怒りを漏らすハンス。
誰もが気づかないまま、裏で蠢いていた影──
世界に染み渡るような影の存在に、その場の全員が絶望感を覚えた。
◆◆◆
その頃──
王都の郊外に、一人の怪しい男の影があった。
ハンスを思わせる大柄な体躯。
聖王国には似つかわしくない漆黒の外套。
その男はゆっくりと、王都中心部へ向かって歩いていた。
そこへ、周辺警備のため郊外を巡回していたレイナードが通りかかる。
「ええ……なにあれ?
いかにも怪しいじゃないか……」
レイナードは面倒くさそうに頭を掻きながら、男へ近づいていく。
「そこのヤバそうな人ー?
ちょっと話を聞きたいんだけ──」
その瞬間。
破裂音のような地を踏み込む音とともに、男はその体躯に似合わぬ速度でレイナードの懐へ飛び込んできた。
「はっ!?」
外套から覗く鉄の剛腕が、レイナードの身体を吹き飛ばす。
レイナードは石造りの建物へ叩きつけられ、瓦礫と砂塵が舞い上がった。
男はすぐさま、トドメを刺そうと無言のまま前進する。
その時──
砂塵を裂き、風の刃が放たれた。
「……ッ!」
男は首の皮一枚で後ずさる。
「……あっれ?
切り落としたと思ったんだけどなー。」
飄々とした声とともに砂塵を風で吹き飛ばし、静かに立ち上がるレイナード。
聖嵐の籠手から生み出される超高圧の空気の鎧は、彼への攻撃を拒絶する。
「貴様……聖法騎士か。」
男は低く、重い声を響かせる。
「見て分かるでしょー?
俺は聖法騎士団、団長──
レイナード・ドゥラド・ライオネス。
それで……あんたはどこのどちらさん?」
「……名乗る義理はない。」
そう言って、男は外套を脱ぎ捨てた。
その身体は武装義肢に覆われ、魔蒸気を噴き上げるその姿は、まるでハンスを思わせる風貌だった。
「おいおい……その姿……」
レイナードが呟いた次の瞬間──
地面にヒビが走り、男の剛腕が再び振り抜かれた。
レイナードは最小限の動きで躱すが、額には冷たい汗を浮かべる。
「……始めの一撃が効いてるな……」
頭によぎる言葉と共に、胸には鈍い痛みが走る。
鉄壁を誇るはずの空気の鎧も、その破壊力を殺しきれずにいた。
だが、痛みを隠すようなその動きを男は見逃さなかった。
「くっそ──!」
容赦なく襲いかかる黒鉄の剛腕。
レイナードは烈風を纏わせた剣でなんとか受け止める。
だが、濃白の魔蒸気を噴き上げる鉄の拳は重く、レイナードは膝をつかされた。
「終わりだ──」
男が反対の腕に力を込める。
その時だった──
「貴様、団長から離れろッ!!」
騒ぎを聞きつけた聖法騎士たちが駆けつけ、男の元へ迫る。
「……面倒だな……」
男は舌打ちを漏らし、武装義肢を軋ませながらその場を離れていった。
「団長!ご無事ですか!?
まさか、団長が押されるなんて……」
騎士たちは、レイナードが膝をつかされたことに驚きの色を隠せずにいた。
「ああ。おかげさまでね。
でも、今のは本気でやばかったなぁ……
こんなダサいとこ、ルシアナには秘密にしてくれよ?」
砂埃の中、レイナードは静かに息を吐く。
「それにしても……
あの武装義肢は帝国の……?何者なんだ、あいつ……」
幾重もの不穏の影が蠢く中、新たな脅威が聖王国へと、静かにその手を伸ばしていた。




