第68話 麗しき死神
市場は混乱に包まれていた。
ざわめきや怒号、走り回る人々の足音──
その喧騒は、誘拐されたミアの影を追う五人の焦りを煽っていた。
「ミアちゃーん!どこーッ!」
入り組んだ路地を走り回り、カンナが必死に叫ぶ。
「ミア!くそっ……どこなんだ!」
アストも息を切らしながら、声が枯れるほど叫び続けた。
「アローナ……なぜだ……」
信じていた腹心の裏切りに、リリアは胸を射抜かれたような痛みに襲われていた。
「どこだ、ミア!!」
「くそっ!奴ら、どこに消えた……?」
ハンスもルシアナも、自分たちの失態を責めるかのように声を張り上げ、ミアの名を呼び続ける。
だが──
アローナたちの足取りは、不気味なほどに掴めなかった。
まるで初めから、アローナという存在がいなかったかのように。
その時だった。
「……ぐっ!?ああ……ぁ……!」
苦悶の声を漏らし、うずくまるアスト。
「アスト!?どうした!」
リリアが駆け寄るが、彼は頭を抱えたまま動かない。
「おい、しっかりしろ!アスト!」
「……ううぅッ!ディ……アナ……」
リリアの声にも反応せず、アストは知らない名前を呟いた。
「ディアナ」──あの夢に出てきた少女の亡骸の名。
「ディアナ……?誰だそれは!
おい!しっかりしろ、アスト!」
「はあ、はあ……うぅ……ふぅ、ふぅ……」
アストは呼吸を整え、ゆっくりと顔を上げた。
「……だい、じょうぶ……です。」
「本当か……!?」
「はい……す、すみません。」
立ち上がろうとするアストの肩を支え、リリアは諭すように声をかけた。
「一旦、大聖堂に戻ろう……
このまま、闇雲に探していても埒があかん。」
「……はい。」
強い悔しさを滲ませるアストたちだったが、五人はひとまず大聖堂へ戻ることにした。
◆◆◆
その頃──
そこは、かつてアルベドが所有していた倉庫群の一角。
暗聖裁派の拠点として使われていたその場所には、残党と思われる暗部が数人と、ひとりの女が佇んでいた。
「まあ……アローナちゃんったら、もう動き出しちゃったの?
若い子って気が早くて困るわぁ……急ぎすぎじゃないかしら?」
緩やかでありながら、深い闇を孕んだ声。
声の主は──シルベリア・ドゥラド・アイゼンゴート。
聖王国五大貴人のひとり。
新生聖王国となった今も、内政を一手に担うこの国の要。
しかし、そこにいる今の彼女は暗い影を湛えている。
その顔には不敵な笑みを浮かべ、何かを企てているようだった。
「何か、面白いものでも見つけたのかしらねぇ。」
「はっ。拉致した救済者を使い、何かを始めるような口ぶりでした。」
「あら、そうなのぉ?
……まあ、とりあえず傍観しておきましょうか。」
「承知いたしました。」
シルベリアが手を振り、「下がれ」と合図したその瞬間──
「……ぐっ……!」
影から現れた何者かに、暗部の胸が貫かれる。
「やだぁ、聞いてたのー?」
姿を現したのは、五大貴人のひとり──
エラルド・ドゥラド・ハーゲンシュタイン。
「貴様……何を企んでいる……?」
「ふふ。あなたは私の好みだけど……
話す義理はないわねぇ。エラルドちゃん?」
「それもいいだろう──
口を割るまで調教するしかあるまいな。」
「へえ……やってごらんなさい?」
次の瞬間──
エラルドの籠手が光を放ち、鋭い雷撃がシルベリアへと撃ち放たれた。
「うふふ。怖いわねぇ。
当たったら……身も心も痺れちゃいそうだわぁ。」
シルベリアの籠手から湧き上がる高密度の水壁が、雷撃を絡め取りながら地へ放電させる。
「ふん。手加減はいらんな。」
エラルドの雷撃は鞭のように形を成し、彼自身の身体にも雷が張り巡らされる。
「いくぞ……!」
雷流で活性化された肉体から、俊速の雷鞭が振り抜かれた。
鋭い炸裂音とともに、雷鞭が幾重にも降り注ぐ。
水壁は削り散らされ、ついにシルベリアの姿が露わになりつつあった。
だが──
「ぐふっ!?」
悲痛な声を上げ、苦悶の表情を浮かべるエラルド。
彼は静かに視線を落とす──
聖鋼の籠手から形成された死闇の鎌が、水壁の死角から彼の胸を貫いていた。
「こ、れは……アルベド……の……!」
「あなたの雷鞭、怖いんだものぉ。
奥の手は用意しておかないとでしょぉ?」
血を吐き、静かに膝をつくエラルド。
その姿を見下ろしながら、シルベリアは艶やかに微笑んだ。
鮮やかな水流を纏い──
手には死闇に染まる漆黒の鎌。
その姿は、まさに麗しき死神。
そんな彼女の足元で、裁きの雷を振るう男は無惨に崩れ落ちていた。




