第67話 裏切りの神官
王都の大聖堂では、この日もアストやレオン、リリアを中心とした神官たちが集まり、滅びたはずのティリスとその都について調査を続けていた。
長机の上には古文書や地図、断片的な記録が所狭しと広げられている。
しかし──
「ここにあるものは全て……
くまなく調べたはずだが、やはり手がかりはないな……」
「ええ……
影も形も……とはこのことですね。」
レオンが項垂れ、机に手をつく。
その向かいで、アストも額に手を当て天を仰いだ。
「さすがに、ここまで何もないのは逆に怪しいがな……」
リリアは険しい表情で腕を組み、椅子に腰掛けながら呟いた。
その時──
静かな足音を響かせ、アローナが温かい飲み物を盆に乗せて現れた。
「リリア様……
一旦休まれてはいかがですか?」
「……そうだな。
皆も、この辺りで一息入れよう。」
リリアの言葉に、神官たちはそれぞれ飲み物を手に取り、束の間の休息を取ることになった。
◆◆◆
「……っ!?」
リリアが飛び起きる。
心臓が激しく跳ね、呼吸が乱れていた。
「なっ……
私は……寝ていたのか……!?」
頭には不快な重さが残り、嫌な予感が背筋を冷たく撫でた。
周囲を見渡すと──
アスト、レオン、そして神官たちまでもが、机に突っ伏したまま眠っている。
「おい!アスト!レオン!
お前たち、どうした!?起きろ……!!」
リリアの声に反応し、アストとレオンがゆっくりと目を開けた。
「……ん……え、あれ?
なんでこんなところで……」
「……な、なんだ?
……っ!……頭がやけに重いな……」
「よかった……無事か……」
リリアは胸を撫で下ろし、続けて神官たちを起こしていく。
アストも協力して神官たちに声をかけながら、ふと壁の時計を見上げた。
「……え……?
二時間……経ってる……?」
最後に時計を見た時から、まるまる二時間が消えていた。
「なんで急に……しかも、全員?」
その時、アストの脳裏にひとりの人物が浮かんだ。
「まさか……!アローナさんは……!?」
「……どうした?アローナがどうかしたのか?」
突然声を上げるアストに、リリアが怪訝な顔で問いかける。
「アローナさんだけ、ここにいない……
最後に口にしたのは……彼女の……飲み物です……」
その言葉に、リリアの表情は一変する。
「アローナは私の後継者候補だ。
いくらお前でも、彼女を愚弄することは許さんぞ。」
「いえ……ただ──」
アストは、宿でアローナに夢の内容やミアとの出会いを聞かれたことと、その後の彼女の様子についてを話した。
「話を聞いたあと……
少し……彼女の様子が変だったんです。」
「バカな……!」
リリアは眉間に皺を寄せ、拳を固く握り、怒りとも哀惜ともつかぬ声を漏らす。
「とにかく、彼女を探す!
この話はひとまず、この場だけに留めておいてくれ。」
そう言い残し、リリアは大聖堂を飛び出した。
「レオンさん、ここは任せていいですか?」
「ああ。お前も行ってこい。
男が助けられてばかりではいかんだろ?
今度はお前が、リリアさんを支えてやるんだ。」
「──はい!」
アストは力強く返事をし、リリアの後を追った。
◆◆◆
アストたちが目覚める少し前──
ハンス、ルシアナ、ミアは街の市場に足を運んでいた。
「俺たちはこういう時、役に立たんな。」
「ふふ。学者さん同士の話は難しいもんね。」
「リリア様は文武両道だが……
学者の話にまで耳を傾けられるとは……さすがの一言だ……」
「お前はリリアを崇拝でもしているのか?」
ルシアナが誇らしげに語り、ハンスとミアは呆れたように笑った。
「カンナは、どうしてるのかなぁ?」
ミアが尋ねると、ハンスが苦笑しながら言葉を返す。
「おおかた、船や銃の手入れだろうさ。
男より食い物より機材が恋人のようだぞ、あいつは。」
「あはは。そっちはそっちで、私たちにはわからないね。」
その時──
アローナが慌てた様子で駆け寄ってきた。
「み、みなさん……探しました。
リリア様が、みなさんをお呼びです。」
「どうした。何かあったのか?」
「リリア様が我々を?」
アローナの焦りに、ハンスとルシアナは気を取られていた。
その瞬間──
「……きゃっ……!
いや!やめて……離して……!!」
背後からミアの悲鳴が響く。
二人が振り返ると、民衆を押し除け、ミアを拘束する黒い外套に身を包む男たちがいた。
「貴様ら……!!」
「その汚い手をミアから退けろ……!!」
ハンスとルシアナが叫んだその時──
アローナの冷ややかな声が響き渡る。
「おとなしくしなさい。
動けば、彼女の──救済者の命はない。」
「なんだと……!!」
「どういうことだ、アローナ!!」
驚愕を浮かべる二人に、アローナは淡々と告げた。
「彼女は、我らが神──調停者様をお迎えするための“供物”。
お前たちはおとなしく、世界の終末を傍観していればよいのです。」
「供物だと!?何を言っている!!」
「調停者……神……
まさか、お前たちはイデアリンドの……!」
ハンスは低く唸りを上げて威嚇する。
その横で声を上げるルシアナは、その正体を察しているようだった。
しかし二人の声は虚しく響き、アローナと男たちはミアを抱え、街路の奥へと姿を消した。
「……くそ……!!」
「アローナが、裏切った……!?」
突然起きた怒涛の出来事に、二人は何もできず、ただ立ち尽くす。
そこへ、リリアとアローナを探していたアストが駆け込んできた。
「二人ともどうしたんだ?──ミアは?」
ミアの姿がないことに、胸騒ぎが走る。
ハンスとルシアナは、震える声で一部始終を語った。
「なんだって!?
ミアが……そんな……!!」
アストの顔から血の気が引いていく。
「二人がいて、なんで……!
二人とも何やってたんだ!?」
「すまん、アスト……!」
ハンスは硬く拳を握り、俯いた。
「我々がついていながら……!」
ルシアナは額に手を当て、歯を食いしばる。
思わず叫ぶアストに対し、二人はそう言って俯くしかなかった。
「いや……僕こそごめん……
二人のせいじゃない。とにかく急いで探そう!!」
アストたちは市場の喧騒を掻き分け、走り出す。
跡形もなく消えた、大切な家族の影を求めて──




